GO! ララ、GO! (31)

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三十一 手柄は上司のもの

 プロジェクトが営業部にもたらす利益について説明すると、ウェイはララにピーターのところから必要経費を確保してくるよう指示した。ララはさらに各部門本部長に根回しを続けた。最終的に、全員の総意として「会社上層部がすでに『営業所設置に販売実績の下限を設ける』というポリシーを打ち出した以上は従わないわけにはいかない。それなら、第一に日常業務に関わる問題を解決し、第二に営業部の予算を増額してほしい。それをララの言う『利益』と考えよう」ということになった。

 「ゴリオ」ことピーター財務担当副社長から経費を奪取するのは容易なことではない。ララはレスターに経過を報告し、ボスに交渉の場に出てもらおうと考えた。しかしレスターはあの手ごわいピーターとの話し合いに二の足を踏んだ。

「ララ、よくやったな。信頼できる部下を持って嬉しいよ。この件は君に全権委任しよう。君の決定を私は全面的に支持する!」。

 ララは望みの綱を絶たれたが、何かにつけハワード社長のところに行くのも憚られたので、ピーターにつきまとってひたすら懇願と説得を繰り返した。彼はララにこの仕事を押し付けることに成功してひそかに喜んでいたのだが、ララがこの二か月で目に見えてやつれていくのを見て、少しは彼女に協力してやろうかと考えた。最終的に彼女の頼みを聞き入れ、これから閉鎖される営業所を管轄している部門に対しては現在の営業所賃貸料と固定資産予算の二分の一を販売経費として予算を付け直すことにした。

 ララは獲得した予算の配分について検討を加え、最も簡単な方法は各部門のheadcount(スタッフ数)に応じて均等割りにすることだと考えた。レスターにそう提案して最終決定を仰ぐと、レスターは難色を示した。

「そんなに簡単な問題ではない。営業部の予算はこれまで単純に人数計算で分配したことなどないんだ。市場のニーズや製品の特長、販売目標、利潤などの要素をすべて考えあわせて決めている。各営業本部長に意見を聞けば、きっとそれぞれ違うことを言うだろう。スタッフの多い部門は人数分を要求するだろうし、逆の場合は販売高で分配するよう要求してくる。下手をすればそれ以外の様々な配分案が出てこないとも限らない」。

「こちらで検討して配分案を出すことはできませんか?」

 レスターは少し考えた。

「焦らないほうがいい。下手をすれば我々が批判されることになってしまう」。

 具体的な結論は出ず、いたずらに時間ばかりがたった。彼女はレスターの思案顔を見て、これ以上ここにいても無駄だと悟った。

ララがウェイのオフィスの前を通り過ぎようとしたとき、ウェイに呼び止められて部屋に入るように促された。彼はララの元気がない顔を愛おしく感じて微笑みながら言った。

「どうだ? ピーターは手ごわいだろう。レスターに出てきてもらえよ」。

 ララは胸を張って言った。

「誰がピーターに負けたなんて言った?」

 ウェイはこれほど早く結果が出たことを知って、むしろ意外に思った。

「へえ、じゃあ経費はいくら取り戻せたんだ?」

 ララは彼に賃貸料と固定資産の予算の半分だと告げた。

「交渉の成果があったな。それはレスターがゴリオと交渉した結果か?」

 ララは手を広げ、「それは聞かないで」という動作をした。

 ウェイは俄然興味を持ったようだ。

「その様子だとレスターに何か言いたいことがあるようだ」。

 ララはすぐに警戒して言い返した。

「でたらめ言わないでよ! 私の足を引っ張るつもり?」

 ウェイは自分の勘が当たって得意になった。

「その言い方はないだろう。これこそ本音のコミュニケーションというもんだよ」。

 ララはため息をついた。

「ああ、ウェイ、官僚ってどういうものか知ってる?」

「杓子定規で逃げ口上がうまいやつ?」。

 ララは得意げに持論を述べた。

「ふん! 官僚の特徴なら、私は経験上よく知ってる――決定すべき事項については考え込む、難題に直面したら権限を委譲するやつよ」。

 ウェイは机を叩き、親指を立ててほめた。

「いいね、ララ! 改めて君の理論水準を見直さないといけないな」。

 ララはすっかりうぬぼれた。

「ふふん! 私はもともと優秀だもの! あなたに見る目がなかっただけよ」。

 二人で冗談を言いあってしばらく笑ったあと、ララは改めてウェイに頼んだ。

「ウェイ、他の二つの部門はスタッフが少なくない。でも、大口顧客部だけはスタッフが少なく一人当たりの売上高が高い。申し訳ないけど今回は私の案を呑んで予算を人数に応じて配分することに同意してくれない?」

 ウェイは彼女の期待のまなざしを見て、これ以上困らせたくない、さして大きな額でもないからと思い、あっさりと受け入れた。ララはさらに他の二人の本部長にも報告に行った。彼らにとってはグッドニュースだったのでもちろん文句の出ようもなく、ララは二人から感謝と称賛の言葉にあずかった。

 ララは喜び勇んでレスターの部屋に行き、営業部門の本部長全員が人数に応じた予算配分に同意したと報告した。レスターは彼女がたった二日で問題を解決したことにうろたえた。営業部長たちはいずれも一癖あるのに、何はともあれララは問題を解決したのだ。彼は満足し、部下を高く評価した。

「よくやった! いいチームワークだ!」。

 ララはデスクに戻って、さっそくパメラがまとめ上げた三エリアの報告書を検討した。おおよそ問題はなく、ララの顔には安堵の笑みが浮かんだ。パメラはララのそばに立って上司が報告書に満足している様子を見て取ると笑いながら言った。

「二日程リャンと一緒に仕事をして、昨晩十時過ぎにやっとNCエリアの資料整理がなんとか終わりました」。

 リャンの資料を全て整理してくれたとは実にありがたい。ララはパメラを褒め、自分は翌日早朝のフライトで発つので明朝は出社せず直接空港に向かうと告げた。パメラは上司に指示される前に的確に答えた。

「ご安心ください。関係部門は私がフォローアップしておきます。」

 ララはうなずいた。

「お願いね。私は先に失礼するけど、あなたも遅くならないようにして。最近は残業が多いみたいだから」。

「今日はたぶん十時までかかりそうです。私は何事も早めに手を打ちたいほうなので。今のうちに抜かりなくやっておけば、プロジェクト後期は余裕を持てます」。

 ウェイがララを夕食に誘いに来た。ララはシートベルトを締めながら聞いた。

「夜の付き合いとかないの? 営業本部長なのに」。

 ウェイは笑った。

「ララが上海にいるじゃないか。君がいなくなってから客の相手をするよ」。

 ララは上機嫌でウェイをからかった。

「ならよかった。明日には広州に戻るからあなたの仕事を邪魔しないで済む」。

「明日は空港まで送ってやるよ」。

「やめて、空港だと会社の人に見られちゃう。前に飛行機で口論になったとき、同じ機内にジョンがいたのよ。本当にバツが悪くて」。

「どのジョン?」

 マーケティング部本部長のジョン・ハンターだと聞いて、ウェイは黙り込んだ。何も言わない彼を見て、ララは面白半分に聞いた。

「ねえ、噂だけど、あなたはジョンとあまり気が合わないの?」

 ウェイは意味ありげに笑っただけで何も答えない。

「言わなくてもいいけど」。

 食事を終えて、ララはホテルのカードキーがバッグに入っていないことに気付いた。おそらくオフィスのデスクの上に忘れて来たのだろう二人は会社に戻ることにした。ウェイは車を一階ホールの裏口に停めてララに言った。

「ここで待っているからキーを取ってすぐに戻っておいで」。

 ララはうなずいて車を降りた。時刻は九時近く、社内ではまだ数人が残業しているが、パメラは席にいないようだ。おそらく既に仕事を終えて帰ったのだろう。ララは特に気にすることもなく、ルームキーを手に取って戻ろうとした。ふとオフィスの隅を見ると、パメラの部下のマギーが給湯室からデスクに戻ってきた。ララは不思議に思い、声を強めて言った。

「マギー、なんでまだ帰ってないの?」

 マギーは上司が戻ってきたのを見て、歩み寄ってきた。

「最近、営業所閉鎖プロジェクトの業務が山積みで、しかも急ぎの仕事ばかりじゃないですか。毎日のように残業しないと終わらないんです。でも、パメラに今週前半は残業しないで今日と明日は残業しろと言われました」。

 ララはマギーもこのプロジェクトに関わっていることを今まで知らなかった。パメラは数日前、マギーの手助けはいらないと言っていたはずだ。ララは納得できず、マギーのデスクに座ってパソコンをのぞきこんだ。見れば見るほど表情は険しくなった。

「この報告書のどこをあなたが担当しているの?」

「営業部との折衝で、データの取得と整理をすべて私がやって、書式はパメラが用意したものです」。

 ララはマギーとパメラがどのように仕事を分担しているのか尋ねた。

「彼女が私にタスク表をくれて、それには進捗状況の目安が示されているので、私はその通りに進め、完了したら彼女に確認してもらいます。財務部が持っているマーケティング部のデータを彼女がもらってきて、分類と分析は私が全てしています」。

 ララはその仕事はできるのかと聞いた。

「結構大変なんです。というのも、説明を聞いても分からないことがよくあるんですよ。間違えると怒られますし」。

 ララはマギーに注意した。

「またパメラの悪口を言いたいの!」

 マギーは急いで手を振って否定した。

「そんなつもりはありません」。

 マギーはララに近づいて言った。

「ララ、パメラは賢くて有能で、少なくともわかりやすい指示を出してくれます。彼女は仕事のやり方がわかっているんです。でも北京のリャンは全然ダメみたい。支離滅裂な指示を出すからサンドラ(リャンの部下で北京人事課課長補佐)たちは疲れきってるそうですよ。なのにパメラに負けず劣らず厳しくて、しかも理由もなく怒るらしいです」。

 ララは顔色ひとつ変えずに言った。

「そう? じゃあ、あなたたちはその件について課長と直接話し合った?」

 マギーは少し舌を出した。

「余計なことを言いました。すみません」。

 ララはウェイが下で待っていることを思い出して立ち上がった。

「マギー、あなたはなかなか良くやってる。今の仕事はあなたにとってはとても大変だろうけど、あなたを成長させるわ」。

 マギーははっきりと言った。

「わかってます。むしろもっとやりたいくらい」。

 彼女はこの仕事の付加価値が高いことを知っている。マギーは賢いとララは思った。そして念のためにマギーにくぎを刺した。

「今夜私が戻って来たことは誰にも言わないで、さっきの話もね」。

 マギーは機転を利かせた。

「もちろん言いません」。

 ララは彼女に目で合図をして去った。

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GO! ララ、GO! (30)


三十 「ずっと大切にする」

 ララは上海に着くとさっそく事前にアポイントを入れておいた数人の本部長と打ち合わせを行った。自分のデスクに戻ったときにはすでに勤務時間を過ぎていた。本社のパメラは彼女を待っており、北京のリャンと広州のヘレンも会社に残っていると言う。そこでララはオンラインで部内会議を行い、一時間でプロジェクトの進捗確認及び各担当者が現在直面している問題を一通り聴取することとした。パメラはすぐにリャンとヘレンをオンライン会議システムに呼び出した。最初はパメラの担当するECエリアだ。非常に順調に進んでいる。次にヘレン担当のSCだ。こちらもほぼ問題ない。最後にNC担当のリャンが報告書を提出した。ララは読み進むにつれて落胆が大きくなった。苛立つ気持ちを抑えていくつか質問すると、リャンの回答はますます辻褄が合わなくなり、ララが誘導しようとしても彼の頭は混乱するばかりで支離滅裂な答えしか返ってこない。ララはその様子にすっかりfrustrate(失望)し、今日はここまでにするので自分でもう一度よく考えて何か問題点があれば明日また聞くようにと言い、そそくさとオンライン会議を終えた。

 パメラはララが疲れきっているのを見てとり、自分が明日の朝いちばんでリャンの手助けをして業務をチェックすると自主的に提案した。ララはうなずいた。
 パメラは会議室を出てリャンとヘレンに電話をかけに行き、しばらくしてからララのところへ戻ってきた。二人と話がつき、彼女が全てのチェックを行ってから三エリアの業務報告をとりまとめて一両日中にララに提出することになった。ララはほっとして力が抜けた。ララはもうリャンの指導には完全にお手上げだったので、パメラがララの気持ちを推し量って自ら仕事を買って出てくれたのはありがたかった。苦難を共にする同志にララは思わず優しい気持ちになった。
「パメラ、最近残業は多いの?」
パメラはララの温情を感じ、声を和らげて答えた。
「多少は残業しますが、さほどでもありません」。
 ララは部下のマギーに仕事の一部を手伝わせたらどうかと提案したが、パメラはこのプロジェクトはセンシティブな問題を含むのでマギーに任せるのは不安だからやはり自分でやると言った。ララはそれもそうだとうなずいた。
「ECの報告書はよくできていたわ。お疲れ様」。
「それでは私はお先に失礼します、部長もあまり遅くまで無理をなさらないでくださいね」。

