GO! ララ、GO! (15)

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 十五 一〇〇一話のジョーク

ウェイの運転する車は繁華街からひとつ奥まった住宅地へと入っていった。住宅地内の木は青々と茂っており、芝生はきれいに刈られている。暗闇の中で建物の外壁が赤いレンガであるのがぼんやりと見てとれた。ララは訝しげに尋ねた。「ここはどこですか?」。ウェイは「僕の家だ」と手短に答えた。

 ララはどういうことなのか理解できずにいると、ウェイは「ここに車を置いてタクシーを呼ぼう。運転しなければ酒が飲めるから」と説明した。

ララは「ああ」と頷いてから心の中で文句を言った――事前に何も説明しないで人を自宅まで連れてくるなんて、あなたもEQは大したことないわね。

ウェイは車を駐車場に入れ、「何を食べに行く? 三つの選択肢があるけど」と言った。

ララは前回の教訓があったので「お好きなところでいいです。どうせ私が選んでもそこには行かないんでしょ」と答えた。

「そんなふうに拗ねるなよ。じゃあ、今日は上海料理にしよう。餅の炒め物が好きだって言ってたから、肇家浜路の蘇浙杭は? なかなかいい店だよ」。

 ララは餅の炒め物でお腹を満たした。ウェイは餅炒めにはたいして箸をつけず、ほとんどララにたいらげさせた。他にも彼女は酔っぱらい蟹を満足いくまで食べ、クラゲの和え物にも舌鼓を打った。満腹になるにつれ、ずっとこらえていた悲しみや怒りがほぐれていき、彼女の顔に血色がもどって元気も出てきた。やはり「人が鉄なら、飯は鋼」〔人は腹を満たしてこそ力が出る〕は真理で、人は満腹になると怒りの感情が鈍くなるものだ。

 何杯かの赤ワインが彼女の瞳をさらにきらきらと潤ませ、話し方も柔らかくなった。もはやがむしゃらに働くだけの意地っ張りではなくなって、時には可愛らしく笑い、しなやかな腕を大きく動かして生き生きと話した。興に乗ってくると、髪留めを無造作に外し、栗色に染めた艶やかで長い髪が肩甲骨の下まで滝のように流れ落ちた。

 酒も食事も十分に堪能した二人は蘇浙杭レストランを出て肇家浜路でタクシーを待った。ウェイは「まだ早いから、上海を案内してあげよう」と提案したが、ララはそっけなく「田舎者扱い?」と断った。ウェイが「だが地元の人間でもないだろう」と言うと、ララは「それは私が田舎者だって言っているのと同じことよ」と声をあげて笑い出した。ウェイは通りを走ってきたタクシーを目の端で見つけ、呼び止めながら、「君はどうして屁理屈ばかりこねるんだろうな」と笑った。ララは「なんで田舎者なのかについて話してあげましょう」。と彼の腕をひっぱった。ウェイはタクシーを止め、ララをなだめてタクシーに乗せながら、言った。「いいよ。元ネタがあるならその話を聞かせてくれよ」。

 ララは芝居っけたっぷりに話し始めた。

「少し前まで、上海では地方出身者を十把一絡げに田舎者と呼んでいたの。上海以外の人はみんな田舎者。まあ無理ないかもね。だってパリのバスの車掌さんもパリ以外の全世界の人はみんな田舎者だって思ってるんだって。で、上海の話に戻るわね――上海の大金持ちはお手伝いさんも地元の人しか雇わないそうよ。ある日の明け方、呼び鈴を鳴らす人がいました。主人は誰かと尋ね、お手伝いさんが玄関まで見に行って戻ってきて言いました。二人の田舎者です。それで主人はまた言いました。どこから来たのか聞いてこい。お手伝いさんは二人の訪問者に『あんたたちどこから来たの?』、二人は答えました。『北京から参りました』。お手伝いさんは主人のもとへ走って行って言いました。『ご主人様、北京の田舎者が二人たずねて来ました』――」。

北京出身のウェイは話の意味を理解した。「やるなあ、ララ。僕へのあてこすり? それとも上海人への皮肉?」

ララは「田舎者はとっくの昔に中立的な言葉になってるわ。上海で言う『田舎者』は『地元以外の人』という意味でしかない。広州では広東人以外はみんな『北方人』と呼ぶのと同じ」とウェイをはぐらかした。。

ウェイが飲み干した赤ワインはララよりもやや多く、DYNASTY〔中国のブランド「王朝」ワイン〕の三分の二本は彼の胃に入っていた。血液循環がよくなると人は愉快になってくるものだ。食後にはララの間抜けな笑い話が心地よく感じられた。そして「へえ、笑い話の才能まであったのか。他にどんな笑い話がある? もう一つ話してくれよ」と言った。

 ララは調子に乗ってほらを吹いた。「もちろんよ。私には笑い話のネタが千一個あるんだから。でも一回に一つだけ。次は禿頭クラブの話をしてあげる」。ウェイは「いいね。それなら千一回、一緒に食事できる」と同意した。

ララは突然 「パラマウント、パラマウント!」と大きな声を出した。ウェイが彼女の指差すほう見ると、タクシーはちょうどパラマウントビルを通り過ぎたところだった。彼は「パラマウントがどうしたんだ?」と不思議に思ったが、ララは「映画に出てくるあのパラマウント?」と確かめた。「そうだよ、ダンスホールだ」とウェイが答えると、ララは興奮して言った。「すごい! 子供の頃に観た映画では、大富豪、スパイ、地下組織、みんなパラマウントに来てたのよ!」。ウェイは適当に話を合わせ、「行ってみたい?」と聞いてみた。「女性の歌手が『夜上海』をまだ歌っているかどうか見てみたい」とララははしゃいだ。ウェイは内心「それはないだろうな」と思いつつ「たいして面白いところじゃないよ。中年以上の人たちが来るところだ。誰かに聞いてみてまだ歌ってるようなら連れて行ってあげよう」と答えた。ララは興をそがれて「じゃあ、どこなら面白いの?」と聞いた。

「ここは社交ダンスを踊るところだよ、どこが面白いのかね。僕ならディスコのほうがいい」。

ララは「私はディスコダンスなんてできない。心臓が悪いから」と不満げだ。

 ウェイは笑った。「ディスコに行ったからって踊らなくてもいいんだ。今からいい所へ連れて行ってあげよう」。

 ララはウェイをひと睨みして彼に背を向けて窓の方を見て、彼に気づかれないように暗闇の中で「EQ低すぎ!」と小声でつぶやいた。

  ウェイはララをバーへ連れてきた、このバーは2フロアに分かれていて、各フロアの面積は二〇〇平米ほど、一階のフロアには大きなスクリーンがある。ちょうど英語の映画を放映していて、中央には長方形の特大のクーラーボックスを置いて、ブロックアイスの間には様々な銘柄のビールが差し込まれていた。ウェイはララを引っ張って行き、クーラーボックスを見せて説明した。「ここは二〇〇種類以上ものブランドのビールがあるんだ」。ララは氷の中から何本か引っ張り出してみたが、どれも見たことがなかった。風変わりなブランドばかりで、ラベルには世界各地の文字が印刷されている。彼女は少しも興味がわかず、引っぱり出したビールをもとの場所にもどした。

 ウェイはとなりで「見る目がないな」と言った。ララは見る目がないと言われ、かなり不愉快になったが我慢して取り合わなかった。ウェイはそれには気がつかず、ララに二階に行こうと熱心に誘った。二階は一階より静かで照明はほのかに暗い。オールディーズが流れ、客は優雅に酒を飲みながら談笑しており、中央にはそこそこの広さのダンスホールがあった。

ウェイは「ビールでも飲もう」と提案し、すぐに自分でビールのブランドを選んだ。ウェイターはララにも注文を聞いたが、ララはよくわからないので、ウェイがララにも自分と同じ銘柄を頼んだ。ララはウェイターに黒ビールにするか白ビールにするかをさらに尋ねられて驚いた、ビールといえば黄金色だ。白や黒の種類があるなんて全く知らなかったからだ。ウェイはまた提案した。「白にしておこう。黒は君が飲むには少しヘヴィかもしれないから」。

ララは自分が恥ずかった。稼ぎが少ないからビールの白黒も知らないんだ。彼女はビール瓶をひっつかんでウェイを殴りつけ記憶をなくさせれば、自分が白黒の区別もつかない人間だとバレなくて済むのにと思いながらも、顔には作り笑いを浮かべ、恨めしさと恥ずかしさからくる怒りを隠した。

お酒がくると、二人は一緒に飲みだした。一方が一杯飲めば一方も一杯、飲めば飲むほど愉快になっていき互いに互いの顔を見ながらげらげらと笑った。

 ウェイは「君はどうして僕をいつも批判するの?」と聞いた。ララは「批判なんて、いつしましたっけ?」と否定したが、ウェイは笑いながら「EQが低い、っていうのは褒め言葉かな」と言い返した。ララは目を泳がせて「そんなこと言ってませんよ」と言い逃れをした。ウェイはララの胸を指差した。「心の中でも?」。ララは言い張った。「私にはあなたに何か言う資格なんてありません。私のEQのほうがもっと低いし。あなたは本部長、私はヒラの課長に過ぎないんだから」。ウェイは彼女が社内の地位を持ち出したのを聞いて、言った。「そんなつまらないこと」。ララはかんしゃくを起こした。「つまらなくて結構。どうせ私はバカよ」。ウェイは慌てた。「わかったわかった。僕が間違っていた。リラックスしてもらいたくて連れてきたのに。こういう場所は嫌いかい? 君に気に入ってもらえると思ったんだが」。

「誰が嫌いだなんて。ここのダンスホールが好き。サックスの音色も大好き。悲しくて善良で、私と同じね。勇気もないくせに妄想だけはできるなんて典型的なクズなのよ」。

ウェイは訳が分からず尋ねた。「じゃ僕はなんだと言うんだ?」

ララはため息をついた。「私はあなたがなんなのか知っている。でもあなたには私が何なのかわからないでしょうね」。

ウェイは少々不愉快になったが、気に留めていないふりをした。「じゃ、君が何者なのか教えてよ」。

ララはそれには答えず、ダンスホールのほうへ体の向きをかえた。スピーカーからは「ムーンリバー」が流れている。

「踊る? 一曲つきあってくれる?」

ララは頷き、ウェイは彼女の手を取った。

ララはウェイの肩にもたれ、ふらふらとしつつも、言葉にできない心地よさを感じていた。ララは思った。ウェイのEQが低くなければ、もっと素敵だったはず。

 ビールの酔いにムーンリバーの甘いメロディーが加わり、ウェイの肩にもたれた心地よさから彼女はとうとう泣き出してしまった。重苦しく、落ち込み、ふさぎ込んでいた日々が止めようのない涙と鼻水となってウェイの上質な背広を濡らした。

ウェイはハンカチを取り出してララに渡し、彼女の肩に置いた手に少し力をこめて抱き寄せ、軽く揺らし続けた。彼女は彼の胸の中で声もなくすすり泣き、秋風に吹かれる木の葉のように小刻みに体を震わせていた。

ウェイはララを哀れに思ったが、彼女を十分に理解してはいなかった。ララが悲しんでいるのはわかる。きっと悲しむ理由があるのだろうとも思う。しかし、彼女がなぜこんなにも悲しまなければならないのか彼には理解できない。本当にEQが足りないのだろうか。この次は彼女の望みをきいてパラマウントに連れて行ってやろう。

音楽が次の曲に換わるとき、ララはこっそりとウェイの肩越しにフロアの向かいにある鏡を見て笑顔を作った。そしてその表情のまま何事もなかったかのように席に戻り、ウェイにもうホテルに戻らなければと言った。ウェイはもちろんララをホテルまで送っていくつもりだったが、意外なことに彼女はその申し出を断った。ララはきっぱり「大丈夫です。ご自宅とは正反対の方向ですし、お互いに疲れているし、送っていただかなくても結構、。私も酔ってもいませんから」。

ウェイはすこしためらったが、ララがタクシーに乗ると彼もすぐにあとから乗り込んだ。ララは驚いて「どういうこと? 一人で帰れるのに」と声をあげた。「運転手さんを待たせてはいけない。どこのホテル?」。ララはウェイを指して「あなたが勝手に送るんですからね、私は頼んでない!」と言い、ウェイはララをあやすように言った。「そうそう、僕が送りたいんだ。で、どこのホテル?」ララはホテルのカードキーをウェイに投げてよこした。「ここよ」。そう言うと首を垂れて眠ってしまった。ウェイは仕方なく彼女のルームキーを見て、運転手に指示を出した。「寿路と交洲路の交差点のホリデイ・イン ビスタに行ってください」。

 ホテルの近くまで来ると、ウェイは軽くララを揺り起こした。「おい、大丈夫? 飲みすぎた?」。ララはぼんやりした甘え声で「うん」と返事をした。ウェイがララに「入口までは支えてやるよ。ちゃんと歩ける? ロビーに入ったら自分で歩いてくれよ」と言うと、ララは意地をはって「何を言うの! ロビーについたら私はふつうに自分で歩く。私はみっともないことはしないの」と言い返した。ウェイは「そうか、自分で歩けるんだ、それならよかった」とからかった。ウェイは料金を払い、ふらふらのララを支えてタクシーを降りた。心の中では自力で歩けるものなら歩いてみろ、とつぶやいていた。

ロビーに足を踏み入れると、ララは意外にもしゃんとして自力で歩きだし、さらには威厳たっぷりにウェイを一瞥した、ウェイはこっそりいぶかしんだ。自分のEQが本当に低いのか、それともララの意志が特別に強いのか?

