三毛の中南米紀行 -22- 完

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ナスカの地上絵を飛ぶ 

ミシャ 

 

 

小型飛行機はやっとでこぼこの滑走路を飛び立ち、砂漠の空の上に入った。早朝の空気は澄んでいて爽やかだ。僕は心の中で思った。 

「また飛ぶんだ」 

 また飛んだ。しかし今回の空の旅はいつもと違う。三毛と僕は台湾を離れてから、以前に様々なところへ行き沢山の経験をした。 

 毎回飛行機を降りたあと僕たちはすぐに新しい土地をはっきりと見た。つまりその土地の秘密を少し明らかにすることになったのだが、それはほんの僅かでしかない。一人が一生の力を尽くしてもこの土地を理解するのは難しい。それには僕たち自身の故郷も含まれている。時間が過ぎ去るのはとても早い。僕たちはきちんと準備できていないのに、また飛行機に乗ることにした。 

 僕はパイロットの隣に座った。小型飛行機が飛び立ったとき、彼は胸の前で十字を切った。僕は心の中で思った。 

「この旅は以前のものと違う」 

彼の仕草は私に奇妙な感覚を覚えさせた。この旅の終わりは神秘に溢れているため、パイロットの仕草はむしろそのような雰囲気にふさわしいものであった。 

 「ナスカの地上絵だ!」 

三毛が言った。 

 「何の地上絵?」 

僕は聞いた。ペルーに向かう途中、三毛は僕にこの有名な古跡を知っているかどうか尋ねた。 

 「もうすぐペルーに到着するわよ。まさか南米の最大の謎も知らないの?」 

「もちろん知っているよ。マチュピチュのインカ帝国の古い城はが知っているものだろ?」 

 「違うよ。それは廃墟。インカ人が住んでいたところで唯一未解決なのは、彼らがなぜ町から出たのかよ。私が今言っていることは今日に至るまで誰も解くことができない謎なの」 

 「何の謎?」 

 「エーリッヒ・フォン・デニケンの本を読んだことがないの? もしかして彼の本を聞いたこともないの?」 

 「誰の本?」と僕は聞いた。彼女が質問するたびに自分の知識が乏しいと感じる。三毛は数えきれない本を読んできた。スペイン語の本、ドイツ語の本、もちろん中国語の本も見る。彼女は自分で英語は苦手だと言っているが、英文の作品も何も不自由なく読むことが出来る。三毛は本を読むだけでなく、見たものも忘れない。 

 彼女は本で読んだこと、見たもの、食べたもの、どこで食べたのか、誰と食べたのか、更に値段はいくらかまでも全て記憶している。 

 ある日、彼女は僕を大変驚かせた。彼女は十一年前にシカゴで食べたソーセージがいくらだったのか覚えており、しかもリマのチャイナタウンのソーセージの値段と比べたのだ 

 この旅行中、僕は何度も自分がバカだと思った。この中国人の女の子はいつも僕が読んだことがない本や、記憶にもないことを聞いてくる。 

 三毛はできの悪い生徒に教えるように丁寧に優しく教えてくれる。 

「エーリッヒ・フォン・デニケンという作家がいて、彼の著書にはこう書いてあった。私たちの世界でいまだ未解決な謎について、これらの神秘は地球以外の生命と関係があると言っていたの」 

 「私は彼の本でナスカの地上絵を初めて知ったわけではない。だけど、彼の本を読んだあとペルーに観光に行って自分の目で確かめたいと思ったの」 

 飛行機はナスカというオアシス都市の上空まで来た。 

「自分の目で確かめよう」、とこの言葉を何回も頭の中で繰り返した。ナスカはペルーの南方の大砂漠の中に位置する。 

 空から見ると、この城がまるで一つの緑の島のようで、広大な砂漠が果てしなく地平線の山の裾まで伸びており、ここだけが緑色だった。 

 僕たちの足元で一日の生活が始まったところだった。女性が井戸の隣で長い黒髪を洗っていたり、住居から炊事のがゆらゆらと立ったりしている。父親と子どもはすでに工具を持って自転車で仕事に向かい、姑と嫁は家に残っている。 

 各家々、各町全てに日常生活がある。今回の旅で、少なくともこの時間だけは僕は日常に引き戻された。 

 飛行機で町の中心を飛んだ時、下にホテルが見えた。三毛はきっとまだベッドの上で休んでいるだろう。 

 「本当におかしなことだ」、と思った。 

「彼女こそ飛行機に乗り砂漠の中の神秘的で巨大な絵を見るために、ここへ来るべきだった」 

 心の中では辛かった。三毛がこの神秘的な古跡を見ることができないからだ。彼女はこれらを南米の一番のメインだと思っており、とても興味を持っていたところなのだ 

 実際のところ彼女は飛行機にどうしても乗れなかった。ナスカに向かう途中から三毛は車に酔いはじめた。ペルーのでこぼこ道を長時間バスで走っているとき、揺れが激しかったからだ。 

 バスが前に進めば進むほど彼女は酔った。何時間も彼女は黙りこみ何も言わず片手で頭を押さえ、もう片方でお腹を押さえながら呻いた。 

「酔って死にそうだわ!」 

「次のバス停で絶対に降りよう!」 

「それはできない!」 

「だけど、体調がとてもいならもう行けないよ」 

 「大丈夫。私たちは必ずナスカに行くの」 

三毛はとても頑固に言った。 

 これが彼女の性格である。一度決断したら彼女が目的を果たすまで止めることは出来ない。 

 およそ五百キロメートル苦しんだあと、深夜に僕たちはついにナスカに到着した。幸いなことにバス停の近くにホテルがあった。その時にはすでに三毛は大分弱っていた。 

 「ミシャ、聞いて。私はもうだめ」 

が彼女を支えて部屋に入ったとき、彼女が苦しそうに言った。 

 「薬を飲んでよく休みな 

 「明日私は飛べないわ」 

三毛は無気力に言った。 

 「え?」 

僕はたった今聞いたことが信じられなかった。彼女が苦しくて疲れのあまり頭がどうかしたのかと思った。しかし、たとえ病気で苦しんでいても私の知っている三毛なら決して諦めないはずだ。 

 「自分が何を言っているか分かっているのかい。今夜はゆっくり休んで、明日また話そう」 

 「もうダメ」 

 「だけど、君が長い間待ち望んで、遠いここまでやってきたんだよ」 

は納得いかなかった。 

「見たでしょ、今日私がバスの中でどんな状況だったか。もし飛行機に乗ったら酔い死んじゃうわ」 

 「何か薬を買って防ぐことはできないかな?」 

 「前、酔い止めを飲んでみたけど、全く効かなかったの。台湾の蘭嶼(ランショ)までの短時間のフライトであっても、飛行機を降りる時には死にそうだった」 

「何のためにナスカまで来たんだよ? 絵は空からしか見ることが出来ないことは知っているだろ?」 

 「行けると思っていたけど今日のバスの状況を見ると、空では五分もいられないと思う 

三毛は深くため息をついた。 

「行ってきて。私を休ませてちょうだい!」 

 飛行機でホテルの上を通り過ぎ、僕は彼女がゆっくり休んでいるといいなと思った。まだ彼女が断念したことをにわかに信じがたい。しかし僕は分かっている。彼女の体力が限界だったために、やむを得ずこのような決断をしたことを。 

 雲一つない青い空を眺め、僕は聞きたくなった。神様はなんと不公平なのだろう。なんでこのように意思が強い女の子に限って体が弱いのだろうか? 