 パメラが帰るとすぐにウェイから電話があり、一緒に食事に行きたいが仕事はいつ終わるかと聞いてきた。
「今日はやめておく。疲れたから早くホテルに戻って休みたいの」。
 ウェイは疲労のにじむ声に胸を痛めた。
「でも食事はしないと。どこか近くで適当に食べよう。終わったらすぐにホテルに送るよ」。
 ララは無言だった。ウェイは重ねて言った。
「外は雨で気温も低い。この天気ではタクシーをつかまえるのに一時間はかかるだろう。食事くらいつきあってくれよ。最近いい店を見つけたんだ」。
ララはため息をつくだけで何も答えない。ウェイははっきり断られる前に急いで言った。
「じゃあそれで決まりだ。十五分後にロビーの玄関前に車をつけるよ」。
 ララがロビーを出るとウェイはすでに待っていた。ララは後部座席のドアを開けて車に乗った。彼女が助手席に座らないのは自分に対して何か不満があるときだということをウェイはすでに理解していた。ララが疲れている様子を見て、話しかけるのは遠慮し、ゆっくりと車を出した。ララは目を閉じてシートにもたれ休もうとしたが、ウェイが対向車に挨拶をしたような気がして急に警戒し、目を開き「誰の車?」と尋ねた。
 ウェイがレスターの車だと言うと、ララはびっくりして「レスターは私を見た?」と尋ねたが、ウェイは「どうだろう、わからないな」と正直に答えた。ララは心配そうな表情になり、それ以上何も言わなかった。ウェイはバックミラーに映るララをちらっと見た。
「横になって休めばいい。邪魔しないから」。
「いいの。こうしているだけで十分」。

 ウェイにはララの考えていることがよくわかった。今まで二人で一緒にオフィスを出たことがない。常に少し離れた場所に車を停めてララを乗せた。二人にはやはり人目に立つのはよくないという暗黙の了解があったのだ。ウェイはララをなだめるように言った。
「レスターに見られたところでどうってことないさ。雨でタクシーがつかまらなくて困っている君を僕がたまたま見つけてホテルまで送った。何もおかしくないよ。そんなに心配するな」。
ララはウェイに心の中を見透かされて何も言い返せなかった。

 食事を終えてホテルに帰るときもララはまた後部座席のドアを開けた。ウェイは彼女のやりたいようにさせ、余計なことは何も言わなかった。帰路、二人は話題を探すように当たりさわりのない会話をした。上海の冬は止まない雨が降る。ウェイは車を道のわきに寄せ、雨よけのある場所に停めた。ララは驚いたように聞いた。
「どうしたの? 車に何か問題でも?」
「ちょっと問題がある」。
 ウェイは車を降り、前から回り込んで後部座席のドアを開いた。ララは怪訝そうにウェイを見ていたが、彼は素早くララの隣に乗り込んで彼女を引き寄せて自分の方を向かせた。
「何するの! 乱暴ね!」
 ウェイは低い声で言った。
「乱暴だと言うならそれでもかまわない。僕のどこに不満があるんだ?」
 ララはウェイの手から逃れようとして体をよじり、大声をあげた。
「どうかしてる! 不満だなんて誰も言ってない」。
「よし。不満はないんだな。なら助手席に座らないのはなぜか答えろ!」。
「先に手を離して!」。
 ウェイは手を離そうとしない。ララは男の手を振り切れず、あきらめて体をよじるのをやめ、ウェイを睨みつけて尖った声で言った。
「私には助手席に座る義務でもあるの?」
 ウェイは何も言わず急にララを抱き寄せた。ララはウェイの胸の中でわずかに震えながらも一度にいろいろな事を考えてしまう彼女の頭には突然「南の娘に北の男」という諺が浮かんだ。ララは突然、ウェイを信じたいと強く思った。しばしの沈黙の後に、ウェイの声が聞こえた。
「ずっと、大切にする」。
 ララは何も言わない。ウェイはララを放して彼女の顔を見つめて答えを待っていた。ララは無理やり気持ちを落ち着けてウェイを見上げ、お決まりの策略で話の腰を折ろうとした。
「私にセクハラで訴えられるとは思わないの?」
 ウェイは怒気を含んだ声で言った。
「僕は若造じゃない! 浮ついた気持ちじゃないのがわからないのか。どうしてぶち壊そうとするんだ。互いの気持ちはわかっているのにセクハラなんて!」。
 ララは「互いの気持ち」ということばを聞いて、ある女性の姿が脳裏に浮かんだ――長い巻き毛、彫刻のような面立ち――ララの顔色がさっと変わった。彼女のことをウェイに直接確かめようと思ったことがあるが、結局は言い出せなかった。もしそれを口にすれば、自分と彼の関係を私生活にまで干渉する段階に進展したことを認めることになると思ったからだ。ウェイは彼女の気持ちの変化を敏感に察知し、こう問いかけた。
「僕のどこが気にいらないのか教えてくれ。僕はどうすればいい?」。
 ララは下を向いた。
「違うの。まだわからない。会社は社員同士のこういう関係を嫌がると思う。それに『雉も鳴かずば撃たれまい』と言うし」。
 ウェイの内心は腹立たしさと可笑しさが半ばしていた。
「もっといいことわざはないのか。誰がキジで誰が猟師なんだよ。僕たちは直属の上司と部下でもないのに」。
 ララは何も言い返せなかった。ウェイは黙り込んでいる彼女から視線を離して前を向き、少し考えてからまたララのほうに向きなおって尋ねた。
「ララ、僕のことは嫌いじゃないんだろ? それだけは教えてくれ」。
 ララは頬を赤らめて小さくうなずいた。

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GO! ララ、GO! (29)

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二十九 不器用で傲慢な部下

昇進するまでララは自分には部長の任務をこなす力量が十分にあると信じて疑わなかった。しかし実際にこのポストについてみると、想像以上に多くの仕事をこなさなければならないことがわかり、かなり大きなプレッシャーを感じた。レスターは放任主義で、口うるさくもないかわりに部下をサポートする気もなく、ララは様々な仕事を手探りで行わなければならなかった。ウェンホァとジェイソンが次々に辞職したことは採用業務に就いたばかりのララにとってまさに弱り目に祟り目である。

ララはホンにバカにされたくないという意地とハワードを失望させたくないという気持ちから歯を食いしばって頑張り、常に元気そうに振舞っていた。DBは典型的なアメリカ企業で、社内である程度のポストに就いている社員は男女を問わずhigh energy(エネルギッシュ)なiron man(鉄人)のイメージを保とうとする。誰もが食事も睡眠も必要ないかのように、前日の会議終了時間が遅ければ遅いほど翌日は早朝に出社して血色のよい顔色で元気よくSAY HELLO(あいさつ)しなければならない。ララは周りに合わせて元気を奮い起こすしかなかった。

最近のララはプレッシャーのせいで苛立ちやすくなり、ヘレンをきつく叱責することも何度かあった。だがそれもヘレンに対しては気安い態度をとっても大丈夫だとわかっていたからである。出会ってから四年間、ヘレンとは常によい関係であったし、さらに彼女はあっけらかんとした性格で嫌なこともすぐに忘れてしまう。しかし、二人の新しい部下にはこのやり方は通じないだろう。

生産性の低い一部の営業所を閉鎖するため、二人の部下はそれぞれ担当エリアの営業所と連絡を取り合い、関連事項について話し合うことになった。

だが、リャンの仕事は明らかに要領が悪く筋が通らないものであった。彼が提出する報告書には常に多くのミスがあり、しかもあまりにつまらないミスばかりである。一目でわかるほど出鱈目な内容をリャンは見分けることができないのだ。

たとえば彼の報告書では威海営業所の家賃が青島営業所より高いことになっているが、都市経済の規模を考えれば青島の物価が威海に比べて段違いに高いことは誰でも知っている。威海の家賃が青島より高いなどということは有り得ない。だが彼は大真面目で汗水たらして働き、毎日のように残業している。ララは彼を叱責するに忍びなかった。

その後、彼が作成した数部の報告書にも基本的なケアレスミスがいくつも発見された。たとえば、報告書では新疆営業所は蘭州営業所よりも販売額がずっと低く、月平均売上が百五十万(SOPで規定した閉鎖対象下限額)に達しておらず、雇用人数も少ないとされているが、これは明らかに間違いだ。新疆営業所はDB中国でも比較的大きなブランチで、全社員が一目を置くエリート集団である。業績は上々で社員数も比較的多い。人事担当者なら調べるまでもなく大体の状況はわかっていなければならない。ララはがっくりと肩を落とした。こんなデータ分析を上司に見せたら自分が恥をかいてしまう。      

二か月も経たないうちにララはリャンの特徴を理解した。彼は仕事には真面目に取り組んでいる。しかし困ったことに論理的思考が全くできない。特に臨機応変さとコーディネート能力が強く求められるプロジェクト管理に直面すると完全にロジックを失ってしまうのだ。これにはララもお手上げだった。

ララは理解に苦しんだ。面接試験ではリャンは非常に論理的に話していたし、それが彼を気に入った最も大きな理由である。ロジカル・シンキングこそが彼の最大の強みだと思ってしまった。話の筋は通っているのにどうして仕事があれほど出鱈目なのだろうか。

それだけならまだいい。問題はリャンの自尊心だ。ララはこれほど強い自尊心の持ち主に出会ったことがなかった。彼は長いこと人事と総務で働いてきたにもかかわらず、専門職としてのレベルは決して高いとは言えない。周囲が彼の無能さに気付くのを極端に恐れ、ミスをするたびに何とか言い逃れしようとする。それでも自分は有能なベテラン社員だと自負しているようだ。

ララは内心では悲鳴を上げていた――無能でも構わないのよ、お兄さん。無能なのに自分をひどく賢いと思っているところが怖いのよ。有能な者ほど癇癪持ちだとよく言うけれど無能なうえに独りよがりだなんて――。ララは業務経験が豊富なリャンがなぜ前の勤務先で出世できなかったのかがよくわかった。

だがララにはどうすることもできない。レスターが最初にリャンの気性には問題があると注意したのに、自分が忠告を聞かずに彼を採用してしまったのだ。リャンの上司である以上、なんとかcoach(指導)するしかない。ララは何度か彼の改善すべき点や仕事上のミスについて話し合おうとしたが、彼はsのたびに誰かにいきなり針を突き刺されたかのように激しく反応し、ララに具体例を挙げて説明させないと納得しなかった。

実例を挙げるのは容易だ。ララはDBで十分な訓練を受けてきたので何かの問題について話し合うときにはSTAR(situationtaskactionresult――状況、業務、行動、結果、つまり事案に関する全て)を必要とすることを心得ている。上司は部下その人を評価することを避け、事案そのものについて問題にすべきである。

ララが実例を出すたびに、最初は勢いこんで反論していたリャンは黙りこんでしまう。しかし彼はまた同じミスをする。何度か同じことを繰り返したのちに、彼はセルフチェックを放棄して間違いだらけの報告書をララに丸投げするようになった――彼は自分を買いかぶって北京出身者特有の傲慢さで私に対抗している――ララは彼の学習能力のなさにイライラし、ついに率直に指摘した。

「あなたが今月提出した四部の報告書にはどれも明らかに重大なミスがある。まず自分自身でチェックしたらどう? 仕事の正確さを確保することはあなたの責任なんだから」。

リャンは「申し訳ありません」と謝るくらいなら殺されたほうがましだと思う性格だ。場の雰囲気は一気に緊張した。ララはリャンを採用したことをひどく後悔した。彼の仕事への真面目な取り組みを評価していなければ、本当はすぐにでも解雇したかった。

パメラは逆に頭脳明晰さを十分に発揮していた。彼女は生産性の低い営業所を閉鎖するプロジェクトに迅速に反応し、論理的に思考し、全ての業務を順序だてて手配した。リャンのように汗をかきながら毎日残業する必要は全くなく、仕事では確実にララを満足させる結果を出した。ララが彼女にタスクと目的を説明しさえすれば、細かい段取りまで示さなくても彼女は自然と事を処理してくれる。時にはひと眠りしようとする上司を察してさっと枕を差し出す部下のように、ララがまだ何も言わないうちにその後に予測される業務と問題点を提起することさえあった。

リャンのほうはどんなに些細な手順も全て教えなければならず、うっかり細かい指示を忘れるとろくに仕事ができない。ララが問い詰めても彼は悪びれる様子もなく堂々としている。

ララは内心に矛盾を抱えていた。

彼女はパメラの人柄には警戒していたが、一方ではパメラの仕事に心から満足していた。だがリャンは人柄がよく狡猾なところは全くないが、いかんせん仕事ができない。とりわけ無能なのに自信過剰なところがララには我慢ならなかった。ララに口答えをし、部下への対応も悪く、ミスをちょっと指摘することもできないほど自尊心が強い。上司なのに毎日彼に気を使って口を聞かなければならないことにララは疲れてしまった。

しかし二人を同時にクビにすることもできないし、現状で新たに後任を探すのも面倒だ。ララは心を決めかねていたが、ともあれリャンを試用期間終了後に正式採用とした。ほどなくパメラも三か月の試用期間満了となる。

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GO! ララ、GO! (28)


