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GO! ララ、GO! (27)

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二十七 死中に活を求める

 出張を終えたハワードが上海に戻ると、アシスタントがさっそく分厚い書類の束を抱えてやってきた。全て彼のサインを待っていた清算書類である。ハワードは威海営業所の書類に目を止め、顔をしかめた。威海営業所の前四半期の売上は全国最下位、ろくな商売もできないのに事務費用は一人前に請求してくる。この営業所はハワードの悩みの種になっていた。威海営業所以外にも、他にも多くの営業所がノルマの達成度を考慮することなく経費を使って本部に請求してくる。必要経費を出すのはやぶさかではないが、せめてそれに見合う利益を出してくれ。利益の出ない営業所は閉めたほうがましだ。

 ハワードはピーターとレスターを呼び、営業所の統廃合について話し合うことにした。ハワードの現状説明によると、DBは中国内に三十か所近い営業所を有している。最も規模が小さい営業所はスタッフ十人程度で当該地域の業務をカバーしている。オフィスを使用するスタッフの大多数はファーストラインの営業マンであり、彼らは毎日ほとんど外回りをしていて、取引先が営業所を訪ねてくることもほぼない。オフィスは週一回の定例会議を開くだけの場所となっているが、会議だけなら社外の会場を借りることも可能だ。我が社では何かと言えばすぐに営業所を設置するが、その必要はあるだろうか。

 ピーターは生まれながらの経理マンである。どの部門が経費を請求しても彼は自らの肉を削がれるような反応を示す。たとえ明らかに必要経費だと分かっていても、さらに彼の手中に潤沢な予算があったとしても、あるいは会社のポリシーに合致していても、彼はきまって各種の分析レポートを提出させる。だが提出させたレポートをすぐに見ようともせず、良いと悪いとも言わないどころか、さらにあれこれと質問し、最後にはより詳細に分析したレポートを出すように要求するのが常であった。彼の要求を満たすレポートを作成するのは財務の素人にとっては極めて苦痛な作業である。様々な専門的な分析を行い、非の打ち所がない段階になってようやく経費が下りる。これにはゆうに三か月を要する。ピーターからあっさり金がもらえるなんて思わない方がいい。彼は偶然にもユダヤ人の末裔だったので、裏では社員たちから「ゴリオ」と呼ばれていた。あだ名の由来はバルザックが描いた「ゴリオ爺さん」、つまり守銭奴という意味だ。誰かがゴリオにcost saving(支出削減)の話をすれば、彼はたちまち目を輝かせ満面の笑顔で、両手どころかできることなら両足まで挙げて賛成しようとする。まことに愛すべき守銭奴である。

 もし一部の営業所をクローズできれば、少なくとも家賃、水道光熱費、不動産関連費用などをまるまる節約でき、パソコン、コピー機、プリンター、オフィス家具、什器設備など一連の固定資産も不要となる。また、スタッフ全員がHOME BASE(自宅兼オフィス)勤務となれば、受付事務員を残しておく必要もなく、その分の人件費を営業チームにまわすことができる。ピーターは話を聞いただけでワクワクした。経費節減が可能だ! 彼は一も二もなくハワードの意見に同調した。
 レスターも賛意を表明した。各営業所にはフルタイムの総務担当スタッフが配属されず、各所長も行政関連の事務には不慣れである。そのため商業登記や税務関連の書類も乱雑に扱われ、営業許可の延長届を忘れて罰金を課せられることも珍しくない。所長交代時に行政関連事務の引き継ぎを怠った結果、後任者は商業登記書を一度も見たことがないという事態まで起こっていた。さらに、社印の管理も問題になっている。営業所長が社印をでたらめに押して会社に迷惑をかけ、姿を消したことがあったのだ。そこでレスターは主に会社のリスクを避ける立場で一部営業所のクローズに賛同した。