 あっという間に、僕たちはナスカを遠く離れていた。荒れた砂漠の上を再び二十二キロ飛んで、ようやく消滅した文明が描いた巨大な作品を見ることが出来た。 

 「あなたはどこから来たの?」 

パイロットがスペイン語で私に尋ねた。飛行機では私は三毛をずっと気にかけていたため飛行機にいる周りの人を気に留めていなかった。 

 僕に話しかけてくれた人に顔を向けると、パイロットが笑いながら挨拶をしていた。 

 「アメリカ人です」 

下手なスペイン語で答えた。 

「あなたは?」 

「私はペルー人です。ですが、私の母はイタリア人で父はフランス人です 

 僕は彼にまつわることを沢山尋ねたかったが、スペイン語で言えることがもうないので、笑うしかなかった。二人ともそれ以上話さなかった。 

 その他の座席には若い人が二人だけで、彼らはドイツ語を使って話していた。僕は第三世代のドイツ系アメリカ人であるが、ドイツ語に関しては全く分からない。 

 僕は彼らとの間にとても距離があると感じた。地上の人との距離が離れているように。話相手の対象にならなかったため、僕は考えた。もし飛行機に乗っているのが僕はなく三毛だったら飛行機の中で状況がどのように変わっていたのだろう、と 

 彼女はスペイン語とドイツ語も上手だし、彼女の利口さと活発さはなごやかな雰囲気に出来たのに。どんな人でも三毛と五分雑談すると印象に残る。彼女の話し方はバラが美しい香りを振りまくように魅力的だ。 

 一人で飛行機に乗る前には三毛がいない旅行がこんなにも物足りないということに気付かなかった。 

 砂漠を通り過ぎると、明け方の雲の切れ間から降り注ぐ光の中、石でいっぱいの不毛の地が現れた。それは静寂の美を備えていた。 

 「もうすぐ着くよ」 

パイロットが言った。 

 彼は一つ目の絵を指し、僕は急いでカメラの準備を整えた 

 僕たちのその先には果てしなく続く道のりがあり、少なくとも五百メートルの広大な土地は滑走路のように見えた。 

 ここに描かれた線はとてもなだらかで、かつ真っ直ぐで、まるで建築士の直定規を使ったようだった。 

 境界線の中、表面のところには全く石が無かった。また、とても平らで滑らかであり、周辺のでこぼこな山道と石が沢山ある砂漠とちょうど対照的だった。 

 文字すらない農業文化にこのような素晴らしい線を描くことのできる技術があったのだろうか? 

 これがデニケンが本の中で提起した問題の一つである。彼はこれについてある理論を提起してそれを答えとした。彼はナスカ文化(西暦八百年に最盛期を迎え、おおよそインカ帝国出現の四百年前)といえばこのような境界線を作るのに十分な技術がないとした。デニケンの推論は、このナスカの地上絵は地球外生物の傑作であり、彼らがこの砂漠を着陸する場所とした、という結果に至った。 

 これは一つの理論にすぎず、しかもそれが正確であるかどうかを証明するのは大変難しい。図形と線は誰が書いたのか分からないが実際、非常に多くの線が描かれている。そしてあるものは長方形であるものは三角形であり、地上絵が直角に交差しているのもある。 

 私たちは沢山の絵で溢れている砂漠を越えても、このような絵がどのようにできたか分からなかった。しかし、これはナスカの謎の半分に過ぎない。 

 パイロットは地面を指差し、英語を使って「Monkey(猿)と言った。そのあと急カーブし、たちにじっくりと砂漠の中の巨大な絵を見せた。絵は大変シンプルでまるで子どもが描いた絵のようだった。 

 砂漠の中、この地面は動物園になった。僕たちは鳥、魚、ヘビ、クジラ、クモ、犬だけでなく木のイラストまでも飛び越えた。 

 この絵が最も不思議だったのは巨大だったことだ。その中には翼の形が百メートルを越える鳥もいた。上空から見ずに、どのようにしてこの絵を描いたのだろうか? なぜこのイラストを描いたのだろうか? これは今に至ってもいまだ解明されていない謎である。 

 僕たちはとても小さな観測塔を飛び越えた。この塔はドイツの女性マリア・ライヘが建てたもので、彼女は三十年の月日をこの神秘の研究に費やした。 

 しかし、この費やした時間で彼女の出した結論は―この膨大な地上絵と動物の絵は巨大な天文歴の一部の可能性が高いということだった。彼女はこの地上絵がおよそ西暦一千年前ぐらい、ナスカ文化出現の遥か前に建設されたと考えている。 

 今日に至るまでライヘとエーリッヒ・フォン・デニケンは彼らの理論が正しいことを証明出来ずにいるため、ナスカの地上絵の謎は未だ誰にも解かれていない。 

 僕たちの飛行機は未解決な問題の上で再び旋回し、動物の絵と滑走路を最後に見せ、ようやくナスカに戻ってきた 

 僕たちは静かにこの砂漠を離れた。秘密は未だ明らかになっていない。山のほうに誰が作ったか知られていない古人の巨大な銅像だけがあり、永遠に未解決のナスカの地上絵の謎を見守っている。 

 

三毛補足 

 ミシャは文中で説明をしていないことがある。実際ナスカの地上絵に向かう前、ペルー一周の旅が六時間のバスでの長旅だった。体力が持たなかったために、空中に行くことができなかった。五百キロの車酔いのせいではなく、六十時間近く車酔いから逃れることが出来なかったためである 

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三毛の中南米紀行 -21-

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悲喜こもごもの記録 

故郷の思い出 

 

 

中国、この一枚の葉は実際あまりにも大きい。 

 しかし私はこれまでの人生でずっとものごとの表面をおおざっぱに見ることや一部だけを見ることを嫌ってきた。中国を目の前にして私は迷った。どこに着地して歩き出せばいいのだろうか。 

 だがついに私は最も触れたくない、一番弱い葉脈――故郷を選んだ。私のルーツに向き合うことにした。 

 私たちは小さい頃から「杏の花が咲く小雨の降る江南」に憧れていた。乾隆帝が六回も訪れたという江南はいったいどんなところなのだろう。そこで雄大で広々とした北部を断念し、江南に行くことを決めた。春になったら見渡す限り広がる菜の花畑を見に行こう。 

 そう決めた。まず先祖と伝統に義理を果たし、故郷への思いにけりをつければ私の心はようやく一人の旅人に変わる。 

こうして私は中国南部の最大都市――上海に着いた。そこは両親の生まれた場所だ。 

 上海には家があり、それは三毛(サンマオ)のお父さん――漫画家張(チャン)楽(ルー)平(ピン)の家だ。 

 今の三毛が生まれる前に張楽平は三毛という名の孤児を描いた――この子どもは親とは縁が薄い子どもだった。だからこの三毛と呼ばれる女の子も作品の中の三毛のように、親とは縁がない運命なのだ。家に帰っても三日しか落ち着いていられない。 

 張家の人々とは三日だけ一緒に過ごしてすぐに慌しく別れ、後ろ髪を引かれるように名残惜しく立ち去ることになった。こうして私の故郷への旅が始まった。 

 この時、三毛が中国の内陸に帰るというニュースはすでに新聞に掲載され、三毛は彼女自身でいられなかった。三毛は作家としての三毛だ。そこで上海同済大学のゲストハウスに居を移し、ホテルには泊まらなかった。大学のゲストハウスには警備員がいる。自分の身を守るためだ。気力が本力に追いつかないので三毛は多くの中国文化人とは一定の距離を置いている。感情の平静を保ち体力を過度に消耗しないためである。 

 あの張(チャン)愛(アイ)玲(リン)が書いた切ない物語、路面電車がガタコトと走る音、パンを焼く香り、西洋と東洋が入り混じる上海はやはり堂々たる都会である。 

 しかし、全てを見て回ることは出来ない。 

 七日後には上海を離れて蘇州に行った。 

 姑蘇、蘇州は林黛玉の故郷だ。林黛玉という少女は小説『紅楼夢』の中で人々に愛された登場人物だ。 

 あの日、蘇州に着くとすでに夕方だった。非常に高い運賃を無駄にしたくなくて、荷物をいとこの家に置くと「車で出かけましょう!」、とすぐに言った。大切な三毛に同行してきた親戚が「どこに行こうとしてそんなに急いでいるの?」、と尋ね、私は「寒山寺」、と答えた。 

 午後四時過ぎ、観光客は帰ったあとだった。 

 天気は肌寒くなり、早春の風の中、雨が芽吹いたばかりの楓の葉を打つ。そっと寒山寺に入ると、周りはしんと静まり返っていた。緑に囲まれた小さな道を黒い袈裟を着た高僧が大股で歩いてきた。しゃがみこんで後ろ姿をカシャっと写真に撮ったが、誰も邪魔しなかった。 