二十八 海老で鯛を釣る
 
  ララは二人の部下とミーティングを持ち、ララがプロジェクトの陣頭指揮を取り、リャンとパメラをそれぞれノース、サウスエリアの担当とし、ヘレンはララを補佐してサウスエリア傘下の営業所を受け持つよう指示した。
 彼女たちの具体的な業務は担当エリアの売上データの把握、各営業所の人的資源と稼働状況データの収集、過去十二か月分の平均事務費用の統計分析、各営業所の固定資産棚卸し、商工営業許可書等の文書の調査と整理、各営業所社屋の主要用途調査である。
 ララはパイロット調査を通じて具体的な関連部門と依頼事項を明らかにしてから、ハワードに宛ててメール連絡をするとともにピーターとレスターにもCCで同送し、どの部門の誰にどのようなデータと情報を提供してほしいかを説明して上層部の協力を求め、、さらに提出期限を明記した。
 ハワードは即座にこの稟議を決裁し、アシスタントのレベッカによって関連部門の本部長と関係スタッフに一斉送信で業務命令が下された。ピーターはメールの内容にしたがって財務部全員に積極的な協力を要請し、さらに他部門の本部長にも通知した。
 迅速な対応に次いで、ハワードは個人的にララを呼び出し、この業務に対する考え方を話すよう促した。ララはハワードが安易に多くの営業所が開設されるのを好ましく思っていないことを理解し、当面は生産性の低い営業所を閉鎖するつもりだと言った。しかし今回のプロジェクトはこの目的に限ったものではない。
 ララはヘレンに「営業所閉鎖に関するproposal(提案書)はできたの?」と尋ねられ、考えをめぐらせた。営業所閉鎖による経費削減は最も直接的な目的ではあるが、この方向性だけを打ち出して業務を進めれば上からも下からも不満が出る。会社が単に経費削減だけのために営業所を閉めれば社員の精神的な動揺は免れえないし、行政関連事務のリスク回避のためというのも企業イメージを損なうだろう。
 そこでララは「営業所管理標準業務手順書(SOP)」によって営業所管理を規範化するアイデアを思い付いた。これなら文句の付けようがないはずだ。
 ララは営業所設置基準として売り上げ高を規定することが通れば、生産性の低い営業所が自然に淘汰され、今後の営業所設置・閉鎖に関するルールが明文化されるだけでなく、各営業所が売り上げ増により努力するようになると考えた。さらにSOPで管理方法規定を通して各地行政部門の法的要件を確実に満たすため社印管理を徹底し、営業所のイメージを統一することも計画していた。新米部長のララが打ち出したアイデアはハワードを大いに満足させた。
 ララは、レスターに一言断ってから、ヘレンに電話にも来客にも一切対応しないように命じ、当面の仕事を全てリャンとパメラに一任してから、各部門の協力によって収集した過去のデータを手に自室に閉じこもった。デスクの上に各種のデータと資料を並べ、一週間必死に頭を絞ってSOPの草案を完成させた。その内容は目的、適用範囲、責任者、営業所設置及び閉鎖条件、基準と社内手続き、管理方法及び特殊事情発生時の特別許可申請手順及び特別許可決裁者の職位となっている。
 レスターは各営業所の社印を全て上海本社で統一管理し、捺印が必要な場合は一律に本社に郵送させようと提案したが、ララは現実的ではないと思った。本社にも捺印を専門に請け負う事務部門など置かれていない。彼女はまた知恵を絞って、SOP規定に営業所の社印を管轄地域の統括部長の下で管理することとし、捺印が必要な時には統括部長の判断を要することとした。
 同時に企業イメージ統一のため、SOPで営業所面積、オフィスビルのタイプ、内装スタイル、基調となる色調のパントーン番号(色番号)、会社のロゴを掲げる位置を全て明確に規定した。また具体的な職階に応じてどのランクの営業所でどれだけの面積を持つ部屋を使えるかも規定した。ヘレンは不思議そうに尋ねた。
「どうしてこんな細かいことまで規定しなきゃいけないの?」
「今の営業所の外観は所長の勝手な好みでバラバラ。デザインが不統一ではグローバル企業のイメージに合わないの。たとえば、マクドナルドに行こうと思ったら、どの都市のマクドナルドだろうとケンタッキーと間違えることはないでしょ? これがイメージの問題。あと、『 以人为本(人を以て本と成す)』というキャッチコピーを見れば必ずノキアを思い浮かべるのもそう。全ての人がどのDB営業所に入っても他社の営業所でなくDBとわかるようにする。それが専門企業というものよね。上層部が各地を視察したときにも、絶対に喜んでもらえる」。
ヘレンは感心して叫んだ。
「ララ、あなたってすごい!」
 ララは思わず得意げな笑みを浮かべた。
「でしょ!」
 ララはリャンとパメラにも草案に対する意見を聞いたが、二人はDBに来て日が浅いため多くは語らず、たいして内容のない補足をするにとどまった。その後ララはこの草案をメールに添付して各部門の本部長に送った。そして次々に電話をかけ、個別にアポイントを取って彼らの懸念する事項に関してヒヤリングを行うことにした。またこのメールはハワードとピーターとレスターにも送られ、業務進捗報告とした。
 ヘレンはまた首をひねった。
「どうして一人一人別々に話し合うの? 疲れるじゃない。全員一緒に会議しちゃダメなの?」
 ララは辛抱強く説明した。
「全員で会議をしたら多勢に無勢で言い負かされる。一人ずつ陥落したほうがいいのよ」。
 ヘレンは納得した顔でさらに聞いた。
「来週の会議で彼らなんて言うかしら?」
「このSOPは複雑で細則も多いでしょ。本部長たちはどうせ真面目に全文を読まないと思うからあらかじめポイントを絞って説明する。このポイントだけでSOPが実施されたら一部の営業所が廃止されることは一目瞭然。きっと大騒ぎするでしょうね」。
 ヘレンは好奇心旺盛に聞いた。
「じゃあどうするの?」
 ララはヘレンをちらっと見て言った。
「どうするって、なんとかなるわ。営業所閉鎖にともなって彼らが直面する問題はすでに調査済みだし、ソリューションも用意してある。それでも妥協しないなんて言い分は通らない。何しろこれは会社の決定事項なんだから。でも、不服はあるでしょうね。だから次なる手段はSOPがもたらす利益を示すこと。メリットがあるのにやらない人なんている? 会社もhappy本部長たちもホクホク。これこそWIN-WINよ。営業本部長は結果志向が強い人ばかりだから何事においても最終的利益を重視するはず」。 
 ヘレンは口を尖らせた。
「営業所を閉めるのに何かメリットがあるっていうの? 営業部もバカじゃないわよ」。
 ララは諭すように言った。
「メリットが何もないですって? 何もわかってないのね」。
 ヘレンは形勢不利と見て、首をすくめて立ち去ろうとした。しかし途中まで歩いてから急に何かを思い出したように急いで戻ってきた。
「ララあなたが規定した設置営業所の条件はひと月一人当たり売り上げ十五万元、営業所総売り上げ百五十万元。この十五万の規準は誰がそう決めたの? 営業部門はうけいれるかしら?」
 ララは神秘めかして言う。
「あなたは十五万という数字さえ覚えておけばそれでいい。これは専門家の意見よ。今は具体的な根拠を説明している暇はないの。いずれにせよ私は根拠のあることしか言ってない。この肝心な数字はかなり慎重に決定したから、営業部が反対するなら、主張の根拠を出してもらうことになるけど、最終的には彼らは必ず同意する。請け合ってもいいわ」。
 一週間後、ララは上海に飛んだ。SOP草案に対する本部長たちの意見をヒヤリングするためである。最初の面談相手は大口顧客部のウェイである。彼なら思いつく限りの反対理由を遠慮なくぶつけてくるだろう。そうすれば他の主要二部門――法人顧客部と一般顧客部――を説得するための準備ができる。この他にまだ規模の小さい部門が二つあるが傘下の営業所に出向している部下はほとんどいない。この二部門は後回しにして主要部門のついでにざっと概要説明すれば問題ない。彼らに特に強い意見がなければ、一つ一つの規定について確認する必要はないだろう。
 ララが思った通り、ウェイは提案を聞くや否やきっぱり反対した。
「部下を在宅勤務させるだって? そこにどんなチームワークが期待できるんだ?」
 予想通りの質問だ。ララは慌てずに説明した。
「全ての営業所を閉めるわけではありません。業績がよいところを残せば待遇も改善できます。商売がうまくいかないのに営業所を設置しておく意味がありますか?」。
「商売がうまくいっているかどうか、どうやって判断するんだ」。
「最低基準として一人あたりの売上が毎月十五万、会計年度で営業所全体の一か月の平均売上が百五十万に達する必要があります。でなければ営業所は設置できません」。
 ウェイはララが淀みなく回答したのを聞いて不快になり、眉を上げて言った。
「誰の意見なんだ?」。
 ララは慎重に言った。
「これは私が作ったたたき台です。草案も何もなければ話し合いも始まらないと思いましたので。今回、各本部長の意見をヒヤリングしているところなんです」。
 ウェイは動じずに言った。
「その数字の根拠はなんだ?」
ララは辛抱強く説明する。
「根拠は二つあります。一つには会社としての利潤と売り上げへの期待、二つには業界全体のデータです」。
「百五十万という数字はもっと検討すべきじゃないか?」
ララは慎重に言った。
「ですから本部長の皆さんに意見を頂きに来たんです。この数字が妥当でないなら、他の数字を提案して頂けますでしょうか」。
 ウェイは難しい問題だと思いつつ、しばし考えて言った。
「昆明、西安などはすぐにはその目標を達成することはできない。だが昆明は潜在的な市場価値があるし、西安も各大企業がこぞって取り合う場所だ。ララ、君を批判するわけではないが、こんなことをしたら君自身がDBに居づらくなるんじゃないか?」。
「誰も昆明や西安を閉めるなんて言っていません。売上百五十万の下限を設ける他に、その下に但し書きとして、管理層が潜在力のある市場と認めたものというのがあります」
 ウェイは遠慮なく聞いた。
「管理層とは誰だ?」
「草案では暫定的に各BU(事業部)の長と決めています。最終的に営業担当VP(副社長)、財務担当VP及び人事本部長の合議で許可します」
 ウェイは首を横に振って言った。
「そんなことをしたら本当に自分の首を絞めることになる。何と言えばわかってもらえるんだろう。僕には本当のことを言ってくれ、レスターは君がこの仕事を引き受けたことを喜んでいないに決まっている。ハワードの顔色ばかり窺っていてはだめだ。彼は四年の任期が終われば中国市場から離れる。君は彼を追いかけていくつもりか? 会社は動かないが人は移動する。ララ、そのことをよく考えるんだ。ハワードに気に入られたい一心で社内中から嫌われるようなことをしてはいけない」。
 ララは彼の強い口調に血の気が引いた。
「その言い方はあんまりです。そんなこと、考えたこともありません。私のためを思って言って下さっていることはわかりますが、そんなつもりはありません」。
 ララはウェイがノートパソコンのディスプレイを見ているのを見ると、それ以上話す気は失せかけたが、それでもウェイをなだめるように言った。
「話せばわかっていただけると思います。マイナスの面だけを見ないでください。営業所の規範化による利益もあるかもしれないでしょう」。
 ウェイはララに視線を戻し、疑うような口ぶりで言った。
「利益があるなら反対しない。僕は営業で交渉を拒絶したことはない。しかし、利益はそう簡単に得られるものではないが」。
「会社で『seven habits(七つの習慣)』の研修を受けましたよね。全てのことには第三のソリューションがあります。誰にとっても利益になる解決法です」。
 ウェイはさして興味なさそうに聞きながら言った。
「営業所を閉める話をしているのに七つの習慣の話なんか持ち出して」。
 そしてまたもやヒートアップし、営業部の決まり文句を口にした。
「そんなことをして売り上げに問題があったら誰が責任を取るんだ?」
 ララはご機嫌を取って言った。
「SOPの第一条を見てください。目的として営業所管理を規範化するための標準業務手順書、とあります。営業所を閉鎖するためにこのSOPを定める、なんてどこにも書いてありませんよ。もう一度考えてみてください。営業所設置条件を規定すれば、少なくとも賞罰が明確になります。うまく行っているところには会社が好条件を提供し、うまく行っていないところと区別する。これは売り上げ促進になりませんか?」
 ウェイはララを横目で見て吐き捨てるように言った。
「ペテンだ。百五十万と言うならやってみろ」。
「一人当たり十五万売り上げれば一営業所で百五十万は確実に達成できます。一人一月あたり平均十五万の売り上げがなければ現状の営業目標も達成できませんから、営業部にとって問題だということになりませんか? 営業部に問題があるということはハワードにとっても問題になります。ですが、売り上げは私たちの問題ではありません」。
 ウェイは口調を和らげて言った。
「会社が決めたことならしっかりとやる。だがララ、どんなことでも実行可能性を考えるべきじゃないか? 在宅勤務では士気が下がるのは免れえない」。
 ララ依然として自信あり気に言った。
「それは我々がどのように社員とコミュニケーションをとるかにかかっていますね」。
「そうだな。君の方法によると、何か所の営業所を閉鎖することになりそうか、先に教えてくれないか? すでに営業部門に各営業所の売上データを調査させているんだろう?」。
 ララは正直に答えた。
「はい、過去十二ヶ月の月平均売上によると約十か所の営業所が閉鎖されます」。
 ウェイはすぐに不機嫌になった。
「そうなると思っていたよ。その十か所の営業所員はどうやって仕事をするんだ?」。
「各営業所との話合いの結果に基づくと、現在営業所の主要用途は二つです。一つは週一回の定例会議。二つにはマーケティング部が各営業所に送った書類や資料、様々なイベントに使うノベルティを配ったり保管したりしておくということです」。
「その二つの用途についてはどうやって解決するつもりだ?」。
 ララは筋を通して言った。
「会議はホテルの会議室を借りて開催します。財務部は都市ランクに基づいて各地域に会議場レンタル料を支給します。倉庫保管の問題については、すでにマーケティング部の配送ルールと管理要求を確認しており、仕入れ部門が営業部に協力して全国の主要都市で倉庫保管サービスを提供する物流会社と話をつけてくれるそうです。私たちは配送、荷受け、棚卸、出荷、検数、全て一元的に業者に任せれば、自社で各地の倉庫を借りるより安くつくし、営業部社員の荷受けと倉庫管理の手間を省くことができます。業者は毎月私たちの要求に応じた在庫明細書を提供可能で、マーケティング部の管理をサポートできます」。
 ウェイは真剣に聞きながら考えた。ララは本当にしっかりしていて、ニーズをはっきり理解している。またソリューションも詳細に考えてあり、ぬかりがない。ララさらに聞いた。
「まだ気になることがありますか?」
 ウェイはすでにほぼ納得させられていたが、すぐに決断を下せずに言った。
「そうだな、もう一度このSOPをじっくり見てみよう。それに三つの地域統括部長と話し合ってみる必要もある」。
 「そうですね、地域統括の下にいる営業所長は具体的な状況を最もよく把握しています。一週間後にまたご意見を伺いにきてよろしいでしょうか」。
「そんなに急ぐのか、できるだけのことはしよう。」
 ララは笑顔で、今日ご意見を聞けてとても参考になりました、帰ったらどう改善すればもっと良くなるか検討します、と礼を言った。
 ウェイは急に何か思いつき、ララを呼び止めて言った。
「君は利益があると言ったよな? 聞いた話では、僕の部下の荷受けと倉庫管理の手間は省くことができる。他にもっと具体的な利益があるのか?」
 ララは笑った。
「本当に頭が切れますね。では来週ここに来たときにどんな利益があるかお教えしましょうか。でも実は、どこから利益を生み出せるかお知恵を借りたいと思っていました」。
 ウェイも笑った。
「なんだ、海老で鯛を釣るつもりだったのか」。