彼らはロビーを通り過ぎ、エレベーターの前まで来た、ララは淑女のようにウェイに別れを告げた。「ではお部屋に戻ります。送っていただきありがとうございました。」

 ララは手を振ってウェイをエレベーターの外に閉めだし、上の階へと行ってしまった。

 ウェイはしばらくポカンとしていたが、ロビーを出て数分後にララの部屋に電話をかけてみた。するとララは何事もなかったかのような口調と態度でしとやかに言った。「お部屋につきました。どうぞご心配なさらないで。おやすみなさい」。ウェイも「おやすみ」と答え、どうにも不思議な思いを抱えて帰宅した。

  翌日、ウェイは出勤したが、午前中いっぱいララの姿を見かけなかった。彼は気持ちを抑えイザベラに総務部へ探しに行かせることもしなかった。午後もかなり遅くなった頃、ようやくララを見かけた。ウェイがララに内線電話をかけようか迷っていると、「ポン」と音がメールの着信音が響いた。ララからだ。彼は急いでタイトルを見た。「sorry」。これは私用のメールに違いない。心の中の期待と好奇心からすぐにメールを開いたが、内容は彼を大いに失望させた。そこには何の感情もこもっていない文字が並んでいたのである。

「タイトルのとおり」。いかなる想像が入り込む隙もなかった。

 ウェイは失望し、怒りも感じた。彼はこのメールに返信をした。内容はたった一つの顔文字---- :-)

 君が簡潔なのを好むなら、僕だってそうするさ。当分の間はララを誘わないことに決めた。それでも彼女が何事もなかったかのように涼しい顔で「タイトルのとおり」などというメールを寄越すかどうか見てやろう。

  しかし、ララは「タイトルのとおり」と本文に書いたメールを送ってこないだけでなく上海オフィスにすら姿を見せなくなった。一週間ほど経ってから、ウェイが総務部に尋ねるとララは広州に帰ってしまったと告げられた。こうしてウェイは三か月あまりララと会えなくなったのであった。

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GO! ララ、GO! (14)

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十四 食事に誘った理由


 ウェイは窓ガラスの向こうの廊下をララが憂鬱そうに歩いているのを見かけた。急いで部屋を出て声をかけようと追いかけたが、彼女はすでに幹部オフィスのドアの前にいた。

 部長の間延びした声がかすかに聞こえる。「ああ、ララ。君の顔を見ると心苦しいよ。会社が君に苦労をかけてすまなかった」。

 ウェイは心の中で「このくそったれ!」と罵倒した。その男らしさに欠ける声は子供のころに聞いた「イタチの年始回り」〔ニワトリを狙うイタチが猫撫で声で新年の挨拶に来る寓話〕を思い出させた。

 ララはなんとか気持ちを奮い立たせ冗談めかして言った。

「からかわないでくださいよ。私を泣かせたいんですか。ここで泣いているときに社長が来たら、あなたに泣かされたって言いつけますよ」。

 そう言いつつも目のまわりが熱くなってくるのを止める術はなかった。

ウェイはその光景を見て急いで自分の部屋に戻り、少し考えてから補佐に電話をかけ、「イザベラ、ララを呼んでくれ」と指示した。

 部屋に入って来たララはドアを背にして立っている。ウェイは座るように促した。

「ララ、雲南のみやげにプーアル茶をもらったんだ。いい味だよ。飲んでみないか」。

「ありがとうございます」。

 ウェイはイザベラの手を借りず、自らララにプーアル茶を淹れた。

 ララは一口飲むと「美味しいですね」と言ってから、何か聞きたげにウェイの顔を見た。

「ララ、自分を見てみろ。まるで殺気だった猫みたいに肩をいからせてる。僕は猫と喧嘩しようとしている犬じゃないよ。そんなに警戒しないでくれ」。

「そんな。私はただお仕事の指示を待っているだけですよ」。

「上海オフィスのリフォームプロジェクトという大仕事を見事にやり遂げたね。ハワードにとっても大助かりだ」。ウェイはララを喜ばせたくて心のこもった賛辞を送った。

 だがララは沈んだ声で「これが私の仕事ですから」とだけ答えた。

ウェイは「どこが君の仕事なんだ。君は広州オフィスの総務課長なのに」と首を横に振った。

 ララは肩をすくめた。「もともと私の上司のローズ部長の仕事でしたが、彼女が切迫流産で入院してしまって、私が穴埋めするしかなかったんです」。

「ローズの仕事ではなく、君の上司のレスター本部長の仕事だ」。ウェイはララの職責に対する考え方を訂正した。

 ララは笑った。「あれはレスターにとって確かにかなりのimpact(衝撃)でしたよね」。

「impactというなら一番影響を受けたのはハワードだ。彼にとっては最重要事項だから」。

 ララは目を伏せて言った。「ええ、わかっています」。

ウェイは心配そうに尋ねた。「ララ、ジョージ・ゲイツCEOが中国に来たときにTown Hall Meeting(全社規模の対話集会)にどうして参加しなかったんだ?」。

 ララは疲れた様子で言った。「疲労困憊でした。その前日は徹夜だったから」。

 「CEOがオフィスに入って来てからずっと彼を見ていたね。感想は?」

 ララは少し興味をそそられたように、「わが社のCEOはビル・ゲイツによく似ていると思いません?」と尋ねた。

 「他には?」 

 ララはまた急に興味をなくして憂鬱そうに言った。「私とは関係ありませんよね。CEOはあまりに遠い存在で、たとえクリントンに似ていてもだから何なのって感じ」。

 ウェイは笑った。「そうだな。でもレスターは君の近くにいる」。

 ララはデスク見つめながら答えた。「それを言うなら、一番近いのはローズです」。

 ウェイは、「ハワードは本来なら君からかなり遠い存在のはずだが、そうでもないようだね」と探るように聞いた。

 ララは黙り込んだ。

ウェイは声を抑えて言った。「ララ、just between you and me(ここだけの話)、ジョージ(CEO)は今回上海に来て、中国経済の発展にかなり良い印象を持ったようだ。中国市場の先行きを好感するようになった。どういう意味かわかる?」

 ララは少し自信なさげに言った。「DBは中国への投資を増やし、会社が規模を拡大する、ということですか」。

 ウェイは声を低くした。「順調にいけばハワードは必ず出世する」。

 ララは笑った。「そんなこと、just between you and meの必要はないじゃないですか。掃除のおばさんだって知っていますよ」。

 ウェイは、ララがとぼけているのか、この話題を避けたいのか判断できずに言葉を濁した。「それもそうだな。まあ、面白くもない冗談を聞かされたことにしておいてくれ」。

 ララは少し焦れたように「何かご用があったのではありませんか」、と聞いた。

 ウェイは誠実な様子で「ララ、一緒に食事に行きたいんだ」と誘った。

「以前もごちそうしていただきました」。

 ウェイはララが自分に敬語を使っていることを気に留めないふりをして言った。

「前回は非礼を詫びるためだったが、今度は友人どうしとして気軽に話がしたい。君と僕の二人で」。

 ララは用心深そうにウェイを見た。彼女は本部長たちからの嫌がらせにうんざりしていた。彼らと接触すれば必ず不愉快な思いをさせられる。本部長がララの「友人」であるわけがない。

 ウェイは彼女がすぐに答えないのを見ると、おどけて言った。「今日は疲れておりませんから、お食事が済みましたらホテルまで必ず送り届けることをお約束いたしますよ」。

 ララは彼の言葉に笑った。「そこまでしていただかなくても。私はただ、いつもご馳走していだたくのは申し訳ないと思って」。

「そんなことはない。いわゆるTeam Building(組織作り)、部門間交流だと思ってくれればいい」。

 ララは笑みを浮かべて謝意を述べ、さらに尋ねた。「食事のほかにも、何かご用があったのでは?」

「ああ」。

 彼は手の中でペンをもてあそびながら、しばらく黙っていた。

ララは何かを感じて尋ねた。「私、何かまずいことでもしましたか?」 

「いや。君とデイジーがちょっと言い争っただろう?」

 ウェイが管轄する大口顧客部は、EC・SC・NC(東・南・北中国)の3地域を統括する。各地域に地域部長がおり、デイジーはEC地域部長の下でエリア部長を務めている。上海出身で三十歳前後、まるで天女のような美貌を持ったDB中国で有名な美女である。彼女の陶器のような滑らかな肌にはシミ一つなく、半透明の白い肌にほんのりと血色が透けて見える。ナチュラルウェーブの髪、猫のような吸い込まれそうな瞳の持ち主で、社員たちは西洋人とのハーフではないかと噂していた。

 デイジーはただ美しいだけではなく仕事もバリバリとこなすかなりの高給取りだ。こういう女性は男性に対する理想が高く、三十歳近くなると誰に嫁げばいいかさらに分からなくなり、迷いばかりが先に立った。幸い仕事は彼女を裏切ることはなく、EC地域部長やウェイは彼女を高く買っていた。ハワードも彼女を見かければ微笑んで「ハイ」と声をかける。彼女もキャリアウーマンの例に漏れず気が強かった。

 ジョージCEOが中国に到着する前日、DB中国ではちょうど上海オフィスの片づけを終え、総務部は会社上層部の承認したプランに基づき全ての座席を指定して、全社員をそれぞれ自分の持ち場につかせた。デイジーはオフィスの図面を見るやいなや激怒して、大声でわめきながら上海オフィス総務部長補佐のマギーのところに来て席を変更するように要求した。

 マギーは「この図面は前もって各部門に見せていますし、そちらのウェイ本部長も同意しています」と説明した。

 デイジーは横柄な態度で「ウェイは私に何も言ってない。私は同意したおぼえはないわ」と言い放った。

マギーにも火が着いた。「じゃあお宅の部門はいったい誰が決定権を持っているんですか!?」

 デイジーはもともと総務部など眼中にない。彼女にとっては総務部は営業部に絶対服従すべき部門だ。彼女は見下した口調で言った。

「あんなに忙しい本部長がいちいち図面なんか見ている暇はない。あなたたちが彼に適当なことを言ってサインさせたんでしょう」。

「サインしたということは、承諾したということです」。

デイジーはさらに無理を言った。「とにかく私は動かない。ララを呼んできて」。

 傍で聞いていた者が慌てて徹夜明けのララを呼びに行った。

 息を切らしながら駆けつけてきたララに、マギーは急いで手にした図面を指し示しながら状況を伝えた。「デイジーが指定されたcubicle(区画)は嫌だ、こっちのcubicleにしてくれって言うんです!」