 寺院に入り年配のお坊さんが静かに字を書いているのを見た。隣で二人の若いお坊さんが紙をずらしている。入り口の外に立ち、首を伸ばして中を覗き込み微笑んだ。 

 若いお坊さんは訪問者が彼の愛読している本の作者だと気付き、「おや」と言って寺院に招きいれ、私はまた微笑んだ。年配のお坊さんが訪問者が誰か気付く前に双林の若いお坊さんが「この方は台湾から来た大変有名な作家、三毛さんですよ」、と紹介した。 

 三毛はこの時、中国での三毛の名声は地に足が着いたものではなく、ただの「有名人の三毛」にすぎないことを知り、ふと暗然たる思いにかられた。 

 明らかに虚名なのだ。そして年配のお坊さんが一幅の書を揮毫してくれた。私もお返しにひとこと書いた。筆を持ち鄭(ジェン)板橋(バンチャオ)の筆法だと自称した。書き終えると年配のお坊さんは礼儀正しく合掌し、別れを告げた。 

 若いお坊さんは名残惜しそうに一緒に小さな建物まで見送りに着いてきた。考える間もなく階段を上るように促され、階上の角を曲がると三毛はあっと叫んだ。寒山寺の大きな鐘が目の前にあったのだ。 

 鐘を見て心の中で「これは偽物だ。本物の鐘はすでに日本に持っていかれてしまった」、と呟いた。 

 しかし、鐘は鐘。偽物も本物も関係ない。 

 若いお坊さんは三毛を鐘が吊るされている場所まで引っ張って行き「叩いて下さい」、と言った。 

 遠慮するつもりだったが、鐘には易占の八卦の記号が浮き彫りになっており、ちょうど槌の当たる場所には「三」のような「乾」と表す記号があるのが見てとれた。自分の名前が書いてある。せっかくの機会だったので、チャンスを逃さず、手を伸ばし、全身の力と気持ちを込めて鐘をついた。 

 ゴーン――余韻が消えそうだ 

 ゴーン――余韻が消える 

 ゴーン―― 

 鐘を三回叩いた。隣で聞いていた親戚や友人が口々に言った 

「もう一回鐘の音を聞きたいと思ったら×年×月×日の夕方に寒山寺の外に静かに座って待たなければならないよ。今日わけも分からずに鐘を叩いた音をよく味わっておきなさい」 

 下に降り、壁にもたれながら自分に尋ねた。これは夢ではないだろうか?! 両足の力が抜けて足元が頼りない。 

 線香のところまでふらふらと歩くと、明らかに禅宗の寺である。禅寺に線香が必要だろうか? 思わず笑いながら「線香は余計です」、と口に出した。 

 歩き出そうとした時、若いお坊さんがやってきて「性空法師様が禅房へいらしてくださいとおっしゃっています」、と知らせてくれた。さっきカメラで撮ったあの黒い袈裟を着ていた年配のお坊さんは方丈の性空法師だったのだ。 

 方丈が来た。掛け軸を一幅揮毫すると、若いお坊さんが前に進み出て巻いた。三毛の名が書かれたものを手に入れて立ち去った。 

 家に帰り、兄嫁が仕度した食事を食べた。 

 その後の蘇州での五日間は林黛玉になって泣き、笑い、風花雪月を賞でた。 

 蘇州の庭園に入り、笑いながら言った。 

「この庭園は写真とは違う。写真で見る中国の庭園は大したことないけど、実際に中まで入ってみると、ああ――」 

言葉を失った。 

 隣の人が「写真とどう違うの?」、と聞いた。 

 「風が足りなかったのよ!」、と言い返した。 

 この時そよ風が吹き、空いっぱいの杏の花がゆっくりと地面に舞い落ちた。みんが花びらの雨の中を歩こうとした時、三毛が手を伸ばし人々の行く手をさえぎって「動かないで、しばらく待って。林黛玉が花を弔うまで待って花を踏んで行って。林黛玉は今築山の後ろで泣いているの。あなたたちは聞こえないの?」、と呼びかけた。 

 このような五日間だった。 

 五日後、人々によく知られていない水路を遡る旅が始まった。 

 父方のまたいとこと同じ船に乗り、私は思った。 

「これは林黛玉と璉二お兄さんが船に乗って水路で家に帰る場面じゃないの?」 

この時またいとこは大変疲れていたため、横になったとたん鼾をかきはじめた。私は疲れた彼を見て、そっと船室のドアを開けた。 

 神経質な彼はすぐに気付いて声をあげた。 

「傍にいてよ、どこに行くの?」 

「外の月が綺麗だから見に行くの」、と囁くと、彼は疲れ切った声で「気を付けてね。水に落ちないように」、と声をかけた。 

 この夜は隋の煬帝が作った運河に沿って進んだ。その道中、彼女ははらはらと涙をこぼし続けた。水路が浙江省に近づいた時、彼は目を覚ました。既に夜が明けていた。彼が何か尋ねたが、彼女ははっきりと聞き取れず、突然寧波の方言で尋ねた。 

「なんですって?」 

水路を進むにつれて上海語から蘇州方言に、また蘇州方言から寧波方言に変わる。心の中にある故国の山河に移り変わりはすべて言葉の中にある。 

 杭州での二日間、記者に見つからないようにした。記者がホテルで三毛を探し回っていた時、三毛はもうこのホテルを離れ、十六番バスに乗っていた。 

 この時の三毛はもはや三毛ではなく、中国の十一億人の中の無残に踏みつけられる小さな草でしかなかった。 

 二日間の経験はとても貴重だった。 

 ただ血圧が低いため、上は七十、下は四十で立ちくらみのために六回も倒れた。私はついに「もうだめ。故郷に帰りましょう」と訴えた。 

 バスが寧波の町に入った時、故郷の人々は舟山(ジョウシャン)群島から迎えに来ていた。四時間も走ったが、バスで通るところは全て青信号だった。 

 港に着くと船長と海軍が迎えに来て舟山群島に行くためのフェリーを用意してくれた。迎えに来た同郷の友人に「一度も停まらずに走ってこられたのは何故か分かる?」、と聞かれて「気付かなかった。ずっと両岸の風景を見ていたから」、と答えると、その人は「あなたのために全部青信号にしたのよ」、と言う。私は顔色を曇らせた。 

「私を馬鹿にしているの。私はそんな人じゃない」 

その場は気まずい雰囲気に包まれた。 

 船は鴨蛋(ヤーダン)山の舟山群島の港に入った。船長が「御嬢さん、はるばる来てくれたあなたをあんなに多くの人が港で待っているよ。これが入港の汽笛だ――引っ張って」、と促した。 

 ボーッと音をたてた汽笛は複雑な喜びで満ちていた。まるで「帰ってきましたよ」、と言っているようだった。船が接岸すると、岸の上の波上場は黒山の人だかりであった。近い親戚はいないのに、といぶかっている私に彼が言った。 

「彼らは記者だ」 

私は故郷の誰に自分の心を届ければいいのかわからず、また涙ぐんだ。 

 波上場に降り立ち、人混みに向かって大声で叫んだ。 

竹(ジュー)青(チン)叔父さん、竹青おじさん、どーこーでーすーかー?」 

陳(チン)家の当主――ニー・ジューチンを一生懸命に探した。 

 沢山の人が押し寄せて名乗りをあげた。誰かれかまわず抱き合って泣いた。故郷を思う涙が親愛の情を込めた呼びかけの言葉を借りて人々の上に降り注いだ。 

 一人また一人と抱き合い涙を流した。竹青叔父さんが現れると私はついに竹青叔父さんの方で大声をあげて泣いた。 

「竹青叔父さん、三歳半の時あなたに抱っこされたことがある。今では私たち二人とも年老いて白髪になり残された人生でまた再会出来た。私に抱かせて」 

言い終わるとまた、激しく声をあげて泣いた。 

 そのあとの旅では私はぼんやりとし、夢の中にいるようだった。私はイタリア製のショートブーツで故郷の土をしっかりと踏み、自分に言った。 

「もちろん――夢じゃないでしょうね」 

 この時聞こえてきた話し声はみな同じ言葉を繰り返していた。 

「泣かないで、泣かないで。おかえり、おかえり。大丈夫、休んで。大丈夫、大丈夫……」 

 私の涙は止まることがなかった。 

 送迎の車が並び、華僑のホテルへ向かおうとする時、私がふと尋ねた。 

阿(アー)龍(ロン)叔母さんはどこにいますか? 故郷に唯一残っている年長者なの。訪ねたいわ」 

そこで車はターンして一軒の古い家へと近づいて行った。 

 まだ車が着く前に彼女の声が先に届いた。 

「阿龍叔母さん――平児(ピンアル)*1が帰ってきたよ――」 

叔母さんが誰なのかはっきり分からないうちに私は彼女を椅子に座らせ、記者が写真を撮るのを待たず、テレビ局のカメラマンが入ってくる前に、私は急いで膝をついて三回お辞儀をし、風のように立ち去って華僑のホテルに帰った。 