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GO! ララ、GO! (27)

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二十七 死中に活を求める

 出張を終えたハワードが上海に戻ると、アシスタントがさっそく分厚い書類の束を抱えてやってきた。全て彼のサインを待っていた清算書類である。ハワードは威海営業所の書類に目を止め、顔をしかめた。威海営業所の前四半期の売上は全国最下位、ろくな商売もできないのに事務費用は一人前に請求してくる。この営業所はハワードの悩みの種になっていた。威海営業所以外にも、他にも多くの営業所がノルマの達成度を考慮することなく経費を使って本部に請求してくる。必要経費を出すのはやぶさかではないが、せめてそれに見合う利益を出してくれ。利益の出ない営業所は閉めたほうがましだ。

 ハワードはピーターとレスターを呼び、営業所の統廃合について話し合うことにした。ハワードの現状説明によると、DBは中国内に三十か所近い営業所を有している。最も規模が小さい営業所はスタッフ十人程度で当該地域の業務をカバーしている。オフィスを使用するスタッフの大多数はファーストラインの営業マンであり、彼らは毎日ほとんど外回りをしていて、取引先が営業所を訪ねてくることもほぼない。オフィスは週一回の定例会議を開くだけの場所となっているが、会議だけなら社外の会場を借りることも可能だ。我が社では何かと言えばすぐに営業所を設置するが、その必要はあるだろうか。

 ピーターは生まれながらの経理マンである。どの部門が経費を請求しても彼は自らの肉を削がれるような反応を示す。たとえ明らかに必要経費だと分かっていても、さらに彼の手中に潤沢な予算があったとしても、あるいは会社のポリシーに合致していても、彼はきまって各種の分析レポートを提出させる。だが提出させたレポートをすぐに見ようともせず、良いと悪いとも言わないどころか、さらにあれこれと質問し、最後にはより詳細に分析したレポートを出すように要求するのが常であった。彼の要求を満たすレポートを作成するのは財務の素人にとっては極めて苦痛な作業である。様々な専門的な分析を行い、非の打ち所がない段階になってようやく経費が下りる。これにはゆうに三か月を要する。ピーターからあっさり金がもらえるなんて思わない方がいい。彼は偶然にもユダヤ人の末裔だったので、裏では社員たちから「ゴリオ」と呼ばれていた。あだ名の由来はバルザックが描いた「ゴリオ爺さん」、つまり守銭奴という意味だ。誰かがゴリオにcost saving(支出削減)の話をすれば、彼はたちまち目を輝かせ満面の笑顔で、両手どころかできることなら両足まで挙げて賛成しようとする。まことに愛すべき守銭奴である。

 もし一部の営業所をクローズできれば、少なくとも家賃、水道光熱費、不動産関連費用などをまるまる節約でき、パソコン、コピー機、プリンター、オフィス家具、什器設備など一連の固定資産も不要となる。また、スタッフ全員がHOME BASE(自宅兼オフィス)勤務となれば、受付事務員を残しておく必要もなく、その分の人件費を営業チームにまわすことができる。ピーターは話を聞いただけでワクワクした。経費節減が可能だ! 彼は一も二もなくハワードの意見に同調した。
 レスターも賛意を表明した。各営業所にはフルタイムの総務担当スタッフが配属されず、各所長も行政関連の事務には不慣れである。そのため商業登記や税務関連の書類も乱雑に扱われ、営業許可の延長届を忘れて罰金を課せられることも珍しくない。所長交代時に行政関連事務の引き継ぎを怠った結果、後任者は商業登記書を一度も見たことがないという事態まで起こっていた。さらに、社印の管理も問題になっている。営業所長が社印をでたらめに押して会社に迷惑をかけ、姿を消したことがあったのだ。そこでレスターは主に会社のリスクを避ける立場で一部営業所のクローズに賛同した。

 生産性の上がらない営業所をクローズする方向で三人の意見がまとまった。次なる議題は、どの営業所を、どのような手順で閉めるか、閉鎖後にどのような問題が起こるか、問題をいかに解決するか、そもそも誰がこのプロジェクトのリーダーになるか、である。
 誰から見ても労多く見返りの少ない仕事だ。営業チームは既得権益を守ろうとし、本部長たちは自分の管轄内にある営業所の閉鎖に反対するだろう。今後の取引も営業所に頼らざるをえないのに彼らをどう説得すればいいのか。

この決断が複数の部門を巻き込み、各地のスタッフに影響を与えることは誰の目にも明らかだ。DBのような非常に大きな組織でこのプロジェクトを実施するとなるとプロジェクト・リーダーを五~六か月はこの仕事に貼りつけなければならず、むしろそれで完了すれば早いほうだ。
 ピーターはすぐにレスターにこの仕事を押し付けようとした。彼は口から出まかせに三つの理由を並べた。
「レスター、役所に提出する各種の許可申請は君の部署が各営業所との連携を受け持っている。社印の取り扱いもしかりだ。また君たち人事はスタッフ管理も担当していて各営業所長とも顔見知りだから話がしやすいだろう。お宅が仕切ったほうがいい」。
 古狸のレスターは当然このhot potato(厄介な仕事)を引き受けるのは遠慮したいと思った。「ゴリオ」君に公然と楯突くわけにはいかないが、彼は別に財務担当副社長を恐れてもいないし、さらに営業を統括する本部長でもない。DBで最も大きな顔をしているのは営業部とマーケティング部で、彼らは会社のために金儲けをしている自負から社内でも肩で風を切って歩いている。しかしその彼らもピーター財務大臣の前では借りてきた猫のように大人しくなる。一方、人事予算は透明性が高く変動の余地がないし、レスターも「ゴリオ」に管理される部下ではない。レスターは落ち着いた調子で話し出した。

「どこの営業所を閉鎖してどこを閉鎖しないか、明確に線引きする必要がありますね。そうでないと営業が反発するでしょう。どこで線引きするかを決めるには過去のデータまで掘り起こして検討しなければなりません。営業所の統廃合が進めば様々な変化があることが容易に予測されます。経費が最もわかりやすい部分ですが、どの程度まで経費削減が可能か、新たに予算配分が必要な経費にはどのようなものがあるか。例えば貸し会議室をレンタルするなら、各地域に予算を割り当てることになりますが、どれくらいのレンタル料金が必要か先に話し合って決めておくほうがいいでしょう。多く与えれば会社は損をするし、足りなければ営業のやる気を損ないます。営業の部門長の協力を仰ぐには最も適切なバランスで予算をコントロールすべきです。財務は各種データをもっとも明確に把握していますし、各項目の予算管理はGL(general ledger、総勘定元帳)で、固定資産はTreasurer(財務責任者)が担当しています。財務から部長か副本部長を指名して担当させるのが適切だと思われます」。

 この二人はその後数回行われたミーティングにおいてもそれぞれ相手チームがプロジェクトを担当すべきだとの主張に終始した。ピーターは十分に言葉を尽くして見解を述べたつもりだったが、レスターは決して屈服しようとせず、苛立ったピーターに睨まれ威圧されても、顔色一つ変えずその視線にfight back(反撃)し睨み返した。
 ハワードはそろそろ自分が話をまとめる頃合いだと思った。この仕事を最もうまく遂行できるのは誰だろうか。彼にとってこのプロジェクトを実施する目的は支出削減や行政関連事務のリスク回避より、むしろ営業部に売上高というプレッシャーをかけることであった。
 ピーターの下にいる副本部長は能力も経験も申し分ない。プロジェクト・リーダーにはもってこいだ。レスターの部下はララだったな。
 実はハワードが営業所問題を提起したのは今回が初めてというわけではない。以前にも専任者を指名して試行したことがある。しかし、営業所を管轄する各部門長のニーズに対する理解が不十分で、多くの具体的な問題に適切な解決策を見いだせず、そのために営業部から大きな反発を招くことになった。結局最後にはうやむやに終わってしまったのだった。 ハワードは、この件を成功させるには、頭脳明晰で部門間の利益調整を積極的かつ主体的に行うことができ、細々とした具体的な問題解決に誠意を以て取り組み最適なソリューションを探し出すことができる人材が必要だと考えた。積極的かつ主体的に働き地に足のついた仕事をする者と言えば、ララこそ彼が社内で最も高く評価している社員である。さらに、ララは昇進したばかりなので全社的なマネージメントについてしっかりと学んでもらいたいとの配慮もあった。彼女がこのプロジェクトを一通り経験すれば会社の中核を担う営業部の仕組みを理解できる。これは彼女にとっては非常によい機会である。また、彼女はこの業務を通して財務、仕入、営業、マーケティングなど他の主要各部門の管理運営に関する知識も得られるだろう。

 ハワードが腹を決めてレスターに「この件はララに任せたいと思う」と言うとピーターもすぐに同調した。
「それはいい。ララは仕事が早くて信頼できるし、コミュニケーション能力もある。彼女なら営業も賛成するに決まっている」。
 ハワードが意見を表明したら、レスターには反論する勇気はない。なにしろ彼は自分のボスで、財務VPのピーターとはわけが違う。レスターの社内評価はハワードの胸一つで決まるからだ。レスターはそれでも最後の抵抗を試みた。

「ウェンホアが辞めて後任がまだ決まっていません。それにララに任せている採用業務の負担も大きく、部下の課長たちも入社したばかりです」。
 ハワードは確かにそうだと思い、少し考え込んでからレスターに言った。
「新たな仕事をさせるときには必要なリソースも提供すべきだな。ではこうしよう。まずララ自身の意向を確認してくれ」。
 ピーターは慌てた。レスターからララに話をすれば、ララは結局レスターの意見に同調してしまうに違いない。彼は急いで提案した。
「今ちょうどララが上海にいるはずだから、ここに呼んできてはどうでしょう。彼女の意向を直接聞いてみましょう」。
 ハワードは、「それもいいだろう」と微笑んだ。

レスターが「じっくりとよく考えてから決断しなさい」と助言したにもかかわらず、ララはこのプロジェクトの重要性を考えもせず、ただハワードの自分にこの仕事を任せたいという意向だけを受け止めて、何のためらいもなく引き受けた。ピーターは内心小躍りしてララの肩を叩きたい気持ちだった。しかし彼は堅物で内気な性格から女性社員の肩を叩いたことがなかったので、手は中途半端に空中に上がったまま止まっていた。ハワードはララに「各部門からどんなデータを提供させる必要があるかを整理して提出するように」と命じて彼女を自席に戻らせた。

 レスターは心の中で頭を横に振った――まだまだひよっこだな。事の重大さが分かっていない。これは自分をひけらかすチャンスなどではないんだ。この仕事がどれほど営業の怒りを買うか。営業は手ごわいぞ、やつらは虎でハワード社長はライオンだ。ララ、君は虎とライオンの間で板挟みに合い死中に活を求めることになるんだ。

 ララはこの任務が決して容易いものではないことも、直属の上司であるレスターが消極的であることもわかっていた。しかし彼女はすでに結論を出してしまったのだ。レスターの意向に従っても昇進や昇給が望めるとは限らないし、従わなくても不利な立場になるとは限らない。しかしハワードは違う。自ら望んで引き受けた仕事であっても、あるいはそうでなくとも、彼女はやはりハワードの期待に応えることを優先した。