 生産性の上がらない営業所をクローズする方向で三人の意見がまとまった。次なる議題は、どの営業所を、どのような手順で閉めるか、閉鎖後にどのような問題が起こるか、問題をいかに解決するか、そもそも誰がこのプロジェクトのリーダーになるか、である。
 誰から見ても労多く見返りの少ない仕事だ。営業チームは既得権益を守ろうとし、本部長たちは自分の管轄内にある営業所の閉鎖に反対するだろう。今後の取引も営業所に頼らざるをえないのに彼らをどう説得すればいいのか。

この決断が複数の部門を巻き込み、各地のスタッフに影響を与えることは誰の目にも明らかだ。DBのような非常に大きな組織でこのプロジェクトを実施するとなるとプロジェクト・リーダーを五~六か月はこの仕事に貼りつけなければならず、むしろそれで完了すれば早いほうだ。
 ピーターはすぐにレスターにこの仕事を押し付けようとした。彼は口から出まかせに三つの理由を並べた。
「レスター、役所に提出する各種の許可申請は君の部署が各営業所との連携を受け持っている。社印の取り扱いもしかりだ。また君たち人事はスタッフ管理も担当していて各営業所長とも顔見知りだから話がしやすいだろう。お宅が仕切ったほうがいい」。
 古狸のレスターは当然このhot potato(厄介な仕事)を引き受けるのは遠慮したいと思った。「ゴリオ」君に公然と楯突くわけにはいかないが、彼は別に財務担当副社長を恐れてもいないし、さらに営業を統括する本部長でもない。DBで最も大きな顔をしているのは営業部とマーケティング部で、彼らは会社のために金儲けをしている自負から社内でも肩で風を切って歩いている。しかしその彼らもピーター財務大臣の前では借りてきた猫のように大人しくなる。一方、人事予算は透明性が高く変動の余地がないし、レスターも「ゴリオ」に管理される部下ではない。レスターは落ち着いた調子で話し出した。

「どこの営業所を閉鎖してどこを閉鎖しないか、明確に線引きする必要がありますね。そうでないと営業が反発するでしょう。どこで線引きするかを決めるには過去のデータまで掘り起こして検討しなければなりません。営業所の統廃合が進めば様々な変化があることが容易に予測されます。経費が最もわかりやすい部分ですが、どの程度まで経費削減が可能か、新たに予算配分が必要な経費にはどのようなものがあるか。例えば貸し会議室をレンタルするなら、各地域に予算を割り当てることになりますが、どれくらいのレンタル料金が必要か先に話し合って決めておくほうがいいでしょう。多く与えれば会社は損をするし、足りなければ営業のやる気を損ないます。営業の部門長の協力を仰ぐには最も適切なバランスで予算をコントロールすべきです。財務は各種データをもっとも明確に把握していますし、各項目の予算管理はGL(general ledger、総勘定元帳)で、固定資産はTreasurer(財務責任者)が担当しています。財務から部長か副本部長を指名して担当させるのが適切だと思われます」。