 これで町長を迎え、記者会見をする準備が出来た。 

 三日後定海市の郊外に戻った――小沙(シャオシャー)郷の陳家村に祖父の生家を訪ねた。 

 その日は沢山の人だかりで「小沙の娘さん、おかえりなさい」、という声に迎えられた。 

 三毛には新しい名前が出来た――「小沙の娘」だ。 

  村人が薪小屋を指して言う。 

「あなたのおじいさんはこの小屋で産まれた」 

急ぎ足で門口まで行ったが、扉には鍵がかかっていた。 

 気の窓から覗くと、中には薪が積まれてあり、私はこの時また涙を流した。 

 遠い親戚の叔母さんの部屋に入ると、お湯の入った洗面器と真新しいタオルを渡され心の中で化粧をしているのにと思ったが、このタオルには別の意味があると思い直し、迷わずに四十年の旅の垢を故郷の水で綺麗にさっぱり洗い流した。 

 水は温かったが、私はまた昏倒した。 

 十五分後、私は意識を取り戻し「もう大丈夫、先祖のお参りに行きましょう」、と言った。 

 四十年の間、開かれることのなかった租廟に着き姿勢を正して言った。 

「さあ、お参りしましょう」 

 村の人は既に先祖を祀る儀式の準備をしていたが、祭礼のやり方がわからなかった。四十年の時の流れの中で全ては失われていた。お香に火をつけたが香炉がなかったため、ブリキ缶を探してきた。これで十分だ。私はそれを見て、数本の線香を受け取り、人々をかきわけ「あの――道を開けてください」、と頼んだ。 

 後ろを振り返って空に向かい、大声で叫んだ。 

「まず天に感謝し、次に地へ感謝します。野次馬見物している人はちょっとどいて下さい。あなたたちは――邪魔しないで」 

 再び祭壇に向かい赤い敷物を見て私は跪き、線香を古い缶に差し込んだ。この時は泣くことなく、心の中で先祖に向かって語りかけた。 

「平児は女だから家系図には入れません。今日、海外から帰ってきた一族の一人として一族の皆様を代表して故郷に綿を飾るために帰って来たのは陳家の家系に入ることを許されない私です」 

 先祖を祀るため、ロウソクを立て、位牌に向かって平児は恭しく三回をつき、九回額を地につける礼――閩(ミン)南(ナン)地方の作法――を用いた。台湾育ちなので関亭朝で見たやり方だ。 

 参拝が終わると平児はまた昏倒し十五分後に起き上がって「もう大丈夫、お墓参りに行きましょう」、と言い数百人が一緒に山を登った。 

 大勢の人に手を引かれ背をおされて登ったため、雲に乗って昇っていくかのようだった。 

 祖父のお墓の前に来た。さっき雨が降っていたせいで地面はぬかるんでいた。まず風水を見ると、悪くはなかった。次に墓の基礎が安定しているか、水はけは良いかどうかを確認すると特に問題はなかった。そして祖父の名前が違っていないか墓碑を建立したのは誰か、また両側に彫刻された松、柏、草花を見てから「いいわ」、と頷き、ようやく線香を立てた。 

 お墓の前で私は声の限りに叫んだ。 

「ああ、ああ、魂よ、帰ってきてください――。平児が会いに来ました」 

この時は思いきり激しく泣き叫んだ。祖父のに抱かれる孫のように安心しきって旅の心と体の疲れを亡き祖父を募る愛の涙に変えた。 

 滂沱として涙を流していた時、赤い服を着た七、八歳の子どもが周囲の人々の中で大笑いしていた。脳裏に賀知章の詩の一節が浮かんだ。お国訛りはそのままだが髪は白くなった。子どもが笑いながら、旅のお方はどこから来たのかと尋ねる。子どもにとってはよその土地から自転車でやって来た人が、土まんじゅうの前で泣いているだけのことだ。理解できるはずもない。 

 子どもは手を叩いて笑っていたが、四十歳以上の人々は目を涙でいっぱいにし、泣いて言える人もいれば、涙を堪えている人もいた。 

 先祖を祀る儀式は終わった。父の昔からの秘書竹青叔父さんは赤い敷物のところまで行き、どんと膝をついた。目赤く泣きはらし、礼拝をし始めた。三毛もすぐに膝をつき、泥の中でまたお辞儀をしてお礼をした。 

 親戚、友人、同郷の人が次々と登ってきた。同族とは姓の異なる年長者には平児は泥の中で返礼し、同世代の人には返礼しなかった。故郷の人たちは涙を流しながら、墓に向かって言った。 

「叔父さん、当初私は貧しい家庭に生まれ、もしあなたが小学校を作って村の子どもたち全員に無料で勉強させてくれなかったら、私は今ごろ小学校の教師ではなく読み書きも出来なかったでしょう」 

数人が墓参りに来て、泣いた。陳家の人間は彼らを迎えた。これでようやく四十年間の空白を埋め合わせることが出来た。 

 礼を返し終わっても祖父の魂は帰らなかった。平児は少し意外に思った。 

 新しく作った墓に縋り付き、墓碑を叩いて呼びかけた。 

「おじい様、まだ来てくれないの。時間がないのよ、早く帰って来なければ間に合わないわ」 

帰って来た。ようやく帰って来て言葉を残してくれた。 

 平児は祖父の言葉を聞き、涙を拭いた。そして墓の土を掴みビニール袋に入れた。 

「これでいいわ、帰りましょう。山を降りましょう」 

 山道は滑るため、記者の中には転んだ人もいるし、斜面を転がり落ちた人もいる。小沙の娘だけは一歩一歩しっかりと歩いた。彼女が突然しゃがみこんだのを見てまた失神したのかと思ったが、立ち上がった時、手の中には白い花があった。赤い袋を開け、その花をそっといれた。まだ足りない。十歩足らず歩いてはしゃがみこんで落ち葉を、三枚拾った。 

 これでいい。立ち上がり、「故郷のあの井戸を忘れていけないわ、そこへ行きましょう」、と言った。 

 祖父の古い家の井戸はまだあった。 

 親戚は小沙の娘を大変可愛がり、台湾の女性は弱いと思い込み、鉛製の桶で水を汲んで彼女に渡そうとした。 

「汲まないで。自分でやりたいの」、と言うと、故郷の人は「あなたに水が汲めるの?」、と尋ねた。小沙の娘は「見損なわないでよ」、と答えた。 

 そこで入っていた水を捨て、桶を再び井戸の中に入れると、自分の影が水面に映った。ごとんと音がし、縄を引っ張ると桶には水がいっぱい入っていた。 

 水を瓶に入れた。道中沢山のカーブがあり車が揺れるので、故郷の水をこぼしてしまわないか心配だった。濾過前の濁っている井戸の水をガラスのコップに入れた。兄さんが「飲まないで。不潔だから」、と制止したにもかかわらず、一気に飲んでしまった。 

 あちこちを見回し、屋根のてっぺんにある鉄の服にかかっているものを指さし「あの古くてぼろぼろの籠はまだ使っている?」、と聞くと親戚の叔母さんが「籠の中は干し野菜だよ。干し野菜が欲しいの?」、と聞くので「野菜は結構です。籠を私にください」、と答えた。 