 事はここまできてしまった
レスターは誰を非難することもできない。部下が彼の意向を最優先しなかったそもそもの原因は彼自身にあるからだ。このご時世、社長が部下に「君が会社に何を要求できるかは、君が会社に何を貢献できるか次第だ」と言うだけでなく、部下も「自分は何をすれば会社から何を得られるのか」と問い返す。信望と権力は結びついている。power(権力)がなければ、admiration(信望)もない。

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GO! ララ、GO! (26)

 

 二十六 上司と部下の相性

ウェンホアの退職が決まってから、北京オフィスではララの部下となる総務課長を募集することになった。折よく北京出張中であったレスターが応募者二人の面接を行い、どちらも検討に値すると考えてすぐにララを北京に呼んで一人を選ばせることにした。

 ララは二人のレジュメを見てレスターに尋ねた。

「この二人にはそれぞれどんな長所がありますか。どちらが我が社にふさわしいでしょう」。 

「君の判断に影響するとよくないから意見は控えておくよ。まずこの二人に会ってみてくれ。話はそれからだ」。 

 一人目はやや覇気に欠け、間延びした話し方をした。返答も反応もピントがずれていて、欲しい人材とは思えない。二人目はジョウ・リャンという三十過ぎの男性で、顔つきからして頭がきれそうに見えた。言葉遣いや立ち居振舞いも礼儀正しく、謙虚さのうちにプライドの高さを秘めた北京の若者に特有の雰囲気がある。レジュメを見ると、最初はICIで人事課長まで務め、現在は無名のインド系IT企業で人事部長として勤務している。

 ララはまず志望動機を尋ねた。

「なぜこのポストに応募しようと思ったんですか?」 

 ジョウ・リャンは、人事部長になりたくて年初に今のIT企業に転職したのだがどうしても企業文化に馴染めないので、と正直に答えた。現在の会社に融け込めないせいで気が滅入ってしまい、最終的な結論として自分は中小企業で上に行くよりも専門性のある大企業で課長として地道に働きたいと考えるに至ったのだと説明した。

 ララはそれもいいかもしれないと思った。今まで苦労してきたぶん次の仕事を大切にするだろう。期待が大きすぎると失望も大きくなるが、その心配もない。ララはさらに質問を続け、採用および総務で八年間の業務経験があることも聞き出した。これはまさにララが求めていたものだった。ララが特に気に入ったのはジョウ・リャンの筋の通った話し方である。彼女は少し考えてからこう尋ねた。

「自分をせっかちだと思いますか、それとも気が長いほうですか」。

「どちらかと言えば、せっかちですね。」

ララはこの答えに満足した。彼女の部署は多忙な時期にあり、せっかちな人間でないとテキパキと仕事をこなすことができない。彼女はその場で彼を採用することに決めた。

 そしてすぐにレスターに電話をかけ、ボスの意見を聞く前に自分が採用決定に至った経緯を一通り説明した。レスターは本音ではもう一人のほうがふさわしいと思っていたが、ララ自身がジョウ・リャンを選ぶと言う以上、彼女の決定にあまり口出ししたくなかった。
 彼はジョウ・リャンと面接したときのことを思い出した。表面的には謙虚で礼儀正しいが、かなりプライドが高い印象を受けたし、採用業務の経験が八年もあるため、ララは彼を管理しにくい恐れもある。レスターはやはりララに忠告しておいたほうがよいと思い、遠回しに言った。

「北京オフィスにはかなり個性的な部長が何人かいるが、ジョウ・リャンがこれから彼らと一緒に仕事をするうえで支障が出る可能性があるとは思わないかね」。

「過去にそういう問題に対処した経験があるか聞いてみたのですが、かなり世渡り上手な人だと感じました。また、最近キャリア形成に挫折してしまったようなので慎重になっているはずです。たぶん問題ないと思います」。 

レスターは、この人選は理想的とは言えないまでも、さほど大きな問題は起こらないだろうと考えた。それに何といっても今後はララの部下になるのだから、直属の上司である彼女の目に適うことがより重要だ。一歩譲って言えば、今回の結果があまり理想的でなかったとしても、ララ自身に実際の採用を経験させてこそ、彼女の成長を促すことができる。レスターは腹を決めて、ララに尋ねた。

「彼にはいくら給料を出すつもりかね?」。

「本人は七〇〇〇元を希望していますが、私は七二〇〇元にして彼の満足度を上げたい思っています。最初から好印象を与えれば、安心して仕事に打ち込んでもらえます」。 

「問題ないだろう。ワン・ホンに連絡して、彼がOKしたらすぐにOFFER(採用通知書)を出そう」。

 DBは速やかにジョウ・リャンにOFFERを出した。彼は提示された給与が自分の希望よりも少し高いことを知るとやはり嬉しさを感じ、すぐにララに電話をかけて指定された着任日には必ずDBに出社すると伝えた。ララは彼が給料の件で自分に礼を言うだろうと思っていたが、彼は最後までそれについては触れなかった。

 上海オフィスでもこの数か月ずっと総務課長を募集している。ララは二百通以上のレジュメに目を通したせいで、却って誰を選べばいいのか分からなくなってしまっていた。レスターは、ララは自分の仕事だけで相当疲れているのに課長一人の募集にそんなに時間をかけるべきではない、決めるべき時には決めなさい、とアドバイスした。そして、彼女のために優秀な人材を見つけてきたので会ってみないかと提案した。

 二十七、八歳の上海女性、肌が透き通るように白く血管や骨まで透けて見えるようだ。痩せていて、座っていても一七〇センチメートルほどの長身であることが分かる。一般的に上海女性はファッションに敏感だが、彼女は何とも複雑な服装で面接に臨んだ。丈の長い服と短い服を幾重にも重ね着し、面接に来たのにつま先の皮がめくれた革靴を履いている。がっしりした太いヒールのついたその靴は上海の街中を探しても買えそうにないデザインだ。無造作に結わえたポニーテールの髪は非常に長く、下ろしたら腰のあたりまで来そうだが、ろくに手入れをしていないようで頭頂部はボサボサしていた。ヴィッキー・チャオと同じくらい大きな眼でララを見つめている。普通の応募者のような遠慮がちな様子はなく、ただクールにそこに座ってじっとしていた。ララが笑顔で挨拶をするとようやく返事をしたが、顔は少しも笑っていなかった。

ララは一目で気に入らないと思った。彼女は自分に対して全く敬意を払っていないようだ。さらに彼女の服装もララの目には奇妙に映った。ララは彼女に好感を持てなかった。面接中は表向きでは礼儀正しく答えていたが、彼女からの質問はどれもひねくれていて悪意が感じられた。

 ララは最初に彼女が現在いる会社の社員数とオフィス面積、自分の部屋を持っている社員数を尋ね、さらに十分ほど一般的な質問をした。

その後、ララは急に話題を変え不意を突いた。

「会社で使っている交換機の型番は分かりますか?」

 普通は交換機のメーカー名は知っていても型番まで答えられる人間はめったにいない。ララはこの質問で彼女が交換機にどれほど詳しいか判断しようと思った。その女性は顔色ひとつ変えず、クールに答えた。

「NEC7400」。

 ララはさらに「キャビネットは何台ですか、また、アナログ基盤とデジタル基盤はそれぞれいくつ?」と質問した。女性は簡潔明瞭に一つ一つの数字を挙げた。ララが頭の中でざっと計算してみると、彼女が最初に述べた社員数や管理職の割合と合致している。

 ララはわざと面接の最初で社員数と面積について質問し、その回答を基本情報として憶えておき、次に無関係な質問をはさんだ。彼女に最後の質問に対する答えが関連数字と合致すべきだと気づかせないためである。たとえ専門知識があっても、自ら業務を管理していなかったり、社内状況を整然と把握していなかったり、業務内容に詳しくなかったりすれば、その回答は破綻しやすくなる。しかしこの女性は明らかに業務に精通しており反応も早い。

 ララはさらにコピー機の型番と台数について質問した。女性の回答は常に簡潔で、この質問に対してはこんなばかげた質問に答える価値などないとでも言いたげに口をわずかに尖らせた。ララは彼女の表情に気づかないふりをして、怒りをおさえながら次の質問をした。

「あなたの部署では毎年予算案を作成しているようですが、あなたもその仕事に関わっていますか?」

「私は現在の会社に三年間勤めていますが、そのうちの二年間は予算案作成の責任を負っていました」。

応募者がこの点に並々ならぬ自信を示したからには、ララは一般的な面接スキルを使って彼女を褒めるしかなかった。

「上司から信頼されているようですね。きっとお仕事がおできになるんでしょう」。

 女性はにこりともせずに言った。

「私は本部長に満足していただける仕事ができるのですから、信頼されて当然です」。

 ララは心の中で――あなた、面接に来ているんじゃないの? 何なのその態度は!――と呟きながらも微笑みをたやさずに質問を続けた。

「今年の予算案を作成したとき、コピー機の維持費と消耗品への予算配分はどの程度にしましたか?」

 女性はこう指摘した。

「その質問は実質的には先ほどの質問と同じです。消耗品の予算配分は消耗品のおよその単価だけでなく社員数にも関係します。またコピー機の台数は社員数によって変わります。そして維持費の予算は機器の使用年数と密接な相関関係があります。私の会社にはキヤノンのコピー機が六台あり、使用年数一年が二台、二年が二台、三年が二台となっています。これはまだ質問されていないのですが、おそらく次の質問はこれですよね」。

 そして彼女はあっさりと数字を挙げ、一点の不足もない完璧な回答をした。ララは問うべきこともなくなり、逆に彼女から質問の問題点を指摘されて狼狽えた。

ララは心を落ち着かせ、リフォームに関する重要な質問をいくつか続けたが、女性の回答は常に完璧で、最後にはこのように言い放った。

「大規模リフォームプロジェクトの経験がない総務は大企業の専門職とは言えません。総務部のごく初歩的な業務です」。

 彼女の専門知識は疑いようがない、総務の専門業務についてこれ以上質問する必要はない。ララは質問を変え、彼女に彼女自身の人間関係についての評価を尋ねた。ララは内心では、こういう人は人間関係を上手く処理できるわけはないと思い込んでいたので、彼女自身の評価を知りたかった。

 女性は落ち着いた様子で言った。

「人間関係がどのようであれば良いと言えるか、それは企業文化によって異なるでしょう。例えば、今の会社の企業文化は非常にアグレッシブで、周りと協力できさえすれば人間関係において高い評価を得られます。私は先ほど現在の職場でリフォームプロジェクトを担当したと話しましたが、こうしたプロジェクトでは各部門と総務部の連携が不可欠です。私はプロジェクトを順調に進めることができました。だからこそ、先ほどのリフォームに関する質問に対して適切に回答できました。さらにプロジェクトが成功したことで私が社内で効果的な人間関係を築いていることを証明できます」。

 屁理屈なのか道理があるかはさておき、ララはこれを聞いて思わず感心した。この若さでこんなに筋の通った話し方ができるとは、少なくとも頭の回転の速さは申し分ない。彼女はさらに質問した。

「確かに会社が違えば企業文化も違いますね。今あなたが働いているのは欧州企業ですが、DBは典型的な米国企業です。現在のアグレッシブな企業文化のもとで良好な人間関係を築くことができたからといって、DBでも上手くやっていけると証明できますか?」

 女性はララのロジックを訂正した。

「そうなると人間関係の問題ではなくて適応能力の問題になってしまいます。一つ例を挙げて私の適応能力を証明します……」。

 一時間におよんだ面接で、ララは彼女の回答に何ひとつ問題点をみつけることができなかった。彼女はおそらくこの数か月面接してきた応募者の中で総務部の専門業務について最も熟知している人材だ。彼女はララを不快にさせたが、その不快さの原因はレスターに報告し検討すべき問題点のうちには入らない。

 ララは彼女に会社規定の数学ロジック問題を解かせてみようと思いついた。結果はかなりの高得点で、このテスト結果だけから見ても彼女がララよりもずっと反応が速いことがわかる。ララはいささかプレッシャーを感じた。

 ララはレスターの部屋を訪ねたが、どう話を切り出すべきかわからなかった。自分の指示に従わなくなることが心配だから彼女が気に入らないとは言いにくい。結局、遠まわしに彼女の人間関係が少し気にかかる、今後各部門と良好な関係が築けるかどうか心配だ、とだけレスターに告げた。ララはそう言いながら、応募者と直属の上司の相性についてウェンホアがレクチャーしてくれたときのことを思い出した。昇進したばかりの部長は自分が部下を管理できるかどうかを気にしすぎて、大人しく言うことを聞きそうな部下に好意的になりがちだという。ララは思わず後ろめたい気持になった。

 レスターは面接中にその応募者の人間関係に問題があると思った具体的な事例があったのかと尋ねたが、彼女は答えることができなかった。レスターはララを説得した。

「この女性はとても聡明で、ポテンシャルが高く、専門業務の経験も豊富だ。不確定要素もあるかもしれないが、このポストは求人を開始してからもう数か月になる。そろそろ決めるべきじゃないかな。いずれにせよ、三か月の試用期間があるから、本当にダメなら辞めさせるのは簡単だよ」。

 ララは最後の言葉を聞いてうなずくしかなかった。

 その女性の名はパメラという。パメラが上海オフィスに総務課長として赴任すると、部下のマギーたちは彼女から受けるひどいパワハラに悩まされることになった。マギーはもともと強情な性格で最初こそ果敢に抵抗したが、パメラは何枚も上手だった。彼女はマギーに毎朝出勤直後にその日の業務予定を書き出して提出するよう命じ、退勤前にはその業務予定の進捗状況を報告させた。パメラが問題ないと判断するまで部下たちは帰ることができない。