 もうすぐCEOがやってくるというときになって、ララは目から火が出そうになりながらマギーから図面を奪い取り、徹夜明けのかすれ声で怒鳴った。

「私の指示はどうなってた? こんなことで時間を無駄にしないで。あなたは指揮命令系統のルールがわからないの? 急用があるなら本部長から私に連絡させて! でなければジョージが上海を離れてからにして!」

 ララは図面を引き裂いて床に投げつけ、身を翻して去って行った。

 デイジーは怒りのあまり地団駄を踏みながら「そういう態度なら、こっちにも考えがある!」と叫んだ。

 マギーは低い声でつぶやいた。「こっちだってみんな怒ってるわよ」。

 デイジーの上司のEC地域部長は、その日は出張で上海にいなかったが、誰かがすぐにウェイに報告しに走った。デイジーは大騒ぎしたが、結局は指定された位置に移動したので、ウェイは安心して今回の件は聞かなかったふりをした。

 その後、ララは機会を探して自分の態度をデイジーに謝罪した。デイジーはあれほどひどく怒鳴りつけられたことは初めてで、しかも同僚の目の前で引っ込みがつかなかったこともあり、ずっとわだかまりは消えていなかった。しかし下手に出ているララを責めることもできず、口先ではララの立場に理解を示したが、内心の怒りはおさまらず、機会があればウェイにララの文句を言った。

 ララはウェイの話を聞き、彼が和解させたいと思っていることが分かった。ララは慌ててデイジーにはすでに謝罪したことを伝え、さらにウェイに尋ねた。「別のcubicleにデイジーの席を移せるか調べてみましょうか。そうすれば、彼女に少しでも満足してもらえるかも」。

 「デイジーのところに行って本人に聞いてみればいい。女性どうしだからそのほうがメンツが立つ」。

 「わかりました。自分で聞きにいきます。原則さえ守れれば、移動できるものは移動しましょう」。 

ウェイはうなずいた。「じゃあそういうことで。仕事を終えたら電話するよ。だいたい7時頃かな。ホールの出入口で待ち合わせだ」。

 ララはドアのあたりでふと思い出したように言った。「私を食事に誘った理由はこれじゃありませんよね。この前のデイジーの件で私の態度が問題だったのなら、私がデイジーにご馳走すべきですから」。

 ウェイは前回の教訓を活かし、すぐに立場をはっきりさせた。

「疑うな。そんなつもりじゃないよ」。

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十三 報われない苦労
  ララはウェイと別れ、ホテルの部屋に戻って湯船につかった。わずかに緩んだ蛇口から、水滴が単調で心地よい音をたてながら三秒ごとにバスタブの水面にしたたり落ち、部屋の静けさをいっそう際立てていた。
温かい湯がララの均整の取れた身体を包み、下した髪はゆらゆらと湯の中に広がる。彼女はバスタブの縁に頭をあずけ、湯気で曇った鏡をまっすぐに見つめながら身動き一つせず深い物思いにふけった。私とウェイはどこが違うのだろう。彼はいつも溌溂として輝いているのに、こんなに頑張っている自分は見返りも得られずかえって憎まれ役にされている。幼い頃、先生は「労働が世界を創る」と教えてくれた。だから頭脳労働であれ肉体労働であれ、決して骨惜しみせず懸命に働いてきた。
 また、部下は上司に仕えて働き、上司の手を煩わせることなく、できる限り自分で種々の問題を処理すべきだと考えてきた。でなければ部下は上司にとって何の価値があるだろう。以上二点の原則にもとづき、ララはめったにレスターの手を煩わせず、多くの難題を黙々と処理してきた。
 もちろん彼女も「心を労する者は人を治め、力を労する者は人に治めらる」〔肉体労働者は頭脳労働者に治められる(労心者治人、労力者治於人)。出典は『孟子』〕という言葉を学んだことはある。だがこれまでは、自分がDBでよくささやかれるその手の「典型的な働きバチ」――安価な「労働者」――に属す人間だと考えたことはなかった。
 バスタブの湯が徐々にぬるくなり、ララの考えもほぼまとまった。

 自分はこれまでレスターと十分にコミュニケーションをとらず、問題が起きても黙々と処理してきた。そのため彼は、問題がどれだけ起こり、その解決にララがどれだけ働き、解決がどれほど難しかったかについて全く関知していなかった。だから彼にはこの職責を担当する者の重要性がわからない。ボスは自分を重要な存在であると思っていない、そう考えれば、自分は大事にしてもらえる訳がなく、悪くすれば叱責される可能性すらある。
 一方ウェイの業務範囲はセールスだ。セールス業務の大きな特徴の一つは達成目標を数値化しやすいということだ。月次販売額の増加と減少及び会社にもたらした利潤は一目瞭然である。彼は営業成績がよいから重要な存在だと認められる。EQが少しくらい低くても何も問題ない。
 ララはレスターに目をかけてもらえない理由を探り当て、怒りをおさえ気持ちを鎮めてレスターのもとで働くための原則をいくつか決めた。実行に移してみると案の定うまくいった。そしてララのブログには以下のような投稿が掲載された。
 仕事の苦労が報われないときはどうすればいい?
1. 任務の各段階における主な業務内容と処理手順を見やすいチャートにしてボスに送り、「反対意見があるなら〇月×日までにご連絡ください。ご意見がなければこの計画で進めます」と伝える。このプロセスははボスに自分の仕事量を把握してもらう狙いがある。期限を設けるのは強制的にチャートを確認させるため(ボスは忙しすぎてメールを送っても見て見ないふりをするか、開いてもみない可能性だってある)。簡潔な見やすいチャートにするのはボスに時間を取らせず素早く内容を把握させるため。
 2.私がこの部門を引き継いだばかりのころは、ボスの手をなるべく煩わせないという原則に従い、難題が起きてもなるべく彼に任せず、一人で飛び回って多くの困難をなんとか解決した。しかしその結果、ボスは私を軽視し仕事の難しさを全く理解しなかった。その後は戦略を変えて、問題に当面したときには自分で解決法を考えるだけでなく、まずはそのつど自分のソリューションを携えてボスとミーティングを持つようにした。ミーティングはボスが比較的冷静で苛立っていない時を選び、一対一で特定の問題についてだけ討論するように心がけた。まず問題のバックグラウンドを説明し、ボスが解答に困ることがあれば、自分から二つのプランを提示し各案の優劣を分析して聞かせる。そうすれば、容易にいずれかを選べる。このようにして、ボスは私の仕事の難しさと問題が起こった頻度、私の専門知識および積極的かつ自発的に問題を解決する態度と業務スキルについてほぼ理解することができた。
 3.大型プロジェクトが進行している最中には、各段階の重要ポイントで自発的にボスに情報を提供する。どんなに順調に進んでいる場合でも進捗状況を報告し、重要業務のbrief(概要)を説明した。最終結果が出たらすぐに知らせて安心させ、ボスから質問され前に結果を報告するようにした。こうして彼は私に安心して仕事を任せられ、同時に部下を管理しているという実感も得ることができる。
 4.他部門の本部長たち、またはpresident(社長)やVP(副社長)と一緒に仕事をしなければならないときは、特に明確で簡潔にそして自発的にコミュニケーションをとるよう心掛け、できるだけ周到に気配りをした。mailを送るにも話をするにも極めて慎重に言葉を選んで誤解を招かないようにし、本部長たちの恨みを買うような状況は基本的になくなった。こうして私はボスにとって足を引っ張るような問題を起こさない信頼できる部下となることができた。
 ララがblogに投稿したように、やり方を改めてからしばらく経つと、ララとレスターの間には信頼関係が確立し始め、レスターはどんなことでもララに相談するようになった。
 ララは自己研鑽を通じて飛躍的に成長し、以前はぼんやりとしていたキャリアアップについての意識も明確になってきた。彼女は自分の力量を認識し、このプロジェクトの成功は卓越した業績であると確信した。――しかもこのプロジェクトにもし自分が参加しなかったらレスターだけではどうしようもなかった。誰がいなくなっても地球は回り続ける、というのは常に正しいとは限らない。
 自分の価値を理解したことで、ララはレスターが自分にあまりにも薄情だということがわかった。まだ駆け引きには慣れていないが、レスターというこの無理解なボスの下で働くなら自分の利益は自分で守るしかない。口に出しにくくても何も言わなければ、むざむざ搾取されるだけだ。

 彼女は思い切ってレスターに直談判することにした。頬を紅潮させ、「リフォーム・プロジェクトはなんとか順調に完了しました。それから、この半年は総務部全体の部長代理としてすべてを正常に運営してきました。この業務成績は、私が総務部長のポストに就く能力があることを証明できるはずです。私に昇進のチャンスがあるかお聞かせください」と言った。
 レスターはおとなしいララが直に駆け引きをするとは予想もしていなかった。彼は背中がもぞもぞし、姿勢を正した。彼は回答を避けようとした。この件に関する考えが決まっていなかったのだ。彼にとっては、ララが昇進を求めず現状のまま総務を取り仕切ってくれるのが最も好ましい。ララが口を開いたことに彼は困惑し、本能的にとりあえずはララの要求を却下しようと決めた。
 レスターはララが広州を離れたくないことを知っていた。ララにはいささか申し訳ないと思いつつもこれを口実にした。
「君のlocation(所属)は広州だが総務部長のポストは上海に設けられているからどうしようもない。わかっていると思うが、会社は原則としてポストに人を配属するのであって、人のためにポストを設置するのではない。君が広州にいるからといって、会社はこのポストを広州に設けることはできない。分かってくれるね」。
 このもっともな理由にララは何も反論できなかったが、胸の内は「私をプロジェクトのために上海へ出向させたとき、私のlocationは広州で上海ではないことをどうして考慮してくれなかったのか」という怒りでいっぱいだった。
 ララは少し間をおいてから言った。
「レスター、私はいつでも出張します。上海に毎月少なくとも一週間は滞在できます。今までのこの半年間、私はずっと行ったり来たりしながら、全国総務部のルーティーン業務を滞りなくまわし、それと並行してプロジェクトも順調に進めてきました。しかも、私の部下はローズがいたころより二人も少なくなっていたんです。私は代理としてローズの職責を引き継ぎましたが、広州オフィスでは私の職責を代ってくれる人はいなかったし、北京のチャンが退職してからは補充要員もありませんでしたから、それも私が半年も掛け持ちすることになりました。この状況はボスもご存知ですよね。私は一人で課長二人と部長一人分の仕事をしていました」。
 レスターはララがここまで単刀直入に要求してくるとは考えていなかった。少し考え込んでから「そうだ、君はよくやった。しかし、ポストのある所に配属するのが原則だ。原則は必ず守らなければ」と言った。
 ララは声を詰まらせて問い返した。「それなら、会社に貢献した優秀な社員たちの利益は原則に照らして守ることはないんですか。会社は彼らが昇進する余地を考慮しないのですか」。
 レスターは両手を広げた。「中には手を打ちようがないこともある。明らかに不合理だと分かっていても、よりよい解決方法がないからこそ、時には優秀な社員が流失してしまう原因ともなる。残念だが仕方がないことだ」。
 ララは数日前に廊下でピーターに言われたことを思い出した。「ララ、大したものだよ。アジア太平洋エリアでは、君がこのプロジェクトを成功させ、しかも経費も節約したと皆が感心している。ハワードは君の仕事に大満足だ。レスターから社長賞を申請するよう頼んでハワードの承認をもらうといいよ」。
 いいわ、部長にしないというならヨーロッパ旅行に行かせてもらう。ローズが前に社長賞を取ったときの賞金は二〇〇〇ドルだった。私はもっともらえるはず、とララは考えて、つばを飲み込み「プロジェクトの成功に対して相応のボーナスがあるのでは?」と尋ねた。
「ハワードは金の話は一番嫌いだ。金の話をするのはまずい、仕事は金のためにするのではない」。
 ララはそれには答えず、あくまで主張し続けた。「ローズが前に社長賞をもらうことができたんですから、私たちは当然もらえますよね」。だが、レスターはどうやらララには何のインセンティブも与えないつもりらしい。
 ララが口にした「私たち」は実は「私」を意味していた。彼女はレスターと一緒に仕事をしているうちに知らぬ間にレスターの影響を受け、自分のために金銭を要求するときにも「私たち」という言葉を使うようになった。
 レスターはあくまでもララを世間知らず扱いし、「仕事量が膨大なプロジェクトだったからチームは表彰されるべきだね。君は特に頑張った。私は君のためにクリスタルのトロフィーを制作するよう会社に提案しようと思っていたところだ。大きくなくちゃね、小さいのはだめだ。ピーターが費用について文句を言うかもしれない。もし彼が反対すれば、私が自腹を切ってでもクリスタルトロフィーを作ろう」と言いくるめようとした。
 だがララはきっぱりと「ピーターが自分で私に言ったんです。ボスに社長賞を申請してもらえって。反対するはずがありません」と言った。
 レスターはしらばっくれて驚いたふりをした。「彼は私に申請しろとは言ってないよ」。
 ララは黙らなかった。「通常の手続きでは、昇進または特別奨励金を出す際には当該社員の所属する部門がボトムアップで申請がなされるのではないですか」。
 話がここまで来ると、レスターも「社長賞の申請に関連するポリシーは後で調べておこう」と返事をしないわけにいかなくなった。。
 窓の外に一枚のプラタナスの葉がゆっくりと舞い落ちていった。二人は心の内を隠したままひらひらと落ちる葉を眺めて押し黙っていた。
 ララは心が晴れず、レスターも気まずい思いでララは今や完全なheadache(頭痛のたね)になったと考えていた。
 ララは自分自身に言い聞かせた。「自分が自分のために頑張らなければ。誰かに守ってもらおうなんて期待できない」。
 彼女は気持ちを落ち着かせて、また口を開いた。「ボス、私の給料についても考えてくれませんか?」
 レスターは事もなげに図々しく言った。「君の給料は高くはないが低くもない、中の上レベルだ。今年は既に特別許可で5パーセント昇給した。これ以上はハワードとピーターがいい顔をしない。年度末になったら私もできる限り昇給するよう計らう」。
 ララは心の中で叫んだ。「うそつき! 六八〇〇元がDBの管理職の中の上レベルだって? 少なくともあと一〇〇〇元アップできるはず!」。
 言うべきことはほぼ言い終わった。これ以上ボスを追い詰めても、この場でいい結果を引き出すことはできない。ここでレスターを怒らせれば、これから先、交渉の余地がなくなってしまうだろう。