 叔母さんは籠を拭き、平児に渡した。 

 井戸の水も飲んだし、籠ももらったのにホテルに帰っても安心できなかった。缶の中の土を出し、瓶の水に混ぜ、こっそり飲んで心の中で自分に言い聞かせた。 

「これで病気にはならないだろう。どこへ行っても水にあたることはないわ」 

 二日後、三毛は故郷を離れた。 

 降りはじめた小雨が小沙の娘を見送った。ちょうど雨風が春の帰省を送るように。 

 私は涙を流しながらバスに乗り、何度も振り返って「私の籠をしっかり持っていて!」、と言った。干し野菜は陳家で当時、飯を盛っていた古い茶碗にかわっていた。 

 船に乗り、ホテルの外側に広がる綺麗なアヘンの花畑を見ながら自分に言った。 

「今だわ」 

白のハンカチを用意し、もう一度竹青叔父さんを抱いてから手を放して乗った。 

 汽笛が鳴った。周りを気にすることもせず、泣きながら船の欄軒に身体をあずけて「これでもう心残りはないわ」、と独り言をもらした。 

 残りの人生に―― 

 悔いは――ない。 

 そうだ。雨風は春を送り、春になって家の主も去った。紅楼夢に登場する「元・迎・探・惜」*2の四姉妹の他に、もう一人の妹、「在春」が加わった。 

 帰ろう、帰ろう。これでいい。もうこれ以上、騒ぐことはない。 

 

訳注 

*1平児 

三毛の本名懋平の愛称 

*2元・迎・探・惜  

紅楼夢には元春、迎春、探春、惜春の四姉妹が登場する。ここでは「在春」というもう一人の娘が表れたと言っている。 

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三毛の中南米紀行 -20-

<修正前>

恋人 

アルゼンチン紀行 

 

 

私たちを乗せたバスは朝の間ずっと大平原を走り続け、ようやくハンドルを切って古木の立ち並ぶ大きな並木道に入った。 

 入口には柵もなく、人がいた気配もない。 

 一本の古木に小さな木札が打ちつけられており、そこには「夢路牧場」と書かれていた。 

まばゆい夏空のもとに広がる草原に、おもちゃのような牛やアルパカが散らばって、地平線の果てには、何軒かの砂色に霞む小屋が青い煙を立ち上らせている。林のあたりには手綱の付いていない駿馬が群れをなし、一匹の黒い犬が嬉しそうに草原を走り回っている。牧場を横切って流れる小さな川はこの夢の土地に結ばれたリボンのようだ。 

 道の突き当たりに砂埃が舞い上がり、数頭の駿馬がこちらに向かってまっしぐらに駆けてきた。 

 乗客は騒然とし、皆窓から体を乗りだし手を振った。長旅の疲れが一瞬消え去った。 

 私の窓にもいつのまにか馬に乗った人が来ていた。馬の筋肉は眩しいほどの美しさだ。 

 牧場の名前は目の前の景色のように、甘く非現実的である。このような楽園がこの世に他にあるだろうか? 

 牧場に入っても、私にはまだ信じられなかった。正真正銘の「ガウチョ」*1を目の当たりにしながら、彼らが私と同じ人間だとはどうしても思えなかった。 

 ひと時の間に、私の心は巨大な柔らかい喜びに包まれ、私は再び命が美しいものであることを確信した。 

 他の人は急いでバスを降りたが、私は両手で頬杖をついたまま、動くことができない。ふとした瞬間に涙を流してしまわないかと心配した。 

 ずっと夢見てきた日に、まさにここで出会えたのではないだろうか? 

 馬の背に乗っている一人が私を注意深く見た。木陰にいても燃えるように鋭い眼差しだ。 

 「降りてください まだ寝ているんですか お姉さん!」 

ガイドが草原から叫んだ。 

 私の姿は外国人から見たら確かにカーゴパンツにおさげの娘だが、私が何を考えているかなんて誰も知る由もない。 

 服を整え、最後に降りた。あの馬に乗った人が手綱を引き、腰を曲げて私を支えようとしたが、私の手は彼の手から滑り落ちた。私は彼に微笑みかけた。 

 四ヶ月の長期旅行の中で、ツアーの一日観光に参加するのはこれが初めてだ。 

 アルゼンチンでは牧場だけを目当てにしていた。個人的な人脈もなかったので、仕方なく旅行会社に予定を組んでもらったが、絶対に乗馬できる場所にして、と言った。 

 チケットを買う時、私は何度も尋ねた。行動が制限を受けるのか、もしどうしてもガイドについて行かなくてはならないのなら私は参加しない、と。 

 「昼食をとる時に戻ってきてくれさえすれば結構です、その他はショーが見たくなければそれでもいいですし、自由にしていいですよ!」 

 ガイドの女性は、私が降車するのを見るとすぐにもう一度確認してくれた。態度がとても穏やかで気持ちが良い。 

 バスを降りると、 早速「ガウチョ」の集団がギターを弾き、ビーフステーキとラム肉、ソーセージを置いた炭焼き台がいくつも並ぶあたりで声高く草原の歌を歌いだした。 

 遠くの林にはきちんと鞍をつけた駿馬の群れがいた。正午の陽光に灼熱の暑さではなく、木の葉を通した日の光が銅貨のような影を落として、静かに草を食んでいる馬の背に降り注いでいる。 

ミシャを含め周りの大勢のツアー客は、ほぼ全員が冷たい葡萄酒とレモンジュースを飲むために草ぶきの掘っ立て小屋に入って行った。 

 私は急いで馬に乗ろうとはせず、「ガウチョ」たちの服装を注意深く、瞬きもせずに見ていた。 

 「ガウチョ」はアルゼンチンの草原に住む特別な人々だ。この言葉の意味はもともと「父なき子」であった。 

 一五八〇年、スペイン人アリアスが南米アルゼンチンの三百万平方キロメートルの土地に牛の群れを連れてきた。 

 当時、群れを管理することが難しかったため、牛たちはあちこちに散らばり、ついには何万頭もの野牛となった。 

 そのころ、「ガウチョ」という一ヶ所に定住しない人々が、野牛の群れを追って生活を始めた。放牧せず、土地にとどまることもなく、常に水と草を追いながら生きる。彼らの生活スタイルは変化し、現在は大牧場でのカウボーイスタイルになった。 

 「ガウチョ」たちは現在まで、伝統的な黒い上着と同色の裾を絞った七分丈のズボンを身に着け、腰には銀貨の付いた豪華なベルトを締め、牛皮のブーツを履き、背中には肘くらいまでの長さの銀の剣を挿している。また、右腕に巻いたロープ、中折れ帽、そして首に巻いたスカーフも彼らのトレードマークだ。 

 厚手の布に一つ穴を開けただけの、頭からかぶって着る「ポンチョ」は冬の上着であり、凍てつく原野に置けば寝るときの毛布にもなる。 

 これらの物以外に、大草原の中生きる彼らにとって必要なのは、一匹の駿馬、そして一本のギターだけだろう。 

 昔、ガウチョには家庭というものがなく、一人の女性とだけ交際することもなく、至る所に恋人を作ったため多くの父親のいない子どもが生まれた。 

 私は大きなグラスで二杯、赤紫の良い酒を飲み、ミシャに馬に乗るかと尋ねた。 

 「日が照りすぎているし、明日馬に乗ったらまた筋肉痛になるよ!」 

 「とにかくまずは楽しみましょ! 筋肉痛にならないかわりに楽しくもない、そうでしょう?」 

 「行かない!」 

 「じゃあ私は行くわ! 後で馬と私の写真を撮りに来てね!」 

 私は人混みを離れ、馬の方へ走って行った。 

 静かな草原で自分の足音も聞こえない。馬たちは私を見ると微かにざわめいた。 

 「怖がらないで、いい子、ほら、来て――」 

私はそっと近づき、一匹の褐色の馬に低く呼びかけた。 

 「怖くない、怖くない、いい子ね!」 

手でそっとと鼻先を撫でてみたが、馬は動かなかった。 

両手で抱き寄せキスすると、馬は私に寄り添い気持ちよさそうにしていた。大きな瞳がチラチラと私を見た。 

 「遊びに行きましょう。私を連れてって。いい?」 

 馬は何も言わなかったが、より私に近寄ってきた。私は馬に結ばれていた手綱を外し、鉄の手すりに上り、鞍をつかんでさっと跨った。 

 「走れ! いい子ね!」 

ぽんぽんと馬を叩き、私たちは陽光の下、軽やかに走り出した。 

 その馬が何歳かは分からなかったが、恐らく馬には天気が暑すぎたのだろう。激しくは走らず、最後にはとうとう青く広がる大空の下をゆっくりと散歩した。 

 馬を無理に速く走らせようとはせず、私は背筋をまっすぐ伸ばして、草原のそよ風に吹かれた。心は、空へと舞い上がっていった。 

辺りには何もなく、大鷹が雲のない天空を旋回している。 

その人がすごい勢いで馬を走らせやってきた時、草原には軽い砂煙が上がった。彼のスカーフがひらひらと白い鳥が舞うようになびき、遠くから馬の蹄の音が聞こえ、まっすぐ私を追いかけてきた。 