 パメラはゴールデンウィークの三日前になって急にマギーに倉庫整理の仕事を与え、休日出勤するよう命じた。マギーは連休の旅行を手配済みだったので休日出勤に応じようとしなかった。パメラは落ち着きはらって言った。

「問題ないわ。連休前に終われば休日出勤しなくて済む。でも終わらなかったら休日出勤。あなた次第よ」。

 マギーは目の前が暗くなるほど腹が立った。倉庫は大きく、多くの部門と共有している。整理するには各部門のアシスタントと倉庫内の物資を一つ一つ棚卸ししなければならないし、倉庫管理会社の協力も必要だ。休日出勤せずにこの仕事を終わらせるのは絶対に不可能だ。

 マギーはパメラに反論した。

「たとえ私が休日出勤しても、他部門のアシスタントも休日出勤なんかしませんよ。彼女たちが来なかったらどうやって他部門の物資を移動させるんですか。何か紛失したりしたら面倒なことになりますよ」。 

 パメラはひねくれた物言いをした。

「連休前の三日間で各部門のアシスタントと協力して先に棚卸ししておけばいい。棚卸しリストにサインをもらっておけば、連休中はそのリストをもとに整理できる。なぜその場に全員いる必要があるのよ」。

 マギーは怒りを抑えながら言った。

「倉庫のスペースがなくなってしまったわけでもないのに、なぜそんなに急いで整理しなければいけないんですか。なぜそんなに早く終わらせなければいけないんですか」。

 パメラは手の中のペンをゆっくりと弄びながら言った。

「本当に急ぐの。私が決めたことをいちいちあなたに説明する必要なんてない」。

 マギーは胸にやりきれない思い抱えつつ怒りを抑えてデスクに戻った。

 ちょうどその時、ララは上海に来ていた。パメラに会議の備品を用意するように言うと、パメラはその備品はないと答えた。

「どうしてないと分かるの?」

「マギーからそう聞きました」。

 ララはおかしいと思った。これらの備品は先月も先々月も確認したばかりだ。マギーはどこに保管しているか知っているはずなのに、どうして簡単にないと言ったのだろうか。

「もう一度彼女に聞いてみて」。

パメラは走って聞きに行き、帰ってきて言った。

「やはりないようです」。

 ララは腹立たし気に言った。

「ミーティングをしましょう。マギーを呼んで」。

 全員がそろうと、ララはいきなりマギーに尋ねた。

「うちの部門がどんな備品を所有しているか知らないの?」

マギーは泣きそうな顔で「知っています」と答えた。

 ララは「それならなぜ上司に備品はないなんて言ったの?」と厳しく問い詰めた。マギーは顔をあげ強い口調で言った。

「私、連休には旅行に行く予定だったんです。それなのに、何の予告もなく突然連休中も出勤するようにって言われました。嫌だというと連休前に終わらせろと命令されました。あれだけの仕事、徹夜したって終わらない! 連休前に終わらせなきゃいけないような仕事でもないのに! これはイジメよ!」

ララは怪訝そうな顔で「どんな仕事?」と尋ねた。パメラはまずいことになったというような表情をした。もともと色白の顔がさらに青ざめている。マギーは堰を切ったように倉庫整理の件を洗いざらいぶちまけた。ララは事の成り行きを知り、パメラに対して強い怒りを覚えたが、感情を抑えてマギーに言った。

「仕事の指示に不服ならそう言えばいいの。別の仕事で仕返ししたりしないで。先に席に戻ってなさい」。

 マギーを帰してから、ララはパメラに言った。

「その仕事、あなたなら三日でできるの?」

パメラはばつが悪そうに首を横に振った。ララは語気を強めた。

「あなたにできないなら、彼女もできないでしょ。そんな仕事を故意にやらせようとする理由は何なの。もし本当に休日出勤が必要ならもっと早く彼女に話すべきだし、それに、その仕事をどうして連休中に終わらせなきゃいけないのか私にも分からない」。

 パメラは詭弁を弄した。

「マギーの勤務態度が悪かったので、改めさせようとしたんです」。

「彼女の態度が問題なら、その件について指導してちょうだい。嫌がらせなんかしないで」。

 パメラが立ち上がると一七〇センチの長身のせいでララがひどく小柄に見えた。彼女は曖昧な表情でララの目を見ながら言った。

「ララ、私にはあなたの支持が必要なんです。あなたは私の上司でしょ、上司の支持が得られなかったら、どうして仕事を続けられますか?」。

ララはパメラが責任を転嫁しようとしているのだと感じ、ムラムラと怒りが沸き上がった。そして、彼女も淡々と返した。

「あなたの仕事はもちろん応援してる。でも部下にパワラするのは我が社の企業文化では許されない。どの社員に対しても公平な態度で接し、相手を尊重しなければいけない」。

 パメラは不機嫌になり、ララも面白くなかった。

 二人は話題を変え、パメラの仕事の進捗状況をチェックし始めた。すると、彼女は部下をいじめるのに熱心なあまり、自分自身の仕事が疎かになっていることが露呈した。ララはパメラを解雇することになるかもしれないと思ったが、まず彼女にこう言った。

「それでは、あなたはここに来て一か月になるから、一緒に一か月目の総括をしましょうか」。

 ララはノートパソコンを起動し、パメラが入社した直後に彼女にアサインしたタスクを画面に表示した。このファイルはララが社内メールでパメラに送ったものである。一覧表を見ながら未達成タスクを一つ一つ数え上げたのでパメラには返す言葉がなかった。ララはその場で備忘録を作成して最初のメールのリプライとしてパメラのアドレスに送ると同時にCCで自分の上司であるレスターにも送信した。

 

 パメラはこの世界で最もIQが高いグループに属しているので、ララがすべての話し合いを書面の形式で保存し、しかもCCでレスターにもメールを送っていることに気づくと、ララが自分を適当な時期を見計らって試用期間中に解雇するつもりなのだと悟った。彼女は目を見開いてパソコンの画面を一心に見つめた。そして調子を合わせるような口調で二か月目からは心を入れ替えて頑張ることを約束した。

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GO! ララ、GO! (25)

 

二十五 なぜ部下に逃げられるのか 

 レスターはウェンホアを呼びつけて、「ララの自己評価レポートに部長クラスの採用何度か関わったと書いてあったが、彼女にはまだ早すぎるんじゃないかな彼女は君と違って人事業務について日が浅い。確かに聡明でよく気がつくが何といってもまだ新人だと注意した 

 ウェンホアが黙ったままなのレスターはさらに話をつづけた 

「部長採用はやはり君に任せたい。ララがその場にいても構わないせいぜい君のやり方を傍で見て勉強する程度とどめてくれ。彼女が応募者にインタビューするなどということはないようにね。でないと配属先の門から文句がでるだろうから

 ウェンホアはレスターの
警告が何を意味するか理解した。はウェンホアとララでは社内の位置づけが違うと指摘することで暗に自分を認めていることを伝えている。彼は笑いながら言った。 

「ララは優秀でしっかりした社員です。大丈夫ですよ彼女はよく立場をわきまえて自分の言うべきことすべきことを知っています部門長からも好かれています 

それならよかった君がララをよく教育しサポートしてくれていることは、ララの自己評価書報告を見てわかよ」。 


 ララの
自己評価報告聞き、ウェンホアは堪えきれずに噴き出した 

「ララは私の指導に全く満足していませんよ。彼女あれを書いた目的は私にもっと教えろと要求するためです」。 

レスターも笑った。 

うん。それにワン・ホンにプレッシャーを与えるためでもある」。 


 
二人がひとしきりいあった後に、レスターはウェンホアにジョージCEO訪中後、取締役会は中国への投資拡大戦略を可決したことについて話した――新たな業務拡大プランは基本的にアジア太平洋地域本部の同意を得ており、“Focus China”(フォーカス・チャイナと名付けられている現在、アジア太平洋地域本部がこのプランに詳細な検討と修正を行っている最中で、正式に承認されれば社内組織の変更が行われる。人事もそれに呼応してすぐにも新組織に対応する採用計画を練らなければならない―― 

 

 ウェンホアはレスター彼に示した組織図を仔細に、これから採用チーム課せられる業務量が大幅に増加することを知った。ララに任せたファーストラインの営業マン採用を除き、ウェンホアは本部で重要ポストの採用を何件もやり遂げなくてはならない。難しい仕事になるだろう。道理でレスター自分に対して友好的な態度をとるはずだ。ウェンホアは事態を理解し、瞳に光を宿らせてうなずいた 


 
レスターはウェンホアが音をあげるのではないかと心配していたが、そうでもない様子を見て内心ほっとした地方営業所の採用は誰もが有能さを認める頑固者ララがい――と言っても、この数か月間ララの「頑固というイメージは覆されたのだが、しかし気分が高揚する以前の印象が自然と浮かララをひそかに「頑固者」と呼ぶほうがしっくりきた――。そして本部には「策士ェンホアがいるレスターは今年の人事採用という難題うまくいくことを確信した 


 
その日レスターは数人の部長と会議を開き「フォーカス・チャイナプラン草案について説明し、各自の任務について心の準備させた。翌日、ウェンホアの妻が夫は急性胃腸炎で休む会社に電話をしてきた。レスターはローズとララの仮病を経験していたので病欠と聞くと警戒する。ウェンホアも仮病なのでは、という不吉な予感がした。 


 
数日後、ウェンホアは完治したと言って元気そうなで出勤した。そして、オフィスに入るとレスターの部屋に直行して辞表を提出した。レスターはこの一年あまり部長たちにこういったやり方で弄ばれることに慣れてしまっていた。ウェンホアが病欠した数日彼はローズの退職までの経緯再び思い出してみた。彼にとってウェンホアの辞職基本的には余計な心配の種にはならずにすんだとにもかくにもウェンホアは男性部長だ。妊娠流産だのと嘘をつけない。むしろあっさりしていて気持ちがいい、レスターは自分を慰めた。 


 
それを聞いてララはすぐにレスターのところにやって来た。 

「ボス、ウェンホアの部下でいちばん仕事ができるのはジェイソンです。今すぐにでもジェイソンをシニアに昇進させましょう。給料も上げてやりましょう。そうしないと、彼が今辞めてしまったら大変なことになりますよ」。  

 レスターはうなずいた。 

「ああ、すぐにジェイソンとをしよう絶対に彼を慰留しないと」。 


 
その晩、ジェイソンが風呂から上がると妻が「いまウェンホアから電話が来たけど」と言った。ジェイソンはあ」だけ返事をして特に何も言わなかった不思議そうに「何の話だったのかしら」と言うと、ジェイソンは何の話って、仕事を紹介したいんだろと答えた妻は思わず真剣になりあなた、転職したいの?」と聞いた。ジェイソンは冷ややかに言った。 

「今日レスターからがあった。シニアスタッフして給料も上げてやるって」。  

「それでどうするつもり?」  

とっくにシニアになっていてもおかしくなかった。レスター昇進させてもらわなくても上海でその程度のポストに転職するのは難しくない。給料がいくらるか次第だな」。 

 妻は心配そうに言った。 

みんなウェンホア部長策士だと言ってる気を付けたほうがいいわ」。 

「ウェンホアはDBを辞めることになった。今日すでに辞表を提出したそうだ僕もここまでやってきたんだから怖いものはないよ。僕に不渡り手形を出そうとしても無駄だ今よりいいポスト、今より高い給料。それしかない。毎月住宅ローン返済ために給料日待っている身なんだから 

 妻は夫の言葉にき、それから聞いた。 

「レスターは給料をいくら上げてくれるって?」 

 ジェイソンは嘲笑するように言った。 

「金の話になると服の中にノミでもいるようにもじもじして、ああでもないこうでもないと長話をするが、具体的な数字気持ちよく出してこない。給料がいくら上がるかなんてわからない。いずれにせよ、しばらく待っていれば数日中には辞令がられてくるだろう。今回は少なくとも二千元は上げてもらわないと。総額で八千元に満たないならおさらばだ」。 

「じゃあ、もし本当に八千元になったら?」 

ジェイソンは少し沈黙てから言った 

「もう前みたいにがむしゃらに働きたくない。頑張れば頑張るほどレスターから見くびられる。ウェンホアが用意してくれるポスト比較してから考えるよ」。 

「ウェンホア辞めあなたまで去ったらレスターの身はどうなるの? 