 ララは腹立ちを抑え、立ち上がってできるだけ穏やかに言った。
「ありがとうございました。私のレベルでは理解しきれないことも多くてボスに教えていただこうと思っただけです。お手間をとらせてすみませんでした」。
 レスターも冷や汗が出てきて、思わずネクタイを緩めながら、ばつが悪そうに「かまわないよ」と口の中でボソッと呟いた。

 ララはオフィスビルを飛び出し、人がいない空き地を見つけて声のかぎりに叫んだ。
「この恩知らず!」

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GO! ララ、GO! (12)

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十二 かみ合わない会話 

ウェイは最後のmailを送り、ノートPCを閉じて時計を見るともう夜の8時半だった。首を左右に曲げてこわばった首筋をほぐし、廊下に出て見渡すと人気のないオフィスでララがまだ仕事に没頭していた。 

 この前の引っ越し騒ぎ以来、彼はララを気にとめて観察するようになり、ララが確かに大変な仕事をしていることを認めざるを得なかった。彼女は一人でたくさんのことを処理せねばならないのだ。

 ウェイは少しばかり申し訳なく思い、いつか機会を作って借りを返したいと思っていた。

彼は次の瞬間に心を決めてララのほうに近づいて行った。すると話しかける前にララが頭をあげて静かに彼を見た。

「夕飯は?」と尋ねると、ララはNOと言って口角を引いて少し微笑んだ。ウェイが勢いこんで「おごるよ」と言うと、ララは「ありがとうございます。でもまだ仕事があるので」と首を振った。ウェイは彼女がこんなふうに断るとは思いもよらなかった。ふだん社内で「おごるよ」と声をかければ、皆ためらうことなくついてきたからだ。彼はやや面食らったが、ごく穏やかな調子で「仕事にはきりがないけど、食事はしないと」と言った。

 ララは「ありがとうございます。でも本当に急ぎの仕事があって」と丁重に断った。ウェイは思いきってララのそばに腰かけ、「でも夕飯は、いつかは食べるんだろう?」と聞いた。

 「もちろん。夕飯抜きじゃ倒れてしまいますよ」とララは笑った。

 「その急ぎの仕事が終わるまで待つよ。実はまだ書かないといけないmailがあるんだ。別に無駄に待つわけじゃない。君がこの前のことを恨んでなければだけど」。
 もともとはちょっとした埋め合わせをしようと思っただけだった。しかし彼はララに断られたことで急に自分の内心を意識せざるをえなくなった。ララを誘ったのは、潜在的なもう一つの重要な理由――ララと夕食を共にしたいという本心からの願い――があったのだ。彼は気を遣いつつも、彼女が断り切れないような言い方を選んだ。

 ウェイにこう言われてしまうと、ララはこう返すしかなかった。「恨んでなんかいませんけど、あと三十分はお待たせしてしまいます。お腹がすいてしまわれたら申し訳ありませんので」。

 ウェイは椅子を近づけ、「就業時間も過ぎたのに敬語で話すなんて、本当は許す気なんかないんだろ?」と言った。

ララはその言葉を聞いて笑顔を作り、「あなたが許してくれさえすれば、気が楽になるわ」と答えた。

ウェイは「じゃあそういうことで。仕事をさっさとすませてくれよ」と手を振った。

 彼は立ち上がり、数歩行ったところで振り返り、「急がなくていいよ。こっちも仕事が多いから。終わったら声をかけてくれ」と言った。

 ウェイが本部長の肩書をはずして自分から友好的な態度を示したことで、ずっともやもやしていたララの心に一筋の光が差し込み、少し気が軽くなったような気がした。

 ララは目の前の仕事を急いで終わらせ、ウェイの内線に電話しようとして顔を上げると、彼はちょうど自分の部屋の大きなガラス窓からこちらを見ていた。彼はララが頭を上げたのを見て尋ねるようなジェスチャーをし、ララが手振りでOKの合図をしたのを確認してうなずいた。

 「正面玄関で待っていて。車を出してくる」と言い置いて駐車場に向かった。黒のアウディA6が目の前に停まり、ララは後部ドアを開こうとした。彼は「前にすわりなよ。上海を案内してあげるから」と誘ったが、ララは「上海は、私よく来ますから」とためらった。 それでもウェイは「いつも業務出張じゃないか。街を歩いたことなんかないだろう?」とねばった。ララは笑って彼の言うとおり助手席に座った。ウェイはネクタイをゆるめ、ララに顔を寄せ「何が食べたい?」と聞いた。ララは適当に「なんでも」と答えた。

 「なんでも、はダメだ。具体的に言ってもらわないと」
「こっちでは仕事ばかりで、どのお店がおいしいか知らないんです」と、ララは正直に白状した。
「じゃあ、候補を三つあげるから選んでよ。『海の幸』は和食が食べ放題、上海料理の『梅龍鎮』、東北料理の『東北人』」
「疲れているから東北人は賑やかすぎるかも」。
 「よし、『海の幸』にしよう」。ウェイはララの代わりに決めてしまった。だがララにも目当てがあったので「私は上海料理がいいです。お餅の炒め物〔韓国料理のトッポッキのような辛みをきかせた餅炒め〕が好きなんです」と言ってみた。しかしウェイは「上海料理にはたいしてうまいものがないよ。新楽路の『海の幸』に行こう。あそこはいい酒があるし」と反対した。ララは可笑しくなり、声には出さずウェイに言い返した。「さっき私に三つの選択肢を与えて選ばせたのに、私が選んだら文句をつけてくるなんて、それならどうして選択肢に入れたのよ?」。
 ウェイは「ついたら分かるよ、きっと気に入ると思う」と説得した。

 「海の幸」は綺麗な店で、ララは特にサーモンの刺身と日本酒が気に入った。だが残念なことに、二人は話があまり合わなかった。
 ウェイは日本酒を一杯空け、リラックスして体を伸ばして話し始めた。

 「最近はわがままな女の子が多いよね。前にある女性を食事に誘ったんだけど、食事中は機嫌がよかったのに、帰る段になって彼女の家の場所を聞いたら、あいにく僕の自宅と正反対の方向だったんだ。車で送ってからまた自宅に帰ると上海を半周しないといけない。その日はすごく疲れていて、そんなに長時間運転するのは勘弁してほしかった。それに、その店はタクシーを呼びやすい場所だったから、タクシーで帰ってくれないかと頼んだ。そうしたらひどく不機嫌になって、タクシーのドアをバンと強くしめて帰って行った。品のある女性で、いい感じだなと思っていたんだけど。そのときは全く訳が分からなかった。それっきりでその後は何もなしだよ」。
 「彼女が怒った訳が分からないって言ってるの?」。
 「そりゃそうだよ。その日は疲れていたし、そんな遠くまで運転したくなかったんだ」。
 「そんなに疲れていたなら、どうしてわざわざその日を選んで食事したの? それじゃ二人の期待値がずれちゃうに決まってる」。
 「前もって約束してたんだ。その日に疲れるかどうかなんて予想できないだろ」、とウェイは言い訳をした。

それは理由にならない、とララは思った。そして「それなら、今日は疲れているからタクシーで帰ってほしいとちゃんと言えばよかったのに」と言い返した。

「紳士的に話をして、タクシーを呼んでやって、彼女が乗るのを確認してから帰ったのに、それでもだめだって言うのか?」。ウェイは不服そうだった。
ララは「私、やっぱりその人が怒ったのも理解できる。さっき期待値って言ったでしょ。私だったら、どうして一人でタクシーに乗って帰らなければならないかを彼女にちゃんと説明すると思う」。
ウェイは納得できないように頭を振って言った。「期待値とは関係なく、誰もがプレッシャーを感じてる。もし酒を飲んでいても車で送ってほしい?」
ララはつい気を回してすぐに打ち消した。「あ、私は送ってもらわなくていい。ここならタクシーも呼びやすいし」。ウェイは「君のことを言ってるんじゃない」と言ったが、ララは不快な気持ちを抑えつつ「私がそうしたいの」と言い返した。ウェイはララが不快に思っていることに気付かず、「お、聞いたぞ。後で家に送ってくれなんて言うなよ」と適当にあしらった。ララはこれを聞いてさらに不愉快になり、「あとであなたに送らせたら、私は大馬鹿者よ」と言い返した。ウェイは「ようし、覚えていろよ」と笑った。 ララは「この人、EQは大したことないわね。こんなレベルでも本部長になれたのに、私は本当に不遇だわ」と思った。

ララは、ウェイと話が合わないうえに自分の人生の不遇を感じてしまったからには、美味しい料理を味わうことに集中して失意を癒すしかないと決意した。
 ララはあまりウェイを気にしないようにしようと心を決め、彼が何か言っても適当に相槌を打ち続けた。ウェイは面白くなくなり、「ご馳走したあげく嫌われるって、どういうことなんだ」とララに詰問したい気持ちだった。二人が食事を終えてレストランを出ると、ララはすぐにタクシーをつかまえて乗り込んだ。そして礼儀正しく「ごちそうさまでした。今日はとても楽しかったです。気を付けてお帰りなってね。ではまた明日お会いしましょう」とあいさつした。ウェイには返すべき言葉もない。ララは礼儀正しく、ウェイに車で送らせることもせず、文句をつけようがなかった。ウェイは車を運転して帰る途中に、考えてみると不思議なことだと思った。ララは賢いし仕事にもあれほど打ち込んでいる。どうして中途半端な課長の地位にとどまっているのだろう、それも将来性のない総務の課長に。