 バスを降りた時に私をじっと見ていたあの「ガウチョ」ではないか。私は顔を背け彼を見ないようにした。 

その大きな馬は私を追い抜きざまに、高く上げた手に持った鞭を振るい、私の後ろ側を打った、力を込めて一回。 

 彼は私の馬に鞭を入れたのだ。 

 馬は鞭打たれて嘶き、私が手綱を強く引くと馬は立ち上がり、私も叫んだ。 

前方の人は私の叫び声を聞くと、手綱を絞り、私が落馬していないのを見ると、体の向きを変え、また走った。私の馬は狂ったようにそれを追いかけた。 

追いかける馬はどうやっても止められない。馬が奔走するのに任せ、いつ自分が振り落されるかも分からなかった。 

前方の馬が林に走り込んでいく。私は低く垂れた枝が接近してくるのを見て、姿勢を低くして馬の首にしがみついた。 

 「いや――助けて――」 

 その人は私が突っ込んでいこうとする場所に馬を止め、手を伸ばして私の手綱を引いた。馬はようやく立ち止まり、ハアハアと息をしながら蹄を踏んでいる。 

 「私、馬に乗れないのに、なぜこんな悪ふざけを?」 

 恐怖で全身が震え、泣きそうになりながら叫んだ。 

ガウチョが手綱を絞りやってきた、ハンカチを手渡してきたがパンと叩いて押しのけた。馬の背から滑り降り、木に抱きついてしばらくの間咳が止まらなかった。 

 「悪かった!」 

 「わざとやったのでしょう! どこかへ行って! 早くどこかへ行ってってば!」 

彼はしばらく私を凝視し、顔に小さな笑みを浮かべ、何も言わなかった。抵抗する私を引っ張り上げ、誰も乗っていない馬の上に放り投げて彼は悠然と林から出て行った。一度も振り返らなかった。 

 

昼食をとっている時、私は長いテーブルの一番端に座った。ガウチョたちはギターを弾き始め、雰囲気は非常に賑やかで、美味しい葡萄酒が大きな壺で運び込まれた。牧場の宴会では血をしたたらせたままビーフステーキが大皿にのり、豪快に食卓に置かれている。 

 「今日の一曲目のアルゼンチン民謡は、我々のガウチョの一人が特別に中国の女性に捧げるものです。心を込めて彼女をお迎えします――」 

 ギター奏者がそう言うのを聞いたが、顔も上げなかった。彼が誰のことを指さしたのか分からなかったが、周りから拍手が起こった。 

 「中国人の女性、あなたの事だわ!」 

ガイドのシルヴァインが私を指して大声で言った。 

私はナイフとフォークを置いて立ち上がり、両手を挙げてそれに応えたが、そのバラードは空虚な草原を漂って行き、誰が贈ったものかは分からなかった。 

 遠くの大木の下に小さな四角いテーブルがあり、特別に白いテーブルクロスがかかっていた。椅子が一つ、人が来るのを待っていた。ツアー客の椅子ではない。 

 あの私の馬を鞭打った人が、人々の目を盗んでその離れたテーブル席に座った。バーベキューを任されている給仕がすぐに一人前の酒とステーキを出した。 

 私がその人をちらりと見ると、遠くで彼が私の方を向いて、こっそりとグラスを挙げた。二人にしか分からないくらいに僅かに。 

 この長い昼食の間、二度と彼を見ようとはしなかった。 

 だが、彼は非常に自信ありげだった。 

 

 馬術のショーが賑やかに草原で開催され、会場いっぱいに疾走する馬が鞍をつけていない馬たちを引き寄せた。どこからあんなに沢山の猟犬がやってきたのか分からないが、この騒ぎに乗じて吠えた。 

 私は木箱に座り、観衆から遠く離れていた。後ろには何十本もの巨大なユーカリの樹がひっそりと木陰を落とす。 

 あの特に豪華な装飾をされた馬はパフォーマンスをしていない。 

 私はこっそり振り返り、彼が馬に乗っているのをまた見た。林の影の深い所に立ち、私をじっと見つめている。 

 私たちは長い間お互いを見つめあったが、どちらも動こうとはしない。 

 彼は軽く馬を鞭打ち、私の側まで来た。 

 馬が一歩動けば私を踏みつけそうな位置まで来ると、私は立ち上がって木の幹に寄り掛かり彼を睨んだ。 

 周囲の喧騒が突然やんで、林は静まり、風がさわさわと吹く音だけが聞こえた。 

 「上ってきな 

彼はそっと言った。 

私は一瞬躊躇した。また彼の眼差しに触れてしまった。 

私は何も言わず、木箱を立たせ、その上に立った。自分からは動きもせず、また彼に求めもしなかった。 

彼は腰を曲げて引っ張り上げ、私を彼の馬の背に乗せた。 

彼はその勢いに乗じて私の髪にキスをして、言った。 

 「私に掴まって 

 私は素直に従った。 

 馬は小走りで走り、林を迂回し、ゆっくりとショーを見ている人々から離れていった。 

 「牧場は好きかい?」 

 「大好きよ!」 

私はため息をついた。 

 「ガウチョたちは好きかい?」 

 「あなたは本物のガウチョなの?」 

 「もちろんだよ、お嬢ちゃん。生まれてこのかただ!」 

 「私お嬢ちゃんではないけど」 

 その人は手綱を絞り、身をよじって私の手を握り静かに私を見た。深く深く私の瞳の中を覗き込んだ。 

 「君のような女性は、馬と話している姿からして生まれつきの『ガウチャ』だ。お嬢ちゃん、ずっと君を見ていた!」 

 「ガウチャなんて、牧場の男はガウチョだけど、女はそうは言わないでしょう」 

私は笑い出した。 

 「どこでスペイン語を勉強した? 

 「マドリード」 

 「君は私たちのようなアルゼンチンの田舎者が自分の奥さんをなんて呼ぶか知っているかい?」 

 「China」 

私はそう答えてから、ボリビアの悪魔たちの奥さんもこの呼び方だったのを思い出して、こらえ切れずに笑った。 

 「君はChinaになりたいか?」 

 「元から中国の女でしょう!」 

 彼の言葉遊びにそれ以上つきあう気はなかった。 

 「牛を見に連れて行って」 

ポンポンと馬を叩いて、小走りさせた。 

 「君をある場所に連れて行ってあげよう――」 

 「林にはいかないわよ」 

 「違う――」 

 その人は馬を走らせ、何も話さなくなった。 

 川辺に着いたが彼は歩みを止めず、密生した柳の樹の大きな林を抜け、さらに滔々と水が流れる川を渡った。 

 週一回、ツアー団体がくるたびに、彼の馬の背には毎回違う国の女性が乗っているのだろうか? 