 ジェイソンは怒りをこめて言った。 

「彼はボスとしてこれまで僕にどんな仕打ちをしてきた? あいつだって内心ではわかっているはずだ、遅かれ早かれ僕も辞職するだろうって 


 
辞令がジェイソンの手元に届き、開いてみるとそこには「昇給五〇〇元」と書かれていた。彼は無造作にその紙片をシュレッダーにかけた。 


 
ララがレスターに「ジェイソンはどうでした?」と確認すると、レスターは自ありげに「ジェイソンはニコニコしていたが何も言わなかった。大丈夫だろうと答えたララは以前からレスター昇給には極めて気前が悪いことを知っていたので、ジェイソンの給料をいくら上げたか知りたくてたまらなかったが、とうとうくことができなかった。 


 
ひと月もたたないうちウェンホアがDBを去り、ジェイソン慌てず騒がず辞表を提出しウェンホアの後を追って退職したレスターウェンホアの仕事を二つに分け半分ララに任せ、残りの半分ワン・ホンに割り振る以外になす術がなかった。ワン・ホンは給与と福利厚生しかやってこなかったのでいきなり採用業務担当させられても時間ばかりかかって結果を出せず、レスター自ら一部を引き受けざるを得なかった。 

 本部のER(Employee Relationship 人事関係問題が起きてもワン・ホンこうした業務が苦手で彼に任せることはできない。無理に従業員と話し合せると最後に喧嘩になってしまう始末であった。レスターはワン・ホンにER処理させるのは得策ではない、彼にやらせると問題がこじれるだけだと気づき自らこの種の仕事を一手に引き受け、そのせいで血圧まで上がってしまった 


 
レスターはヘッドハンティング会社部長の候補者探しを急ぐよう催促し、少なからぬレジュメを見て人選を進めていたがいずれもウェンホアに比べると見劣りがし、決めかねているうちに四か月あまり過ぎた。ラは激務に耐えながらも、精神的には特に問題なく、ワン・ホン口では何も言わな明らかに疲弊している様子だった。もともとレスターの性格からすれば部長を一人選ぶのに半年かけるのは珍しことではない。しかし今回は自身も仕事を分担させられて参っていたし、ワン・ホンが不満を持つのを恐れて目をつぶって適当に二人ほど選んでハワードの承認を得るため社長室を訪ねた。しかしハワードはその提案を即座に却下し、ついでに全社の採用業務の進捗についてレスターに説明を求めた。レスターは自分のオフィスに戻ると血圧降下剤を飲んだ。 

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GO! ララ、GO! (24)

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二十四 弟子が育てば師匠は失業

 

レスターはウェンホアとホンを呼び、二人にララを指導するように言った。

 レスターは他人に任せっきりにすることに慣れてしまっていたので、詳細のスケジューリング、たとえばどのくらいの時間が必要か、どんなプロセスで育成目標を達成するか、まず何を学ばせ次に何を指導するのか等々、具体的な話は全く進まなかった。彼らが指導計画を立ててもレスターはそれを自分に見せるようにとは言わなかった。

 これにはララも苦労した。右も左も分からない新任部長は何を質問すればよいかもわからない。ホンはもともとララに対する指導には乗り気ではなかったため、レスターが彼に具体的な育成訓練の目標と要求をしないのをいいことにいいかげんにララを振り回した。ホンは部下のレオンに命じて、地域の人事担当者募集をしている部門の給料構造や会社の基本的な福利厚生についてララにかいつまんで紹介させ、一時間弱の簡単なレクチャーでララの給与管理に関する教育の一部を済んだことにしてしまった。

 レオンは説明が終わると、礼儀正しくララに何か質問はあるかと尋ねたが、ララは人事について学び始めたばかりで質問もどうすれば良いのかもわからなかった。いくつか無理やりに質問をしたが、レオンは前もってホンに口止めされており、明快に答えることを避けた。結局、ララはその場では「わかりました」と言うしかなかった。

ララは、ちょうど稼働し始めた会社の新しい人事システムCITYRAYに非常に興味があったので、このシステムを担当するホンにサプライヤー向けの講座が行われるのはいつかと質問したが、ホンの回答は素っ気ないものだった。

「ララ、このシステムは君の普段の仕事では使わない。基本的には君の仕事とも関係ないし、学ぶ必要はない」。

ホンの狭量な言い草と自分を蚊帳の外に置こうとする態度にララは腹立ちを覚えたが、それ以上は何も言えなかった。

ララは部長昇進を希望し始めてから、人事業務の知識を早く身につけなければと焦っていたが、彼女が強く願えば願うほどホンは守りを固くした。特に彼女が給与福利厚生関連について勉強したいと言ったときには、ホンはあからさまに迷惑そうな顔をした。

ホンはDBに入社する以前はずっと中小企業で働いていたので、業務のスキルを身に付けるのもひと苦労だった。同業者に何か教えてもらおうとしても容易ではなく、自発的に教えるどころか、彼の勉強を阻止しようとしないだけでもありがたかった。しかし、ララときたらいい気なもので、今日はこれを教えろ、明日はあれを教えろと要求する。まるで彼女を教育するのが人事部長の職責かのようだ。技術は見て盗むものだということが全く分かっていない。それに弟子が一人前になれば師匠は失業してしまうではないか。ウェンホアはララにつきっきりで人材募集業務について教えているが、何か月かすぎたら、ララは彼の縄張りを奪ってしまうのではないかと心配だ。給与福利厚生業務は一年やそこらで習得できるものではないが、それでもララに教えるのは気が進まない。ララが突然人事総務部長に抜擢されたことにどうしても納得できないのだ。こんなに都合が良い話があるだろうか。社内の一歩ずつ昇進してきた人事部長に比べてあまりに不公平だ。なぜ自分が彼女のキャリアアップのために力を貸さなければならないのだ!

 ホンはこうした鬱屈した思いを抱えていたので、ララが新しい人事システムの使用方法を学びたいと提起すると、すぐに部下のレオンにこう言い含めた。

「システムのアクセス権限を営業所人事の担当者に与える必要はない。そんなことをしたらログオンできる人間が多くなりすぎてシステムのメンテナンスやセキュリティに問題が出る。この先、ララのteamがシステム内の資料を調査したり資料に追加情報を入力したりする必要が生じれば、申込書に記入して提出させろ。私が承認したら君が処理してくれ」。

 レオンは困ったように言った。

「それでは我々の業務量があまりに多くなってしまいます」。

ホンはこともなげに言った。

「人材派遣会社からパート社員を雇えばいい。守秘義務を守りパソコン入力ができるというだけなら時給が安いパートタイマーをいくらでも雇える」。

 ウェンホアのほうもララに対する具体的な教育訓練プランを持っていなかった。しかし幸いにもララの人柄はウェンホアの反感を買うことはなく、彼女に何かのついでに仕事を教えるだけなら、ウェンホアにとっても何も問題はなかった。ララはウェンホアがホンとは異なり自分に警戒心をもっていないと感じたので、人事管理について系統だったトレーニングを受けたいが、どんな講座に出ればよいかとアドバイスを求めた。

ウェンホアは親切心から彼女に以下の提案をした――政府の社会労働保障部が人材資源開発の一環として専門スタッフ資格試験を年に二回開催する。この試験合格を目指すのが最も適している。

ララがレスターに試験対策講座の参加を申し出たが、レスターはこの試験はたいして役に立つものではないと考えた。

「ララ、実際にはそういう講座で得られる知識はたった一〇%に過ぎない。そして約二〇%は経験者から教えてもらうこと。残りの七〇%はすべてon job training(実践の中での学習)から得るものなんだよ。この数字で明らかなように、実践こそ最も重要な学習だ。だからこそ、我々が人材募集をする際に最も重視するのは応募者の職歴なんだ」。

そうは言いつつも、レスターはララの申し出を拒否することなく、あっさりと受講許可を出し、会社が受講料を負担することも認めた。

ララは内心、ウェンホアの自分に対する指導は決して満足できる内容ではないと思っていた。ウェンホアのやり方は何かの仕事のついでに指導するというもので、系統だった教育訓練プランは皆無である。彼女は殊更に感謝することによって、二人のpeers(同僚)の積極性を引き出し、さらに圧力をかけて、自分の味方にしようと決めた。

ホンとウェンホアが彼女に対して行った教育を区別するため、またホンをより協力的にさせるため、そしてレスターに自分の研修状況を認識させるために、ララは総括報告を作成して、メール添付でレスターに送信し、同時にコピーをホンとウェンホアにも送った。

ララは簡潔な表を用いてこの総括報告をした。表は四項目の内容に分かれていた――訓練を受ける目的、訓練を受けた内容、facilitator(協力者)、効果と進展。簡単に言えば、誰からどんなことを教わったかということだ。

この報告がホンの恨みを買うことはわかっていた。しかしホンがこれからも出し惜しみして彼女に何も教えず、彼女の勉強を邪魔し続けるなら弊害はより大きい。

レスターはこの報告書を見て、すぐに二つの点に気づいた。一つはララが迅速に仕事をおぼえたということ、二つ目はホンがララを指導していないということである。彼はララの聡明さにひそかにうなずきながらも、ホンの自己防衛は少々滑稽であると感じていた。同時に、ララのこの報告は、ホンにはいささか厳しすぎるとも感じた。

山中の王者たる虎は、オオカミは怠惰でキツネは勤勉だなどと気にしたりしない。人の上に立つものは、器が大きく全体を見渡していればよいのだ。レスターはこの道理をよくわきまえていたので、個人に対する評価を行うことはなく、関係者の良好な協力関係をおおざっぱにほめるだけであった。

ホンはララのメールに気まずい思いであったが、レスターから何も言ってこなかったので、ララを適当に評価してやり過ごすことにした。ホンの横っ面を引っ叩いたララの報告書は空振りに終わり、ホンの態度が改まることはなかった。ララは、レスターが言っていたように七〇%の知識と経験は実践の中から獲得するものであり、自分自身に頼るしかないことを思い知った。

その日、ウェンホアは市場営業部門の製品部長採用のための一次面接にララを参加させた。ウェンホアは四人の応募者からまず二人を選び、第二次面接の準備を進めた。

  ララはウェンホアが二人の応募書類に印を付けたことに気がつき、興味津々で配属先ではどちらを選ぶ見通しかと尋ねた。ウェンホアはBだろうと答えたが、ララにはAのほうがBより優れているように思えたので、なぜAではなくBなのか不思議に思い、さらにその理由を尋ねた。ウェンホアはAとBのどちらも採用条件を満たしているが、配属先の上司のことを考えるとBのほうがうまくやっていけると感じたので、最終的にBを選んだのだと説明した。そこでララは疑問をぶつけた。

「採用は、主に応募者と職場のマッチング考慮するものだと思っていましたが」。

「業務内容が応募者の条件とマッチするかどうかだけでなく、応募者と直属の上司の相性も重要なんだ。配属先が求める任務を完全にこなすことができても、上司とそりが合わなくて辞めてしまったこともある。たとえば古株で強気な課長がいたとしよう。即戦力がある部下が採用されるのを期待している。そのときは平凡な能力しかない人を採用してはならない。また、事細かに部下を管理することを好む部長に、上司にあれこれ口出しされたくない人間をあてがってはいけない。でなければ後で上司と部下の間に対立が起こってしまうからね。他には、短気な課長がいた場合、のんびりした気の長い部下では困るだろう。新しく抜擢されたばかりの新米部長なら、彼がコントロールできる部下かどうか注意して、おとなしくて言う事を聞く人間を選ぶ。もし新米の部長に有能で短気な部下を配属してしまったら絶対にうまくいかない」。

「部長になって間もない人に、おとなしい新人ばかりをあてがって仕事がきちんと進まなくなった場合はどうするのですか?」

「その部署の現状を観察して、部長と話し合う。部長を含めて全員がおとなしくて聞き分けのいい新人ばかりだったら誰が仕事を進めるのかと部長の自覚を促す。仕事が終わらないなら君は部長としての立ち位置にいられなくなるよって部長に言い聞かせる」。

「なるほど。ウェンホア、あなたは本当に大したものですね」。

ウェンホアは笑った。

「この仕事に就いて長いからもう慣れっこだ。でもララ、君にはまだ仕事に対する情熱がある。きっと成功するよ。君が昇進したとき、ジェイソンからシニアスタッフになりたいからレスターに口添えしてくれないかって頼まれたが、私は言ったよ。ララはハワードの『秘蔵っ子』なんだからレスターに期待なんてしないほうがいい、ってね」。

 彼の話は事実だ。ララはどう反応すればよいかわからず、ただ笑うしかなかった。

ウェンホアには「油断できない人間」という呼び方がぴったりだ。普段は真面目で、誰の悪口も言わないので、ララには彼が今日公然とレスターを批判するのにはどういった意味があるのかわからなかった。ウェンホアはコンピュータを片付けながら言った。

「忙しい一日だった。ララ食事をごちそうしよう」。

ララは慌てた。

「今日は私におごらせてください。私は多くのことを教えていただきました」。

「私はいつでも喜んで教えるよ」。

食事しながらウェンホアは言った。

「ララ、本当に仕事のやりがいがないよ。困ったことがあってもレスターの助けを得られたことがない。悪くすると説教される。もう何が起きてもどんな問題が山積みでもレスターには相談しないで、自分で解決方法を考えるようになった。彼は給与福利厚生業務ばかり重視している。ホンとレスターはまるで息子と父親のようだ。もう少したてば、君も私の言っていることがわかるようになる」。

 ウェンホアは激して、普段のように理路整然とした話し方ではなくなっていた。ロジックに欠け、レスターの落ち度を次々にあげつらった。ララは意見をさしはさむこともできず、座っまま無言で聞いていたが、幸いにもウェンホアは彼女の意見を必要としていなかった。

「社長と交渉が必要なときも、レスターはずっと表には出ず、部下のピーターをハワードのところへ行かせていた。彼の部下になると、この類の困難はつきものなんだよ!」

ララは答えかね、バツの悪さをごまかすために、ひたすらウェンホアに酒を注いだ。ウェンホアは一杯ぐいっと煽って、続けて言った。

「我々のレスターにはまだ特徴がある。職責上、明らかに彼が決裁しなければならない決定事項でも必ず部下をその仕事とは無関係な本部長のところにまで差し向けて順々に意見を聞いて回らせ、最終的には全体意見として決定を下す。常に万が一何か間違いが起こることに備えている。つまりレスターひとりの意見で決めたことではないと言い訳できるからだ。こんなんじゃピーターは心身ともに疲れきってしまうに決まっている!」