 思い返してみれば、彼女はやや言葉がきついところはあるが、なかなか面白い。上海女性とは全く違うし、北京女性とも違う。またいつか彼女を誘ってどんなタイプの女なのか確かめてやろう。

 

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GO! ララ、GO! (11)

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十一 上司もいろいろ

 ララは、部下は上司のために責任を分担すべきだとずっと思いこんでいたので、常にレスターに極力迷惑をかけないよう心掛けていた。

 本当に困ってレスターに相談に行っても、決まって自分を鍛えるチャンスを逃すなと言われるだけで、実質的なサポート――彼女をかばって部門長に立ち向かったりリソースを確保するために他部門と談判したりといったアクションをとること――はめったにない。ララは徐々に仕事のルールを理解していった。困りごとは自ら解決するしかないのだ。こうしてレスターを頼ることも少なくなっていった。

 しかし、彼にはララも認めざるを得ない長所がひとつある。レスターはサポートこそしないが、部下に「全権委任」する器の大きさがあった。以前、ローズが彼女の上司であったころは些細な事柄も全て報告し指示を仰がないと動けなかった。何をやるにしても手枷足枷をはめられている気分になり、ララは常に憂鬱だった。しかしレスターは大筋の話を通しておけば部下に任せきりにしてくれる。ララは主体性を十分に発揮して伸び伸びと働くことができた。

 レスターには他にも良い点がある。穏やかに接してくれるところだ。ヘマをしたときには、起きてしまった問題について質問を投げかけ、彼女自身がミスの原因に気付たところで話を終えてそれ以上は追及しない。あるとき、ララが会社の通用門の出入りを制限するよう指示を出すのを忘れ、レスターがそれに気づいたことがあった。彼はララに「通用門から出入りできるのはどういう人だったかな?」と尋ね、メンテナンス業者は通用門を使えないことをララに思い出させた。

 レスターのこういった穏やかさはララの気持ちをすっかり楽にさせた。ローズの支配下にいる時、何が原因で叱責されるかわからず電話を取るたびに緊張したこととは比べ物にならない。

 レスターが指導する機会は少なく教育に熱心でもなかったが、ララが専門的な知識について教えを乞いに行けば、レスターは我慢強く理解するまで説明した。また、ララが希望したときには、仕事の必要性と会社のポリシーに合致しさえすれば、各種の研修に参加することを快く許可する。この点においてローズとは明らかに器が違うとララは認めていた。ローズはスキルアップに繋がることは常にララにはなるべく教えないようにしていたのだ。

 レスターは寛容で達観しており、部下が自由に意見を述べることを許し、部下の意見を尊重することにやぶさかでない。部下のミスを許し、間違いは成長するために必要なプロセスだと考えている。ララは仕事には真剣に取り組むが、度量が狭く自分に対しても他人に対してもミスを許せないところがあった。これでは自分も相手も息苦しく、人間関係がぎくしゃくしてしまいがちだ。レスターの話し方や振る舞いはララにとって大きな学びとなった。

 ララが難題にぶつかってレスターに相談したとき、彼は特に気にする風もなくララにアドバイスした。「この件はハワードのサポートがあれば非常にやりやすくなる。彼が戻ってきたら話してみたらいい」。

 だが、ララは直感的にハワードと頻繁に接触するのは避けたいと思っていた。社内での地位に天と地ほどの差があるし、中国人のララは「君子に仕えるのは虎に仕えるがごとし」という格言を知っている。ハワードは今のところはララをかなり気に入っているようだが、いつかハワードの考え方に逆らうことを口走って機嫌を損ねないとも限らない。

 ハワードはララと話すときは常に考え方の筋道に沿って掘り下げ、明快でわかりやすい説明をして、彼女にしっかり理解させるようにした。一方、ララもハワードに相談に行くときには必ず準備を怠らなかった。ハワードにどれくらい時間をとってもらうか、話のポイントは何か、多忙な社長に分かりやすく手短に話すこと、社長が質問しそうなことを予測しておくこと、などである。

 ララはこの周到さでしばらく経つうちに社長の質問について大体の規則性をつかむことができた。例えば彼にやりたい事があると持ちかけるとする。返ってくる質問は決まっている。予算(金)はあるか、そのプロジェクトに支出する際の社内規定と手順はどうなっているか(ポリシーに合っているか)、それを実施するメリット(しなくてはならない理由)はあるか、それをしないデメリット(実施しない選択肢)はあるか。

これらの質問に答えているうちにハワードが賛成か反対かが自ずと判断できる。また例えば、彼に金銭や人員を要求すれば、彼は「君に資金やスタッフを与えたらどんなアウトプットがあるのか」と尋ねるだろう。

 input-output ratio(投入産出比率)が高ければ、彼はもちろん予算を出す。つまり、彼に何かを要求したければ、まず何と引き換えに資源を得られるかをあらかじめ考えておかなければならない。outputに自信がないなら、資源を要求するのはさっさと諦めることだ。

 ハワードはあるときララに、こうして話をするのはいわゆる「頭越し」だと言った。ララは急いでレスターにハワードと直接話をするよう薦められたのだと説明した。ハワードは愉快そうに笑いながら言った。

 「いいさ、レスターが気にしないなら、私も気にしない。だが、全ての上司が部下が自分の頭越しに上の者と接触するのを気にしないわけではないよ。ほとんどの上司は嫌がるだろう。どうやら君の上司は心が広いようだね。しかしレスターに私を訪ねろと言われて困る部下も当然いるだろう」。

 ララはハワードがどうしてこんなことを言いだしたのか分からなかったが、レスターを褒めているわけでもないようだ。批判しているのだろうか。ララは正面から返答することもできず、ただ、勝手に頭越しに話してはならないことは承知していますとだけ言った。

  ララはプロジェクト期間中、ひとまず中国各オフィス全体の総務を代行することになった。上海オフィス総務部の女子社員三名はみな非常に聡明で素直であったが、そのうちの一人は口先だけは蜜のように甘く、仕事では手を抜くことばかり考えている。

 ララには女子社員のやり方がお見通しだった。だが、威厳には権限の裏付けが必要なのはどうしようもない。彼女たちの正式な上司ではなく、鷹だか臨時の代理に過ぎない自分が、どの面を下げて厳しい表情で叱責などできるだろうか。あまり追い詰めると彼女たちは病欠届を提出する。

 ララは、まずは最重要業務であるリフォームにリソースを集中することにするしかなかった。その他の日常業務がおろそかになっても見て見ぬふりをしなくてはならない。やがて社員たちの上海総務部に対する不満が高まっていった。

その日の朝早く、出社したばかりのレスターの元へ送付物の集配について苦情を言いに来た者がおり、レスターは部下にララを呼ぶように言った。ララは前日の明け方3時まで残業したので少し遅れて出社し、レスターのオフィスに駆けつけた。レスターの渋い顔を見て、ララは急いで残業の件を説明した。

 レスターはしきりに頷きながらララの言い訳を聞き、送付物の集配について苦情があったことを伝えた。ララの返事を待って、レスターはさらに言った。
 「リフォームに忙しいだろうが、総務の日常業務もしっかりやってくれ。でなければ心得違いの社員が多忙を口実に自分の本業をおろそかにしかねない。社員の中には自分はしょっちゅう残業していると言う者がいるが、実際は退勤時間後にオフィスに残って仕事をしているのか私用をしているのかは誰にもわからない。残業時間中に私用電話をしたりオンラインゲームをしたりしているのを見かけたことが私も何度もある」。

 昨晩の残業のせいで出社が遅くなったと言ったばかりなのに、レスターが他の社員が残業だと嘘をついて実は私用をしていたという話を持ち出したので、ララは遠回しに釘を刺されたように感じた。ひたすら頷きながら拝聴して部屋を出たが、心が大きな石でふさがれたかのように重く、極めて後味が悪かった。自分が気を回しすぎているのかもしれないとも思ったが、考えれば考えるほど真意をつかみかねた。とにかく総務部の若い女子社員をしっかり管理することが肝心だ。第一期工事は順調に進み、完了の日も近い。ララは日夜ばたばたと忙しく働き、第一期工事が終わりしだいすぐに第二期工事を開始するため、すべての社員をリフォームが完了した側に移す準備を進めた。

一回目の引っ越しで業務量が膨大であることを経験していたので、ララは二度目の引越しのためにヘレンをしばらく上海に呼びたいとレスターに申し出た。準備作業の手伝いと第二期工事期間中に自分を補佐してもらうためである。 この提案は思いがけずレスターに即刻却下された。
 「引越し業者に任せなさい。総務部が動く必要はない。リフォームはリフォーム業者がやることで総務部が自分でリフォームするわけではないだろう」。
 ララはレスターのきわめて厳しい口調に気おされ、それ以上言い募ることはできなかった。

 夜、ホテルに帰ると疲れてくたくただった。昼間のレスターの態度を思い出すとララは気が滅入った。過労死しそうなほど働いて疲れきっているというのに、褒められるどころか叱責まで受けたのだ。ララは自分を哀れな苛められっ子のように感じた。

 ハワードは中国各地を市場調査にまわっていて上海にはいない。彼がいたとしてもこの件について相談することはできない。結局、自分の上司はレスター本部長なのだ。彼の機嫌を損ねたらこの会社でやっていけなくなる。

 ララはここ数か月の自分の言動を思い返してみた。全力で仕事に取組み、困難にぶつかった時もできる限り自力で切り抜け、レスターに気をもませることはほとんどなかった。プロジェクトは非常に順調に進んでいるのに、レスターは私に対してまだ何か不満があるのだろうか?

 彼のここ数日の私に対する態度は明らかによそよそしい。いったい何が原因なのだろうか。私がハワードの部屋を訪ねるのは、常に比較的大きな難題に直面して社長の指示が必要なときに限られているし、いつも事前にレスターに報告してからだ。レスターは自分で決断を下したがらないし、ハワード話すことを避けようとする。だからこそ私に直接ハワードに相談させている。どうも原因はここにはなさそうだ。

 「今、レスターにとって私の役割はとても重要なはず。もし私がやめたら困るのは彼でしょう。プロジェクトがいちばん肝心なところに来ているこの時期に、私を味方につけようとせず、逆にあんな態度をとったのは何故かしら」。

 ただひたすら働くしか能がないララにはいくら考えてもわからなかった。ララはここしばらく激務のために夜十時を過ぎてようやく夕食をとれる状態が続いていた。

 部下は骨惜しみし、上司には感謝されず、ララは上と下に挟まれ、左右前後は終日サプライヤー各社に囲まれていた。様々な問題が山積して解決を待っており、指示を仰ぐ声が常に耳に届いて心が静まる瞬間もない。忍耐と辛抱の日々が続き、ララは苦しさと鬱屈を抱えていた。

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GO! ララ、GO! (10)

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十 ボスは誰かを忘れるな

 

 DB中国社長のハワードはハードワーカーで夜九時前に退社することはめったにない。彼はオフィスを出る前に決まってどの部門のどの社員が残っているのかを一通り見まわして確認するのだが、ララが毎日残業しているのに気が付いた。ララが賃貸借契約を迅速に更新したことでハワードはララに好印象を持ったし、彼女がプロジェクト計画のプレゼンをした際にもその仕事への熱意と専門知識が彼の興味を引いた。 

 ある日の夜、彼が帰ろうとしたときにララがまた残業しているのが遠くのほうに見えた。大股で近寄っていくと、ララはデスクの上にオフィスの平面図と機械電気図を広げ、縮尺定規を手にわき目もふらず手を動かしている最中だった。ハワードがやってきたことにも気づかない。