 自分は誰かのコレクションに数えられているだけなのだろうと思うと、すぐに馬を下りて歩いて帰るのも厭わない気持ちになり、自分の軽はずみな行動を急に後悔した。 

 「この場所は普段誰も来ない。牧場の人さえ通らないところだ」 

 またしばらく馬を走らせると、ヴィクトリア時代の巨人のように大きな家が寂しげな草原の上に現れた。 

 彼はその家から遠く離れた場所に馬を停めた。 

 その建物はこの世に姿を現した夢と言わざるを得ない。静かに地平線の上に立ち、四方の鎧戸は閉ざされ、午後の日の光の下、硬直した孤独を漂わせている。 

 「気に入った?」 

 「すごく好き。とても好きだわ」 

 私はもう少しで泣きそうになった、これは、私の日常では見ることのできない幸福だ 

 「近くに見に行こう」 

彼はゆっくりと馬を進めた。 

 この人とは偶然に出会ったばかりだが、彼は私を知っている。私の心が何を欲しているのかを知っている。 

 「週一回ツアーが来たら、あなたは毎回このプログラムを付けているの?」 

私は尋ねた。 

彼は馬を停め、身をひねり、にっこりとほほ笑んだ。 

 「お嬢ちゃん、君だけだよ、なぜ自分をそんなに軽くみているんだね?」 

 「この家は誰の?」 

 「牧場の主人。この千ヘクタールの土地と牛とアルパカも持っている。私たちは観光に頼って生活しているのではない――」 

 「牧場の主人って誰なの?」 

 「ジャモラさん 

 「この家に住んでないの?」 

 「奥さんが死に、子どもは出て行って、彼はどこに住んでもいいのさ。家は、必要ない」 

 「じゃあいっそ、どこかへ行ってしまえば? 何も持たずに」 

 「牧場が彼の命だ、分かるか?」 

 分からないわけがないじゃない! ガウチョが草原を失えば、それはガウチョといえるのかしら? ガウチョが馬に乗らなければ、まさか街でバスに乗るんじゃないでしょうね! 

 彼らは特殊な人々だ。馬や牛の群れ、大空から離れたら生きてはいけないでしょう! 

 「この牧場には、沢山のツアー団体が訪れる。彼らが見るのは、あのショーだけだ。この土地の愛と感動に気が付くのは何人もいない――」 

 「私は――」 

 「君は違う。だから馬に乗せたんだ、まだ分からないか?」 

 私は黙って、彼の背中にもたれた。馬は私を乗せて段々とあの家に近づいていった。 

 「ガウチョは楽しいものだ。他人は荒野での生活は苦しい物だと思うだろうけれども」 

 「私は好きよ」 

 「君が好きなのは知っているよ。ここに住んで、三、四年もすれば離れられなくなる。降りて!」 

彼は馬を下り、私を地に下ろした。 

 「家を見に行く?」 
私は少し驚いた。 

 その人は何も言わず、鍵をとり出した。 

 「どうして鍵をもっているの? 私は入らない 

 「見たくはないの?」 

彼は淡々と聞いた。 

 「ご主人がいないから」 

私は固辞した。 

 「それでもいいさ!」 

彼は内心は面白くなかっただろうが、顔には出さなかった。 

 「何を見たい?」 

 「牛の群れ」 

 「遠いよ」 

 「かまわない 

 彼は軽く馬に鞭を振るうと、私を乗せて地平線をめがけて走り始めた。 

 途中、私たちは何も話さなかった。 

 「疲れた、私を下ろして!」 

牛を見た時にはバーベキューをしていたところからどれだけ離れているのかもう分からなかった。 

 「あそこに、まっすぐな棒が立っているだろう。井戸があるから、そこで水を飲めば疲れもとれる。ここで待っているよ」 

 そういうと彼は馬を下り、鐙をしっかりと踏めるように高さを調整してくれた。 

 「私が一人で乗るの?」 

「やってごらん。怖がらないで。好きになると思うよ」 

 彼が軽く馬を打つと、私は血のように赤い陽光に照らされた夕暮れの草原を走り出した。 

 これは彼が女性を誘惑するときに使う手だ。絶対に騙されてはいけない。中には騙される女もいるだろうが、私は完全に見抜いている。 

 傾いた太陽にはどうしても追いつかない。私は馬を大声で急き立て、水も飲まず、思う存分荒野を駆け廻った。 

 夢路牧場、あなたはあなた、私は私、お互いに関わらない。私が落馬してこの地に倒れない限り、私の静かな心をかき乱さないで。 

 馬は走るのに疲れ、後を振り返って彼の主人を探している。雲ひとつない大空の下、蹄の音だけがずっしりと重く鳴り響いた。 

 遠く離れても彼の眼差しはロープのように少しずつ私を引っ張り戻す。 

 私の髪は乱れ、馬の背にもたれたまま動くことができない。 

 「ほら――」 

彼が腕を伸ばした。 

 「うまく乗れたじゃないか。怖かったか?」 

私を地上に下ろす。 

 首を横に振り、草地に倒れ込んで何も言わなかった。 

 「お嬢ちゃん、またここへ帰ってくるか?」 

後ろで私に尋ねる声がする。 

 私は首を横に振った。 

 「ここの生活は君に合っている。ここで馬上のガウチャになりなよ!」 

私の髪を優しく手で整え、ひもで髪を結った。 

 私はまた首を振る。 

 「私と一緒に、牧場で暮らす。どうだ?」 

 「あなたは私の事を知らない」 

 「良いガウチャになるだろうということは知っているよ。考えてみてくれ。な?」 

 考えることなどできない。このカウボーイは頭がおかしくなっている。 

 「帰りましょう!」、私は言った。 

 彼は先に私を抱えて馬に乗せ、乗りかけた時に、私の髪の生え際にまたキスをした。 

「ブエノス・アイレスの宿はどこ?」 

「フロリダの家。とても小さなホテルよ」 

「いつ帰る?」 

「五日後にウルグアイに行く」 

「明日の夜七時に迎えに行く、車でドライブしないか?」 

 私は少し躊躇し、言った。 

「いいわよ」 

「五日あれば君を留まらせられる――」 

「ここに留まらせてどうするの?」 

「牧場は君のものだ」 

この人は狂っている、そうじゃなかったら何なのだ? 

私は何も言わず、彼が連れていってくれるのに任せた。両手を彼の腰に回し、来たときの人混みの中に帰ってきた。 

 

 「失踪者が帰ってきました! 誘拐されてしまったのかと思いましたよ!」 

 ガイドが叫びながら走ってきた。私はあの人の背中にもたれ黙っていた。 

 「もう一周してからろそう。いいだろう?」 

その人は私に聞いた。 

 私がこくんと頷くと、彼は強く馬を打ち、口笛を吹いた、そして手綱を強く引と馬は真っ直ぐに立ち上がった。一度ではなく、もう一度綱を引き、そしてそれでも足りずに、また綱を引いた。馬が激しく嘶き、群衆も驚いて後ろに下がった。 

 その後、彼は体を低くして、私に言った。 

「しっかり掴まっていろ。走るぞ!」 

 牧場の人影が遠くなり、馬の背の上でびゅうびゅうという風の音だけを聞きながら両手でしっかりと掴まっていた。彼は狂ったように走りながら、大声で叫んでいた。この午後に起こったことの答えを、飛ぶように走る馬の蹄で叩き出そうとしているようだった。 

 「俺のことが好きか?」 

彼が聞いた。彼が風の中、吼えるような声で聞いた。 

 「好きじゃない――」 

私は叫んだ。 

 彼はまた鞭を振るい、私は悲鳴をあげ続けた 

 一世紀の長さに思われたこの時間、私はずっと彼にしがみついていた。 

 ツアーバスの近くに戻り、彼はやっと馬の走りを緩めた。私は彼に「降りてもいい?」、と聞いた。 

 彼は馬から飛び降りると、手を伸ばし私を引っ張り、大勢が見ている前で私をきつく抱きしめて放そうとしない。 

「明日ホテルで私を待っていてくれるか?」 

「本気で言っているの?」 

 「君は本気じゃないのか?」 

 私は彼を見て、もう一度ゆっくりと言った。 

「あなたは私が何者かすら知らない。冗談はやめて」 

もし私が本気なら、彼はどうするというのだろう? 彼ははじめから拒まれることを知っている。 

 「愛しているのはこの生活とこの土地だわ、あなたではない」 

 「知っているよ。私を誰だと思っている?」 

彼はそう囁いて私を抱いていた腕を離した。 

 「あなたがジャモラ。この牧場の主人。浮わついた嘘つきよ」 

 私が彼の名前を言うと彼は少し驚いた表情を浮かべ、首をすくめて苦笑した。 

 「というよりはむしろ寂しい爺さんだよ!」 

 「年齢は問題じゃない。もしここに残りたければ、私は残るわ」 

私は苛立ち、言い放った。 

彼は何も言わず、馬をひいてとぼとぼと立ち去った。 

ガイドのシルヴァインがいつの間にか近づいてきた。その後ろ姿を眺めると、「ジャモラさん、今日は変になってしまったみたいです。普段は全くツアー客をかまったりはしないんですよ。孤独なガウチョなんです!」、と言った。 