ララはウェンホアがレスターを咎めるのを聞きながら、意味もなく自分にこの話をしている訳ではないと考えてこう尋ねてみた。

「ウェンホア、何か考えがあるのですか?」

ウェンホアは笑った。

「どういうつもりもないよ。レスターと一緒だ。適当にやってればいいんだ。言ってみれば、あれだけ保身に走れる人間はいないよ」。

 ウェンホアと別れたあと、ララが腕時計を見ると、すでに夜十時を回っていた。彼女はゆっくりと交差点に向って歩き、ホテルに帰ろうとタクシーを止めようとした。

その時、一台の黒いアウディが彼女の近くを通り過ぎた。彼女は無意識に運転手をちらっと見た。車のスピードはゆっくりで、街灯の暗い光の中でもそのカールがかかったロングヘアの美人を見ることができた。ララはその瞬間は気にしなかったが、車が過ぎ去ってから彼女は突然気がついた。あれはウェイの車だ! ウェイはこの二日間北京に帰っているが、誰が彼の車を運転しているのだろうか? ララは衝動的に携帯を取り出しウェイの番号にかけた、ウェイの「もしもし」と声が聞こえたとたん、彼女は突然通り過ぎたあの美女が誰なのかわかった。彼女はすぐに電話を切った。心臓はばくばくと激しく脈打っていた。ウェイはすぐにかけ直してきた。ララは携帯のディスプレイの「ワン・ウェイ」の文字を見て、十秒ほどためらってから通話ボタンを押した。

「さっき電話した?」

「うっかりまちがえたの。ごめん」。

「どうして何にも言わずに切ったの?」

「もう遅いから迷惑かなって思って」。

「まだホテルに帰ってないのか?」

「ちょうど帰るところ」。

「仕事が終わったらはやくホテルに帰らなきゃ。いつまでもオフィスにいちゃダメじゃないか」。

ララはうんと言った。

「またハワードとマンツーマンで話してたわけじゃないよね?」

ララは動揺し、彼を遮った。

「タクシーが来た。もう乗るから」。

「そう。じゃ、ホテルに着いたらまた電話して」。

ララは、はいはいと言って電話を切った。ウェイはララがホテルに着くまでの時間と入浴の時間も計算して、ララが電話をかけてくるのを長いこと待った。彼が焦れて彼女の携帯に電話をかける頃には、彼女はもう電源を切っていた。ウェイは少しためらったが、ララの部屋に電話してみることにした。しかし、ホテルのフロントはお客様はもうお休みになるので電話を取り次がないようにとのことです、と告げた。ウェイはあきらめたが、心の中は疑念が渦巻いていた。彼はララが言っていた電話番号を間違えたという話が信じられなかった。

彼女は何の用があったのだろう?

なぜ何も言おうとしなかったのだろう? 

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GO! ララ、GO! (23)

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 二十三 You deserve it!の二つの意味

 ララは広州でレスターの電話を受け、異動と昇進にともなう変更について詳細を知った。レスターはそれまでララの要求を常に退けてきたが、彼女は今回その行動が理解できる気がした。仮に自分がレスターの立場なら、じきに定年退職を迎えようというときに、社長の考えを忖度でもしなければ、会社が定める勤務地で働きたがらない部下のために前例を破ることはしなかっただろう。ハワードが意見を明確に示してからレスターはようやく積極的に動き始めた。ララは各営業所の人事業務が自分の担当となったことに特に感謝していた。

  四十六%の昇給に至っては、ララの期待をはるかに上回るものだった。彼女は感激しつつも、リフォームプロジェクトを任せられた際にレスターが出した特別手当てが五%だったことが自然と頭に浮かんできた。

 電話の向こうにいるレスターは、ララの思いを知ってか知らずか、あるいはこれまでララに辛く当たりすぎたと思ったのか、ララが述べる感謝の言葉を聞いても軽く受け流し、簡潔に誠意をこめてこう返した。

You deserve it.(君にはその価値がある)」。

 レスターはその言葉を口に出した瞬間、あることを思い出した。ローズが杜撰な予算とタイムスケジュールで自分に危険な罠を仕掛けたことに気が付き、やむを得ず急いでローズを昇進させたときにも、彼女に対して心にもない言葉をかけた。

You deserve it.」。

 電話の両側でララとレスターはともに感慨にふけり、一瞬の沈黙が訪れた。ララはハワードが言ったことを思い出した。

「レスターは寛容なボスだ。彼には彼の特徴がある。君はこれからも彼の部下であることに変わりない」。

 ララはレスターのもとでしっかりと部長を務めてボスに認められようと決意し、レスターもララの誠実さを感じ取った。かつて心にわだかまりを持っていた者どうしが和解しよい関係を築く以上に気持ちの晴れることはない。

 人員配置について話が及ぶと、ララはヘレンをアシスタントに昇格させたいと提案した。ヘレンはすでにDBの広州オフィスで七年間にわたってフロントスタッフを経験しており、現在二十七歳になる。物事を深く考えない性格ではあるが、ララのもとで大きく成長した上に、ララとは互いに気心も知れている。SC(South China)のアシスタントには適任で、レスターも二つ返事で了承した。

 ヘレンはあきらかにララの昇進のおこぼれにあずかった形になり、広州オフィスではヘレンを見かけて冗談を言う者もいた。

「テンテン、羽振りがよさそうじゃないか」。

 ヘレンはララに「控えめに」と釘をさされているのを思い出し、一生懸命に謙虚にふるまおうとするあまり却って同僚の爆笑を誘う結果となってしまった。

 ララは間もなく上海に出向いてウェンホアのもとでリクルートについて学ぶことになった。彼女は呑み込みが早く何事も適切にこなしたのでレスターも非常に満足し、誰彼なしにララの自慢をした。また、気が向けばララに仕事のコツを教えることもあり、そんなときにはララは頭がいくつあっても足りないほど熱心に頷きながらすらすらとノートをとった。レスターはララが渇いたスポンジのように知識を吸収していく様子に感心し目を細めた。

 教えたい者と学びたい者が出会うことは大きな喜びである。機会さえあれば、ララはレスターの経験の豊かさを称賛し、レスターはララの聡明さを褒めた。二人はもっと早くからこの関係が築けていたらとまで思ったが、それを見るにつけ憤懣やるかたない思いにかられ、歯ぎしりをしながら「レスター、いつか必ずお前に“You deserve it” には二つの解釈があることを思い知らせてやる」とひそかに呟く者がいた。

 英語の“you deserve it”には二通りの解釈がある。よい意味で用いられる場合は「名実相応」(君はそれに値する)、逆の場合は「自業自得」(ざまあみろ、当然の報いだ)となる。英語では両者を区別せず“you deserve it”と表現するが、つまるところ「あなたはこれこれの事をした、それゆえこれこれの結果になった」という因果関係に重点を置き、「当然の結果だ」という意味を表す。

 ララは、相変わらず残業続きだった。ハワードは一日の仕事が終わると、退勤前に思い出したようにララを頻繁に自分のオフィスに呼んで質問したり仕事を与えたりした。ララも難題を抱えているときにはハワードの意見を求めることがあった。

 ウェイは、残業をしているときにララがハワードの部屋に入って一時間あまり出てこないのを二回ほど目にした。しかも彼女がハワードのアシスタントに面会のアポイントを取っていないことは明らかだ。一度はハワードがホワイトボードに図を描いてララに何かを説明しており、ララは顔を上げて全神経を集中させて聞いている様子だった。

 ウェイはやや苛立ちを覚え、後日やっかみ混じりの口調でララに言った。

「随分偉くなったもんだな。One on one(マンツーマン)で授業を受けるなんて」。

 ララは「知らないことが多すぎていろいろとご指導を受ける必要があるんです。明日にでも、あなた様に人生の真諦を教えていただきたいものですわ」と言って取り合わない。ウェイはいかにも不満そうに言葉を続けた。

「ハワードは営業担当社長か、それとも総務担当社長か。社長のDirect report(直属の部下)は本部長だろう。時間があるなら我々本部長とコミュニケーションを取るべきなのに、なんだって君とあんなに熱心に話をするんだ。総務がどれだけいい仕事をしたって会社の儲けにならないじゃないか。それに君は本部長のレスターが指導してくれるだろう。レスターの頭越しにハワードとあんなに頻繁に接触して!」。

「だったら私からハワードにあなたがご不満だってお伝えしましょうか!」。

「いいさ。君は社長のお気に入りだから何でも話せるだろうよ!」。

「私は誰よりも努力しているのよ! I deserve it!」

「いい気になるな。いつか手痛い目にあうぞ。You deserve it!」  

 ララは怒りのあまり思わず口走った。

「あんたの良心はダーダーディホアイラ!*1 スーラスーラ!*2



*1
「ひどく悪い」を意味する抗日戦争時の日本兵中国語

*2「死ね」を意味する抗日戦争時の日本兵中国語

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GO! ララ、GO! (22)

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二十二 認可は速やかに

 ワン・ホンはレスターに命じられたとおりに職務記述書を作成した。異動昇進内申表に記入する段になると、職位の欄に書き込むのをしばらく躊躇した。レスターは彼に「人事総務部長」と言ったが、彼の理解ではレスターが実際に与えたいのは「人事総務部長補佐」のはずだ。以前にローズを昇進させたときも最初は「部長補佐」とし、その後に「部長」と改めている。ましてやララには「人事」の二文字まで加えている。給与部長のワン・ホンには、この「人事」の二文字が余計につくことでララの市場価値がぐっと上がることがよくわかっていた。総務部長よりも人事部長のほうがよっぽど価値があるのだ。ワン・ホンは「たとえ『人事総務部長補佐』の肩書だけでもララは大いに得をする」と考えた。

彼は長いこと考えていたが、レスターに確認しに行くのはやめて自分勝手に職位の欄に「人事部長補佐」と記入することにした。次は「給与改定」欄だ。ワン・ホンがララの現在の給料を調べると六八二五元であった。この数字にワン・ホンは目を疑い、ララの我慢強さに感嘆した。レスターもあまりに気前が悪い。さて、現在の問題はワン・ホンがララの給料をどの程度上げるべきかということだ。

 通常、現在の給与金額に問題がなければ二〇~三〇%以内の昇給となる。しかしララの現在の給与は市場相場に比して明らかに低い。社内規定によれば昇進する社員の現時点の給与が明らかに低すぎ、業務成績が特に優秀である場合には社長の特別許可を得て五〇%まで昇給することができるとある。ワン・ホンの知る限り、レスターは昇給に対しては常に消極的で普通なら自ら進んで上限の三〇%までアップすることはめったにない。もし上げ幅が大きすぎればおそらく疑問を提示してくるだろう。さらにワン・ホン自身にもララが今回はあまりに優遇されているという思いが多少なりともあったため、給与をあまり高くしたくはなかった。しばらく考えてから「基本給決定に関する提案」の欄には「八八〇〇」と書き込んだ。

レスターはワン・ホンから書類を受け取るとすぐに、「ん? ワン・ホン、これは違う。職位に『補佐』はいらない。我々はララを『部長』にすることにしたんだ」と言った。ワン・ホンは顔を赤らめた。レスターに自分がララに部長の肩書を与えたくないという思いを見透かされたと感じたが、何とか言い返した。

「レスター、一度でこんなに昇進させるのは早すぎませんか。まずは『部長補佐』を務めさせて段階的にキャリアアップしたほうが、目標ができて更に努力を続けて成長するでしょう。半年か一年ほど観察して、それなりの成績を上げた時こそ『部長』の肩書というインセンティブを与えてやればいいと思いますが」。

 レスターは何度も頭を横に振った。

「認可はタイミングが大切だ。認可のタイミングを外し、奨励のタイミングを外すことは人事管理のタブーだよ。彼女が最も求めている時に与えてこそ最も効果的なんだ。仕事に慣れきってしまってからポストを与えても今ほどの効果はなくなる」。

ワン・ホンは余計な口出しをした結果となり、そのとおりですと言うしかなかった。

 レスターの指が給与欄の「八八〇〇」のところにすべっていった。

「我が社の非採算部門の部長の最低基本給はいくらだっけ?」

 ワン・ホンは冷や汗が出てきた。今日は自分がバカなことをしたのか、それともレスターが普段と違うのかわからなかったが、とにかくレスターは八八〇〇という低すぎる額が気に入らないようだ。ワン・ホンは気持ちを落ち着けて答えた。

「会社のポリシーによると九〇〇〇元です」。

 レスターは少し考えた。ララは何といっても部長だ、今回は彼女を徹底的に満足させよう、昇進しても給与面でわだかまりを持つことがないようにしなければ。レスターは考えを決めた。

「ララの月給はぴったり一万元にしよう。彼女の今の基本給は低いが、仕事のレベルは新部長の基本レベルよりも高い。これをハワードに届けて許可をもらってきなさい」。

そう言いながら彼は無造作に電卓をたたき、六八二五元から一万元への昇給は四六%アップだと算出し、その数字をワン・ホンに見せた。

 ワン・ホンはDBに入社した日に自ら決めたルール――レスターとは常に良好な関係を保つ――を守り、それ以上抗弁しようとせず、「承知しました。職位と給料の二か所を書き直して十分後にまた持ってきます」と言った。レスターはうなずいた。

 

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