 そっと声をかけるとララはボスが目の前に立っていることに気づき、急いで立ちあがった。ハワードが微笑んで自分のオフィスで少し話をしようと言うと、ララは驚きつつも喜んで大柄なハワードに従って社長室に入った。 

 ハワードから何か困ったことがあるかと聞かれたララは、社長に声をかけられた機会を利用して費用に悩んでいることを打ち明け、さらに部長の部屋を減らしたいと提案した。ハワードは、レスターにそのアイデアを話したのかと聞いた。ララは、話したけれどレスターの意見ではこのプランは中堅管理職と部課長級管理職に少なからぬ影響を与えるからもっと適切な別の方法を探すよう希望していると答えた。ハワードは微笑んだ。「他にはいい方法が見つからないんだろう?」

ララは正直に言った。「実はそうなんです。いま取引のあるサプライヤー数社はどこも一流の設計会社で、専門性もあるし経験も豊富です。彼らと繰り返し討論しましたが、よりふさわしい方法はないようなんです」。


 ハワードはレスターが管理職の機嫌を損ねるのを恐れて決断を下せないでいるのだろうとふんで、瞬時に考えを巡らせてララに告げた。「明日、私がまずレスターとピーターに根回ししておこう。その後すぐに幹部定例会議で各部門のトップに君の提案を検討させる」。

 ララが社長室のドアを出るとき、ハワードは力強く彼女の手を握って言った。「ララ、私にできることがあれば知らせなさい」。ララは心が暖かくなるのを感じた。


 ハワード社長とピーター財務担当VPの支持を得て、ララの提案は会社幹部に受け入れられた。レスターはハワードがララに好感を持っているのを見て、それも悪くないと思った。もし再び難題にぶつかったら、いっそのことララにハワードと直接話をさせよう。そうすれば我が部門がリソースの配分を受けやすくもなるだろうし、自分もハワードに難題をふっかけられず、良い部下を育てたという評判を得ることができるかもしれない。


 レスターの総務部長募集は難航していたが、ララが担当しているプロジェクトはすこぶる順調に進行していた。ララはレスターとコミュニケーションをとる機会は多くなかったが、よく上司の命令に従い、仕事への熱意と頑張りは誰から見ても明らかだった。レスターが任せた仕事はすぐに実行し良い結果を出す。ララの仕事ぶりは非の打ちどころがなかった。


 レスターは、ハワードがララのデスクに来て親しげに話しているのを何度か見かけた、という噂を耳にした。より重要なポストに就いている部長に対してはそんな態度を見たことがないにもかかわらずだ。レスター自身がハワードとリフォームプロジェクトについて話し合った時にハワードが何度かララに言及したことも噂の信憑性を裏付けていた。


  レスターは、ローズが復職したときに部長が二人になるのは困るとも考えていた。この厄介事はやはり彼自身で片付けておかなければならない。彼は決意を固めてハワードに言った。「求人は難航していますが、ララがプロジェクトをうまく進めてくれているので彼女に最後まで任せではどうかと思います」。

ハワードは大賛成で、にこやかな表情でそれがいいと繰り返した。レスターから言いだすのを待っていたかのようだった。 レスターは内心で「この提案はボスの希望にぴったり合致した。ララを使いたかったようだ。成功すれば万々歳、失敗しても私のせいじゃない」とつぶやいた。


 ララはハワードの支持を得たが、やはり苦労は絶えなかった。たとえば、自分の部屋がなくなった部長の中にはララを好ましく思わない者もいたし、中には機会をみてはデスクを叩きながら、こんなことをして何様のつもりだとララを脅す粗野な振る舞いをする者までいた。ララは震えあがりながらもそんなつもりはないと言うほかなかった。


 DB中国には本部長クラス以上の役職者が二十名あまりいるが、みな扱いにくい人ばかりだ。レスターはララに各部門との関係を悪化させないよう何度も念を押した。ララは細心の注意を払う必要があった。


 改装は二期に分けて施工される計画である。オフィス全体を二つに分け、第一期工事開始前に全ての人員が一方に集まって窮屈な状態で勤務を続け、もう一方で施工する。 ララは事前に各部門と話し合って移動日とルールを決めたが、移動日当日になっても二つの部門が居座っていた。


 その日レスターはあいにく外出していた。ララは焦燥感にかられて電話をかけ指示を仰いだが、レスターは落ち着きはらって「ララ、これは君のコミュニケーション力とコーディネート力を鍛えるいい機会だよ。各部門とうまく協調する方法を考えなさい。移動は決められた期日通りに完了し、部門間の関係も損なわないように」と答えた。


 これでは何も言わなかったのに等しい。ララは自力で何とかするしかなくなった。ハワードがやって来て現場を一回り見渡し、居座り組の部門長二人に電話をした。ほどなくして、二人の本部長が息を切らして現場に転がり込んできた。その一人がララを捕まえて言った。

 「ララ、困っているなら直接言えばいいじゃないか。ハワードに電話なんかさせて」。

 ララはあまりの忙しさに頭が回らず、訳の分からないまま言った。

「私はハワードには何も言ってませんよ」。 

 その本部長はララが慌てている様子を見て、それが嘘ではないと信じたのだろう。数人の部長に声をかけ荷造りをさせ始めた。


 もう一人は大口顧客部本部長のワン・ウェイだ。彼は若手の出世頭にありがちな傲岸不遜なところがあった。彼はハワードからの電話をうけて現場に駆けつけると、数人の部長と言葉を交わしてからララに向き直った。「今日は重要なイベントのために人手が足りない。総務部のスタッフでパッキングしてくれ」。

 ララは「人手不足でしたら、引っ越し会社に人を寄越してもらってパッキングしましょうか。箱の上に部門と名前を書いた紙を貼ってもらえれば大丈夫です」と親身に提案した。しかしウェイは気にする風もなく言い放った。「総務部のスタッフを寄越せばいい。パッキングの指示も任せるよ。そっちで部門と名前を書いて貼り付けておいてくれ」。

  ララは内心「ここに何百人いると思ってるのよ。総務部はたった四人でルーティーンもこなさなきゃならない。梱包して貼り紙までしてくれる人なんか、どこを探しても見つかりっこない。これじゃまるで嫌がらせじゃない」と思ったが、口には出せなかった。ただ穏やかに「総務部は人手がなくて、間に合わないかもしれません。そちらの部門で何人か残ってもらって、急いでパッキングを済ませてもらえませんか」と相談を持ち掛けた。

 ウェイは腕組みをし、居丈高な様子で首を振って、感情のこもらない口調で言った。「我々には重要なイベントがあって人手がない。引っ越しをしていたら商売をして利益をあげられない。じゃあ僕がパッキングしようか。いずれにせよ部下は仕事に行かせるから」。

 ウェイの部下や他部門のスタッフが野次馬になって二人のやり取りを見物していた。仕事の手を止めている者もいた。

  ウェイは北京出身の三十三歳、高身長ですっきりした美男子だ。ララの身長は女性の中でもごく普通で、社内での地位だけでなく身長差でもウェイはララを尻込みさせるのに十分だった。

  ララは頬が紅潮し喉がカラカラになるのを感じた。「今日この部門を制圧できなければ誰も私の言うことを聞かなくなる。そうなったらこのプロジェクトはやっていけない」。

 ララは一歩も引けないと覚悟し、ウェイにきっぱりと言った。

 「リフォームの工期はタイトで半日たりとも無駄にできません。申し訳ありませんが、デイビット(ウェイの英語名)、今日の引っ越しは会議で決定済みであり、各部門にも協力を要請しています。あなたの部門も計画に同意されましたよね。午後六時までにオフィスの半分を完全に片付けておかなければなりません。その時間になっても荷物が残っていたら全て不要なものとみなして処分します。それに電話とネットも遮断します。皆さんの明日の仕事に影響しないよう、必要な物をごみとして処分されないように、きちんとパッキングするよう各部に伝えて下さい」。

 そう言い終わると、ララは踵を返して振り向きもせず歩き出した。ウェイはしばらく呆気にとられて立ち尽くしていた。どうなることかと見守っていたスタッフの前でなかなか引っ込みが付かない様子だった。


 上海オフィス総務部アシスタントのマギーはずっとララの後ろに控えており、チャンスさえあればララを応援しよう思っていたが、部長や本部長たちを前にして口出しする機会を失った。総務部は日ごろからウェイから叱責されていたため、ララが今日ウェイと堂々と渡り合って言葉を失わせたのを見て、マギーは心中で快哉を叫んだ。鼻高々な様子で尻を振りながらララの後ろを追いかけ、角を曲がると興奮気味に話しかけた。

 「ララ、すごいわ! あいつら、いつも私たち総務部をいじめて、まるで私たちが営業に養われてるみたいなことを言う。あいつらが我々を食わせてるって? 違うわ、給料をくれるのは会社よ!」。 

 ララはマギーを叱りつけた。「人の不幸を喜ばないで! 早く引っ越し業者に気の利く人間を何人か寄越させて、ウェイの部門のパッキングをさせるように手配しなさい。あなたまさかウェイ一人に荷造りさせるつもり?」

 マギーは口を尖らせ不機嫌そうに「だって自分でやるって言ったじゃない」とブツブツ言いながらも業者の手配に取りかかった。ララは彼女のほうをふり向いて念を押した。

 「いい気にならないで。誰がボスか忘れないようにしなさい」。

 「わかってる。ボスは彼よ」。

 

 しばらくしてマギーがララに報告しに来た。「ウェイたちはすごく協力的で、パッキングは順調よ」。 ララはようやく安心した。

 

 レスターが戻ると、ララは一部始終を報告した。最後に「ハワードが助けてくれて本部長二人に電話してくれましたが、私がハワードに告げ口したと思い込まれてかえって困っちゃいました」と付け足し、いたずらっぽくフフフと笑った。

 レスターもつられて笑い、内心では「ララという子は、仕事しか能がないと思っていたがIQ〔頭脳の知能指数〕もEQ〔心の知能指数〕も兼ね備えている」と考えていた。

 レスターはゆっくり歩いてウェイのオフィスを訪ねて声をかけた。「ウェイ、ララから聞いたよ。よく協力してくれてパッキングが順調に終わったそうだね」。

 ウェイは自らの横柄な態度を思い出しつつ、照れ隠しをするように言った。「ララは僕のオフィスを正面入り口の真ん前に配置しましたよ。入ってきた人はまず僕を見る。まるで男のreception(受付)のようです」。

 レスターはウェイをからかうように、「君はイケメンだから受付にぴったりだと思ったんだろう。我が社のreceptionは容姿を重視するからね。私が受付に配属してほしいと頼んでもララは承知しないだろうよ」と言った。

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GO! ララ、GO! (9)

  

九 五%で十分だ  

 

そんなときに上海オフィスの総務課長が突然辞職した。さして影響力のない人物あったが、この時期に辞められてはすでに過重な業務負担にあえいでいる総務部にとってはやはり痛手である。レスターは部長代行見つけられるかどうかにかかわらず、まずはララを逃してはならないと思った。  
 
。  

彼はララにこう因果を含めた――ローズ妊娠体調を崩したため、君負担はさらに重くなるはずだ。会社としてその苦労に報いるため給料を特別に五%アップすることにした。この重責を全うすればこれまでにない価値ある経験から多くを学ぶことになろう。君自身の社内における競争力は確実に新たな段階に進むだろうと信じている。 

ララは生まれついての勤勉さから最初に就職した国有企業自ら積極的に仕事を探し、一日中休みなく働いた。そのため、同じ部署新聞を読んだりお茶を飲んだりして時間をつぶすのに慣れている同僚たちそろって彼女を憎んだ社会に出てすでに八年近くたち二十八歳になていたが、この点は全く進歩していなかった。  
 

彼女は仕事さえあればやる気が湧き起こる。どうしたら目の前の仕事うまくいくかしか考えられなくなり、その成功の先に何が待っているかについてはほとんど考えたことがない。たまに考えたとしても、彼女の想像力が及ぶのはせいぜい年末のボーナスが増えて社内考査の評価exceed”(優秀)に上がる程度に過ぎず、キャリアプランに関して彼女は何の計画もなく知恵も働かないようだった。  
 