私は驚いて彼女を見た。 

「本当ですよ。あなたには特別です。お昼時ですら私たちの側にテーブルを置いていました。あなたの近くにいたかったから――」 

「いつもそんなことを――」 

「いつもですって? 何度もここに来ましたが、彼は見に来てもすぐに帰ります。誰かを馬に乗せたことがあるなんて思っていたんですか?」 

私はこれを聞くとすぐ彼を追いかけた。その時、彼は眼鏡をかけていて急に老けて見えた。 

 「あなたにさよならを言いに来たわ!」 

 「私とまた少し散歩するか?」 

 「そうね――」 

 「次に君が帰ってくるとき、私は生きているか分からないな」 

 「人は永遠に生きるものよ。そんな風に言わないで」 

 そういうと堪えきれずに彼の頬に軽くキスをした。 

 「なんという名だ? これから何かあるたびに心の中で君の名を呼ぼう」 

 このガウチョは本当にどうかしている。しかし責める気持ちは少し起こらない。 

 「私はChina!」 

 

 バスが走り始めた。ガウチョたちが馬に乗って見送り、ゆっくりと牧場を出ていくバスに、手を振り走りながらついてくる。 

 その時、ジャモラさんはやはり馬の上だった。 

 彼の背後に黄昏時の草原が無限に広がり、その昂然と胸を張った力強い身体は西に沈む夕日の光芒の中で動かない一つの点になった。 
 

 

訳注 

*1 ガウチョ  

Gaucho。アルゼンチンに住む牧畜に従事する遊牧民 

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三毛の中南米紀行 -19-

<修正前>


チリの五日間 

チリ紀行 

 

 

 チリの税関を出たが、旅客サービスセンターのカウンターが見つからなかったので、私は少し待ち、税関のスタッフが手すきになったのを見はからって、彼に場所を訊ねた。 

 「聞かないで。私はその係じゃない」 

 不愛想な答えにまず、厚かましくまた聞いた。「何処にあるのか教えてもらえませんか? 

 「外! 

 外の左か右か彼は教えてくれなかったが、私はお礼を言って出てきた。 

 多くのタクシーが呼び込みをしており、持ってきたガイドブックの幾つかのホテルの住所を運転手に聞くと、その中のある人が面倒臭そうに言った。 

「旅客サービスセンターに行けばいだろ! たちはガイドじゃないんだ 

 私はお礼を言い、旅客サービスセンターに急いだ 

 太陽は既に西に傾き、カウンター内の女性スタッフの席丁度西日に照らされ、彼女はげんなりとした表情をしていた。 

 「ホテルのリストを見せてもらってもいですか? 

 それは彼女の腕の下に敷かれていた。彼女がわずかに腕をずらして見せた数行ほどに目を走らせると、全て一日ドル以上だった。 

 「もっと安いところはありますか? 

 腕をまた下にずらし、六十ドル以上のリストが見えた。 

 「一日四十ドルまでなら払えます 

 彼女は私をいわくありげにちらりと見て、の紙をこちら側に投げてよこしたが、やはり一言も話さなかった。 

 「両替は何処で出来ますか?、と更に聞いた。 

 「閉まりました 

 「市内に行くバスはありますか? 

 「両替しないでどうやってバスに乗るのですか 

 「もしかったら── 

 「出来ません 

 最後まで聞かず、間髪入れずに出来ないと言われたので、それ以上いやな気分にならないうちにお礼を言って離れた。 

 ここ、チリの首都サンチアゴは、コスタリカの空港とは違って他人に小銭を恵んでもらうことは出来ない。ここは違う感じがする。何も得られないことが感覚的に分かる。 

 ペルーに着いたのは深夜四時だった。現地のお金持っておらず、ホテルもかったが、バスの運転手が親切にサービスしてくれ、私たちを泊まところまで送ってからやっと帰った。あの気遣いを思い出すと心から感謝の気持ちこみ上げてくる。 

 旅程が何月も伸びたため、体力も段々続かなくなり、空を飛ぶに必ずくらくらして吐いてしまう。飛行機を降りる時には疲れていて、早く寝て休みたいのだ。 

 バスがないなら、タクシーに乗れば良い三十八ドルのホテルを選んだ。これが最も安かった。 

 車に乗って、運転手に怒っていたわけではないのに、彼は先にけしかけてきた。 

 「あんたの国の人間はチリにどんどん増えている」 

 「そうですか、知りませんでした 

 「とてもケチなんだ」 

 「中国人は勤勉で苦労を厭わず頑張る、穏やかな民族です。私たちは社会に迷惑をかけるようなことはしません 

私はゆっくりとったが、運転手に対して好感を持てなかった。 

 「金のことばかりだ。あんなに稼いでどうするんだ。人生を楽むことを知らない 

 「それはあなたの見方にすぎませんよ 

私はもう何も言いたくなくなり、また中国人の悪口を言うことないように、ホテルに着いたらこの偏見に満ちた運転手にチップを多くあげようと考えていた。 

 ホテルは行き止まりの一本にあり、車入れなかったので、私が先に降りて、空き部屋があるかどうか見に行った。さっさと行ってきたかったので旅行小切手や現金ドル、パスポートと航空券が全て入っているミシャに預けた 

 「ちゃんと持っていてね! 先に降りるから! 

私は言い終わるとすぐに出て行った。 

 数歩走ったところで、振り返るとなんとミシャも下車しているのが見えた。私の後ろに手ぶらでついてきていたのだ。 

 「ミシャ── 

私は驚き、すぐにあのタクシーのほうを見た 

 まだエンジンがかかったままだった車は、なんとゆっくりと動き出していた。 

 一車線しかない車道なので、すぐには走り出せない。しかし車の半分は既に車道に乗り出していた。 

 私は叫ぶより前に、身をひるがえし追いかた。運転手はちらりと私を見たが、まだ車道に出ようとしている。私は彼の肩を叩いた。 

 「何をしているんですか? 

はきっと真っ青な顔をしていただろう。 

 彼は無表情で、逃げられないと分かると車を停めた。 

 「私たちはここで降ります! トランクを開けてください 

 ミシャも追い付いて、二人で荷物を降ろした。運転手は傍で冷やかに見ていた。 

タクシー代十三ドルチップも合わせて十六ドル渡すので、確かめてください 

私の声も喉につっかえるように硬かった 

 「誰が言ったんだ。二十五ドルだ 

なんと彼は恥ずかしげもなく上乗せしてきた 

 「乗車する時確かめましたよね 

 「誰がそれでいいと言った? 二十五ドルだ! 

 をちらりと見て、私は思い切った行動に出た。荷物を持ち、ホテルに向かった。ドルも払わなかった。 

 彼はホテルの中までずっとついてきたが、私は相手にせず、部屋をとり、フロントに言った。 

「私の代わりに運転手さんに正当な料金を払ってください。あとで両替して返します 

 運転手は私を止められず、ただぶつぶつと文句を言っていた。 

 チリに初めて着いていきなりこんな目にあったのはもちろん自分が不注意だったせいもあるが、空港で受けた不当な扱いにモヤモヤした時の気持ちも引きずっていた 

 荷物をちゃんと降ろした時には、もう夜になっており、ホテルで少し両替をしてミシャを連れ、街に食事をするを探しに行った。 

 市の中心にある非常に賑わっているレストランでようやく空席を見つけた。食べ終わる頃、三人の子どもを連れた父母が私たちのテーブルの傍で待っていた。 

 私は待っているの大変だろうと思い、既にテーブルに置いてあった伝票を手に取って立ち上がり、席を譲った。 

 この時、会計係の女性が何処からともなく現れ、大声でわめいた。 

どうして