 たとえば、現在の状況に鑑みると、課長になって二年のララの基本給はおよそ六五〇〇元、五%はわずか三二五だ。スズメの涙の三二五と、プロジェクトのために費やす労力、レスターを無事に退職させるための貢献、DB中国にCEOを迎えるための準備という重要な任務、それぞれの釣り合いを考えると%はあまりにも取るに足らない数字であった。しかし、彼女はそんな計算はしなかったのである。  

 

ララがサプライヤーとの商談に長けていたのは、業務だけに集中できたからだ。自分の将来収入などについてタイミングで上司と交渉すべきに関心がなく、今まさに自らが手中にした駆け引きの手段にどれほどの価値があるかも考えなかった。さらに、課長の自分に部長の仕事は無理だ甘えて辞退することもできたはずだ。しかしララは、少なくとも部長がすべき仕事をこなす自信がないと訴える権利があるこすら思いつかなかったのである。  

ララは五%の昇給を名誉の象徴と受け止め、組織の彼女に対する信頼の証であると思った。それにレスターが言ったようにプロジェクトを通して「学ぶ」ことができる。「学ぶ」のはもちろん重要だ。しかしララは、何かを学ぶのはよりよい収入よりよい前途を求めるためだ考えなかった。要するにこのプロジェクトを引き受けたら人物に会社何を与えるのが相応しいかということを、彼女は考えてもみなかったのだ。  

  

彼女がただの課長でなければこの駆け引きのなさはレスターに大いに見くびられていただろう。レスターは自分が与えた職責をララが喜んで全面的に受け入れのを見て、内心ララに定義を下した。ララの付加価値は五%で十分だ。彼女は戦略的思考に欠け、働くだけしか脳がない、この類の社員多く与える必要はなく、与えすぎるとむしろ戸惑ってしまうだろう。  
 
  
 ララのほうでは自分重用されていると感じ喜んで任務を引き受けた。他方、ローズはといえばすでに病欠を取り始め、引き継ぎさえもしなかった。  

  
 ララは、ローズがのプロジェクトを一人で抱え込んで上海総務部の他の社員をほとんど蚊帳の外に置いていたことに気付いた。彼女はなサプライヤーを数社呼びつけ、さらにIT部長も巻き込、仕入部の同僚つきまとい、毎日真っ暗になるまで働いたララ自身も毎日十一時過ぎまで残業て会社を出るのはいつも最後だった。  

 
 ハワードは上海に戻るとすぐレスターを呼んで話し合った。アメリカ本社不動産部のロスのメールで、彼はレスターがこの件の管理責任を果たしていないのではと感じていのだ。  

 
 彼はレスターローズに関する報告を聞き、ローズの妊娠はかなり疑わしいと思った。しかし、たとえ虚偽の申告であったことを突き止めたところでどうなるというのか。妊娠を偽るような人間にプロジェクトを任せて成功するとは思えないし、彼女を摘発しても実際的な意義はい。ましてや、悪くすれば妊娠は事実かもしれないのだいま最も重要なのは、信頼できる人物を配置してプロジェクトを主導させ、全く装いを新たにしたオフィスでジョージCEOを迎えられるようにすることである。  


 彼はレスターに尋ねた。 

我々の内部にこのプロジェクトを管理するのに適切な人間は他にいないか?」  

 レスターは「広州の課長のララは、ちょうど半年前広州のリフォームプロジェクトを完了しています。いい仕事をしましたよ。しかし彼女は課長になって二年ちょっとすから、このプロジェクトを担当するには経験不足だと思います」と説明した。  

 だが仮に新しい総務部長を募集したとして、DB内部のプロセスと複雑な内部組織について知識がなくても、すぐに仕事に取り掛かることは可能か?」  

レスターは、イエス言えなかった。

 ハワードは素早く考えを巡らせ「Anyway、求人はしておこうと言った。 

 「新人を採用するまではしばらくララにこのプロジェクトの責任を担ってもらおうと考えています。各エリアのオフィスの総務も彼女に統括させようかととレスター。

 「それでは彼女は実質的には総務部部長代行ということか」。

 「そうです。仕事の負担増を考えて特別手当を出すことを認めてください」。  

 ハワードはうなずき、「もちろんそうしてくれ」と答えた。 ハワードは社内で高いポストにあり、常により重要な業務について考えなければならない立場だ。そんな課長風情の待遇をいちいち気にするはずもないのだが、その特別手当が雀の涙の五%だとは知る由もなかった。  


 レスターが後任の人事を急いでいる最中、ララは悪くない条件素早く賃貸契約更新を完了した。財務担当VP(副社長)のピーターは非常に満足し、ハワードとレスターにmailを送ってララの手柄を褒めた。  

 
 ハワードはそれまでララがこの件も引き継いだとは知らなかったが、このmailで彼女契約更新をてきぱきと要領よくこなした知った。  


 レスターは、この件に対して少し複雑であった。上海不動産価格は高騰し、オフィスビル取引は盛んであったが、彼は相場が良く分かっていなかった。またローズにずっと任せきりで賃貸契約の更新うっかりしていたため、アメリカ本社不動産部のロスに明らかなミスを指摘されて恥をかき、契約更新できるかどうか心配していた。ララが更新を完了ほっとしたと同時に、この件は実はさほど難しくも複雑でなかったのに下っ端の総務課長にあっさり片付けられてしまったように感じた。 


 レスターには彼なりの長所がある。たとえば彼の上司としての寛容さだ。ララはこの部署にやって来たとたんに好条件で賃貸契約更新するという大手柄を立てた。しかし、それをレスター名前で上層部に報告する形をとらず、mailでレスターに報告する同時に財務VPのピーターにもCC送信した。そのため、これはララがやり遂げた仕事であってレスターの手柄ではないことが関係者全員に知れ渡ることになったのである。レスターはいくらか情けない気持ちにはなったがララをとがめだてすることはなかった。ララはたまたま運がよかったが、もしレスターでなく別の上司だったら彼女のやり方を批判叱責したことだろう。  


 予算に関しては、ララは明解な費用分析を提出した。予算要求は七五〇DB中国の幹部は彼女のプレゼンに耳を傾けこの数字の合理性を理解したしかし、七五〇万と四五〇ではいかにも差が大きすぎる。ハワードは、リバイスした申請書の数字が四五〇万から七五〇万に跳ね上がっていたら、アジア太平洋本部とアメリカ本社DB中国の専門性と厳密性を問われるだろうと感じた。そこで最終的に五百万と決め、主としてオフィス面積の十拡張増額要求の理由にした。 

    
 ララは大いに悩んだ。できる限りコストを下げるにはなるべく今あるものをリフォームして使うしかない。彼女は業者に対して修繕できるところは修繕して使うよう強く命じた。たとえば、木材は比較的高価なので、現在のドア枠を全て解体し、やすり掛けしてからニスを塗り直すように要求した。業者はドア枠の多くはすでに損傷が大きく修繕は不可能だ言ったが、彼女はとっさの思い付きでドア枠の角を面取りしてからニスを塗れば新品同様になると提案した。しかし、このやり方にはかなり手間がかかり業者に悲鳴をあげさせることになった。  

 
 これ以外にも機械電力関係の費用も節約するためには部長室を大幅に減らすしかない。各部屋にエアコンを設置しなくてはならないが、共用エリアなら同じ出力のファン三人分の業務スペースに送風することができる。  

 
 DB国際調達規定ではノーテル・ネットワーク社の交換機システムを使用することとある。ララ計算では新システムに変更するだけで百は余計にかかり、ローズが言った五十万では全く足りない。部長室の内線電話差し込み口は三箇所だが、共用エリアなら各社員に一箇所あればよく、部長室に比べて三分の二の資源を節約できる。部長室の数をある程度まで減らせば内線工事を少なくでき人員が%増えても既存の交換機容量でサポートできる。 

  
 オフィスの部屋減らすには、今は自分の部屋を持っている部長に共用エリアに移動してもらわなくてはならない。これは多くの社員メンツと利益にかかわる問題でもあり、彼らを不愉快にさせるアイディアでもある。レスターはララの提案に困惑し考慮しようともせず、ただひたすら別のやり方、たとえばより安価なリフォーム業者を見つるなどしてコスト減を図るよう頭ごなしに要求した 

  
 ララは困り果てた。リフォーム業者の質を落としたら、彼女はこのプロジェクトをやりおおせることができな。第一に、DB内部には人的資源が足りずこの分野の経験豊かなスタッフをプロジェクトに加えることができない。そうなると協力的で高い技術のあるリフォーム業者にサポートさせるしかない。第二に、DB幹部の要求するレベルが非常に高く、優良業者でなければ会社上層部の提起した設計案を理解し実現することすら難しいのである。  

 

 彼女はさんざん考えたあげく、やはり既存設備を最大限活かし、部屋数を減らす方法でいこうと思った。  

 

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GO! ララ、GO! (8)

八 本社からの指摘と切迫流産 

 

予算案はアメリカ本社に送付された後に突き返された。不動産部のコメントにはこの予算案は全社的に規定している世界共通のフォーマットを用いない概略のみの説明しかない、データ分析不足している、さらにプロジェクトの各段階にどのような関連性があるのかを通常の業務フローに則って考慮していないあった  

 

 アメリカ不動産部部長のロスは以下のように指摘した。  

「DB中国はオフィスのリフォームを申請しているが、その一方で賃貸借契約更新していない。契約更新により賃料が高くなりすぎるようならオフィスの移転を検討するべきである。また、契約更新が済んでいない時点で安易に現オフィスのリフォームの計画を立てるべきではない。なぜなら、考え得るリスクとして、オーナーが契約更新に同意しないか、あるいはDBがすでにリフォーム予算を組んでいることを知れば賃料の引き上げにかかるかもしれない。そうなればDBは受け身にならざるを得ないだろう」。  

 

 ロスの指摘は続く  

「予算案にはDB中国本部のオフィス面積が四千五百平米必要である根拠となるデータが示されていない申請書にも、今後三年間で当該オフィスに勤務する従業員は何名か、それだけの人数が必要な理由等について記載がない。我々はまずどの程度の広さが必要かを明確にしなければ適切な面積の賃貸物件を選定できない」。  
 

 ロスはこのmailをレスター宛てると同時にハワードとピーターにもCCで送信したのでレスター非常に気まずい思いをした彼はこれまでとこれからのことに思いを巡らした。ローズの部下の上海総務部部長は無能なイエスマンで使い物にならないとりあえずララを早急に広州から上海に呼び寄せてプロジェクトに参加させるしかなさそうだ。 

 

 レスターはローズに、これ以上忙しいと手が回らなくなってしまうだろう、ララをこちらに呼んで手伝ってもらってはどうか、と提案した。ローズは特に表情を変えることもなく何度も礼を言った  

 レスターは自らララに電話をかけ、会社が彼女にスキルアップの機会を与えることになり、ローズのアシスタントとして本部への長期出張が決まったこのチャンスに大規模プロジェクト管理を学んでほしい説明した  

 ララはこれまでレスターと話す機会などめったになかったのに、今回は大ボス直々の電話を受けてすっかり舞い上がり、レスター話を全くもっともだと拝聴した。彼女は帰宅後に慌てて荷造りをし、週末も休まずに上海に飛んだ  

 

 ララが上海に到着した日、ローズはレスターに妊娠したことと、深刻な切迫流産のため三か月安静にしていなければならないことを告げたすでに三十二歳結婚してからなかなか子宝に恵まれず諦めかけていたところに思いがけず妊娠できた、とはらはらと涙を流しながら語るのであった  

 レスターは病院が発行した休暇願を眺めながら、いきなり頭を抱え込んでしまった。困った、DBは専門業種の大企業として一貫して生活と仕事のバランスを重視している。オフィスの壁面にはLife Work Balance”(生活と仕事の調和)という標語が掲げられているほどだ。彼はローズに流産のリスクを負わせてまで働かせることはできない。  

 

 一方で、DBはhead count(社員については典型的な欧米の大企業のやり方にならい、非常に厳格に管理している。ローズ在職中である以上、部長ポストきはなないため後任の部長を募集することはできない。 しかもレスター自身はこのプロジェクトに詳しくないので、専門知識があって仕事熱心な総務部長代理を早急に手当てしてこの仕事を担当させなければならない。 

 もちろんハワードこの問題について相談し、人を回してもらうこともできる。しかし、レスターはハワードにはあまり快く思われていないようだ。その証拠に、昨年度はハワードから低い評価を受けたせいで年末賞与さほどの額ではなかった。  

 ハワードは四十歳を少し過ぎたところで会社では若手の出世頭だ。中国で大きな仕事をしたいという野心に満ちている。一方レスターは、大過なく退職することが最優先で、彼の行動は全て安全を基本原則としている落ち着きと余裕は十分だが変化を恐れ、何か新しいことをやってみようなどとは考えもしない。  

 ハワードは、自ら問題を解決しようとしないレスターの態度を内心では苦々しく思っていた定年退職が間近であることを考慮、なるべく口出ししないようにはしていたが、レスターの稟議を拒否すること少なくなかった度重なる拒絶にあったレスターはハワードリソースの追加要求をすることを避けるようになった  

 

 レスターはしばらく思案した。総務部で仕事を任せられる現時点でララただ一人だが、彼女が全面的に信頼できるとは思えない。今回のような大規模プロジェクトを管理するには、専門知識仕事に対する熱意だけでなく、責任者として会社上層部とやり取りする必要もあるだが、ララはいかんせん若すぎる。上層部とコミュニケーションを図るのは難しいだろう。ララはローズに比べて社会経験が足りなすぎるのだ彼女がハワードピーターの前でしっかりと話ができるかどうか甚だ疑問  

  

 彼はローズが運よく近いうちに体調を回復することを祈る一方で、それは期待できないことを知っていた。それどころか、ローズが妊娠したこと自体を疑っていた。だがそれを証明することはできないし、もし事実かどうかを調べたりすれば険悪な雰囲気になり信頼を取り戻すことは不可能だ。大過なく退職するという彼のプランは台無しになる  

 ローズは妊娠後、労働基本法が定める女性従業員は妊娠期間と授乳期間は法的保護を受けるという条項の適用を受け、大きな過ちを犯さない限り二十二か月間以内は解雇されないまた、レスターは妊娠理由にローズを降格させることもできない人事部のトップである彼が率先して妊婦を降格処分にしたら、それ以降、社員妊娠するたびに上司は妊婦降格を求めることになる。そんなことになればレスター人事の最高責任者でいられなくなる  

 レスターはハワード部長職の採用募集を特別に許可してほしいと申し出ようかと思ったがローズが帰任した後は増員した部長をどうするつもりだと聞かれるに決まっている  
 

 しばらく考えて、レスターは決意を固めた。こうなったらハワードに何と言われようが徹底的に話し合い、組織を統率する能力を試すしかない。なんとかして早急に総務部長のポストを埋めまずはこのプロジェクトを完了させて後のことはその時になってから考えよう。さもなければ目の前に迫った難関を突破することができなくなってしまう。  

  

 ハワードはちょうどシンガポールで会議に出席しているので、レスターは彼が上海に戻ってきたら話し合うことに決めた。それと同時に、ヘッドハンティング会社に頼んで早急に適切な総務部長候補者を探させさっそく面接開始した  

   

 面接応募者に必ず尋ねた質問は、もしあなたがこの程度のリフォームの予算を組むことになったら、一平米あたりの費用はどの程度になりますかというものだ。 

 その結果、大企業に勤務した経歴のある数人の応募者はおよそ千五百元だと口をそろえた  
 
  

 彼はそれを聞いて動悸が早まった  

  

 レスターララを呼び、親しげに尋ねた。  

「広州オフィスのリフォームは一平米あたり元だっただろう。なのに今回の上海のケースは千五百かかると言うのはなぜかな?」。

「広州オフィスでは電話交換機システムを新しくしませんでしたし、オフィス家具も古いものを使っています。それに、広州オフィスは役付きの社員が上海よりずっと少ないので、上海オフィスほど多くの独立した部長室は必要ありません。機械や電力設備のコストも削減できます」。  

「上海も電話交換機システムを交換しなくてもいいんじゃないかな?」。   

「メンテナンス会社のエンジニアと一緒に機械室に行ってチェックしてみましたが、すでにシステムに目一杯負荷がかかってて、これ以上容量を増やせないんです。上海オフィスの賃貸契約更新では面積は今のまま? それとも拡張するんでしたっけ? 来年は社員が増える見通しですか この辺を確認してからでないと容量を増やす必要があるかどうか分かりません」。  

  

 ララのこの質問は痛いところをついていた。これはまさに彼がアメリカ不動産部から受けた指摘そのものだった。今後二三年間で人員はどのくらい増えるのか、面積はどのくらい拡張する必要があるのか。この二つの情報が予算案に示されていない。まだ契約更新も決まっていないのにリフォーム計画を進めてしまったのだ  

「もし人員%増えて面積も拡張したら、電話交換機システムの容量は足りなくなるのか? 何とか調整できないのか?」。  

「その%の増員は種類の従業員でしょうか? ほとんど部長クラスより下のセールスマンなどでしたら、会社は決まったデスクを用意する必要はありません。でも、もし別のfunction(専門部署)、たとえば財務部やマーケティング部、開発部などですと必ず内線番号を割り当てなければいけません。――具体的分析してみないことには……」。  

 レスターはこれまで総務部を軽く見ていたが、実は非常に専門的な業務であることをいよい思い知った。これは大変なことになった。業務のどの段階でポカを出すか分からな  

 

 それ以前には、彼は管理会社に任せて管理費用を払って安心を買えばよいと考えていた。しかし、プロジェクトに深く関わっていくうちに、プロジェクトの責任者はDB内部の業務フローや組織構造についても熟知している必要があり、これは管理会社ができるものではないし、たとえ専門的な知識を持った新しい部長を探してきても恐らくすぐには仕事に取り掛かれないだろうということをますます感じた。 

  

 

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GO! ララ、GO! (7)

 

細かい話は聞きたくない? 

 

 レスターとローズプロジェクトの要点についてミーティングを行うことになった。メイン・イシュー(主な議題)はCEOを迎える準備についてである。レスター常になくプロジェクトのタイム・テーブル必要経費明細をローズに要求した  

   

 これまで一貫して仕事の細部に口出しをしない方針で、ローズは結果さえ報告すればよかった。人事出身総務について詳しくないばかりか、理解しようとすらしな彼は総務担当の部下であるローズを信頼することにしたのであるつまり、中国人がよく「人を使うなら信じろ、信じないなら使うな」である。しかし前回のことを考えると慎重にならざるを得なかった。もし今度なにか手抜かりがあったら下手をすれば「身の安全を脅かしかねない。そこで思い切ってローズに質問してみたのだ 

  

 レスターローズにこう説明した。今回のプロジェクトこれまでと違い、ハワード非常に重視しており、しい内容についてDB中国のマネジメントと話し合っておきたいとのことだ。こで、あらかじめローズと二人で詳細について検討し、その結果をDB中国のマネジメントに報告する。   

 ローズは自信たっぷりに宣言した。もちろん細かい点も準備済みで、あと一週間ほど細部を詰めてから詳細なプランを作成して持ってくるのでまた話し合いましょう、と  

 

 レスターさらに作成した現時点の資料では、予算四百五十万、プロジェクト期間六か月、とあるがこれで問題ないか?」と尋ねた  

    

 ローズは確かな口ぶりで言った。  

「大きな問題はありません。この二年で行った広州と北京のリフォーム費用はどちらも百五十でした。両オフィスとも面積は約千五百平方メートルでから、一平米あたりのリフォーム単価は千前後になります。今回の上海のプロジェクトは、私の計画ではオフィスのレイアウトをなるべく動かさず、既存の機械設備と高電圧装置ほぼそのまま利用すれば、四百万の予算でも足りるはずですまた、広州と北京のリフォームには六か月かかりましたが、上海は資材調達しやすいので工事の終了まることはあっても遅くなることはないと思います」。  

 

 ローズが滔々と述べる破綻のない分析を聞き、レスター少し考えてから言った。  

「それならよかった。ではこのプロジェクトの詳細業者見積もり添えて提出してくれ。それを予算請求の根拠にするから。君が経験豊富なことはよくわかっているが、完成イメージ図を添付して提出すればマネジメントもって前もってそれぞれの業者のスタイルがわかる。業者の選定も速やかにできるだろう」。  

 ローズはレスターの考えを敏感に察知した。レスター彼女が作成した予算に根拠があるのか、プランに遺漏がないか心配している。だからこそ、プロジェクトのすべての詳細をリストにして出せと言ったり、プロジェクトに関連するすべての項目に価格表を添付するよう要求したりしている。そうすることで自分を安心させようとしているだ。だが同時に部下に反感を持たれることも恐れて、上層部早めに決定させるためという口実を持ち出した  

  

 ローズは内心ではわかっていた。会社の上層部どの業者のプランが自分たちの期待最も近いかを完成イメージ図判断するのは当然のことだしかし、彼らに細かい予算配分までチェックする時間などあるわけがない。高電圧設備はいくらで弱電設備はいくらだと討論する社長がどこにるだろうトップマネジメント「このプランが気に入った、これでいこう!と言うだけだ。予算と工期の大体のところはすでに聞いてるはずだし、上に持っていくプラン報告済みの予算と工期の範囲内で作成している。のプロジェクトを実際に担当する部門が最初は四百五十万で足りると言っておいたにもかかわらず、後から足りなくなったから八百くださいと社長に要求するなんて、絶対にあり得ない。レスターだって上層部に自分の部下である部長が四百五十万と言ったのは間違いだったと言えない。そんなことを言えば、本部長である自分の判断を問われるに違いないのだ。 

   

 ローズは心の中でボス、あなたって人はいつも本当に私が何の知恵がないと思ってるのね」とつぶやいた  

    

 ローズ心中の様々な思いを隠して何事もないように答えた  

「問題ありません。すでにいくつかの業者と話をしています。マネジメントのほうで、どのプランにするか大体決まったら、資材調達部門と再度値引き交渉してみます」。  

 

 このミーティングでレスターは少し安心した。このプロジェクトに関しては以前のように部下に任せて放っておくことはしないローズにどんな細かいことでも自分と話し合うように要求しようと決意した。今回は万に一つの失敗も許されない。 

   

 レスター予算と工期の報告を受けたときに最初からそしなかったことを非常に後悔していた。以前と同様にローズに「結果」だけを報告させ、その「結果」を出すまでの「詳細とプロセス」について質問しなかったことが悔やまれた  

 

 一週間後、ローズがレスターに提出したのは、予算四百五十万、工期六か月のプランだった。   

   

 ローズのプレゼンテーションには破綻がなく、レスター何の欠点もないように聞こえた。彼はスライドをしばらく見つめ、振り返って、彼が指名して会議に参加させたIT部長に「君の意見は?」と尋ねた。  

 

 IT部長はDBに入って日が浅く特に具体的な意見はなかった。  

 

 レスターはこの状況を見て、ローズを信じるしかなかったが、広州でララに聞いた交換機の問題を思い出して、唐突にローズに尋ねた。 

「我々の交換機は何年使ってる?」。  

 

 ローズはレスターがこんなに具体的な質問をしたことに少なからず面食らったが、一瞬間をおいて「十年です」と答えた。その回答を聞き、レスターは続けて「推奨耐用年数は?」と質問した  

  

 ローズはありのままに答えるほかなかった。「八年です。ですが、日ごろからしっかりメンテナンスを行っていので、何の問題もなく動いています。あと二、三年は問題なく使えるはずです。財務から予算はできるだけ削減するように言われているので