 この二人はその後数回行われたミーティングにおいてもそれぞれ相手チームがプロジェクトを担当すべきだとの主張に終始した。ピーターは十分に言葉を尽くして見解を述べたつもりだったが、レスターは決して屈服しようとせず、苛立ったピーターに睨まれ威圧されても、顔色一つ変えずその視線にfight back(反撃)し睨み返した。
 ハワードはそろそろ自分が話をまとめる頃合いだと思った。この仕事を最もうまく遂行できるのは誰だろうか。彼にとってこのプロジェクトを実施する目的は支出削減や行政関連事務のリスク回避より、むしろ営業部に売上高というプレッシャーをかけることであった。
 ピーターの下にいる副本部長は能力も経験も申し分ない。プロジェクト・リーダーにはもってこいだ。レスターの部下はララだったな。
 実はハワードが営業所問題を提起したのは今回が初めてというわけではない。以前にも専任者を指名して試行したことがある。しかし、営業所を管轄する各部門長のニーズに対する理解が不十分で、多くの具体的な問題に適切な解決策を見いだせず、そのために営業部から大きな反発を招くことになった。結局最後にはうやむやに終わってしまったのだった。 ハワードは、この件を成功させるには、頭脳明晰で部門間の利益調整を積極的かつ主体的に行うことができ、細々とした具体的な問題解決に誠意を以て取り組み最適なソリューションを探し出すことができる人材が必要だと考えた。積極的かつ主体的に働き地に足のついた仕事をする者と言えば、ララこそ彼が社内で最も高く評価している社員である。さらに、ララは昇進したばかりなので全社的なマネージメントについてしっかりと学んでもらいたいとの配慮もあった。彼女がこのプロジェクトを一通り経験すれば会社の中核を担う営業部の仕組みを理解できる。これは彼女にとっては非常によい機会である。また、彼女はこの業務を通して財務、仕入、営業、マーケティングなど他の主要各部門の管理運営に関する知識も得られるだろう。

 ハワードが腹を決めてレスターに「この件はララに任せたいと思う」と言うとピーターもすぐに同調した。
「それはいい。ララは仕事が早くて信頼できるし、コミュニケーション能力もある。彼女なら営業も賛成するに決まっている」。
 ハワードが意見を表明したら、レスターには反論する勇気はない。なにしろ彼は自分のボスで、財務VPのピーターとはわけが違う。レスターの社内評価はハワードの胸一つで決まるからだ。レスターはそれでも最後の抵抗を試みた。

「ウェンホアが辞めて後任がまだ決まっていません。それにララに任せている採用業務の負担も大きく、部下の課長たちも入社したばかりです」。
 ハワードは確かにそうだと思い、少し考え込んでからレスターに言った。
「新たな仕事をさせるときには必要なリソースも提供すべきだな。ではこうしよう。まずララ自身の意向を確認してくれ」。
 ピーターは慌てた。レスターからララに話をすれば、ララは結局レスターの意見に同調してしまうに違いない。彼は急いで提案した。
「今ちょうどララが上海にいるはずだから、ここに呼んできてはどうでしょう。彼女の意向を直接聞いてみましょう」。
 ハワードは、「それもいいだろう」と微笑んだ。

レスターが「じっくりとよく考えてから決断しなさい」と助言したにもかかわらず、ララはこのプロジェクトの重要性を考えもせず、ただハワードの自分にこの仕事を任せたいという意向だけを受け止めて、何のためらいもなく引き受けた。ピーターは内心小躍りしてララの肩を叩きたい気持ちだった。しかし彼は堅物で内気な性格から女性社員の肩を叩いたことがなかったので、手は中途半端に空中に上がったまま止まっていた。ハワードはララに「各部門からどんなデータを提供させる必要があるかを整理して提出するように」と命じて彼女を自席に戻らせた。

 レスターは心の中で頭を横に振った――まだまだひよっこだな。事の重大さが分かっていない。これは自分をひけらかすチャンスなどではないんだ。この仕事がどれほど営業の怒りを買うか。営業は手ごわいぞ、やつらは虎でハワード社長はライオンだ。ララ、君は虎とライオンの間で板挟みに合い死中に活を求めることになるんだ。

 ララはこの任務が決して容易いものではないことも、直属の上司であるレスターが消極的であることもわかっていた。しかし彼女はすでに結論を出してしまったのだ。レスターの意向に従っても昇進や昇給が望めるとは限らないし、従わなくても不利な立場になるとは限らない。しかしハワードは違う。自ら望んで引き受けた仕事であっても、あるいはそうでなくとも、彼女はやはりハワードの期待に応えることを優先した。

 事はここまできてしまった
レスターは誰を非難することもできない。部下が彼の意向を最優先しなかったそもそもの原因は彼自身にあるからだ。このご時世、社長が部下に「君が会社に何を要求できるかは、君が会社に何を貢献できるか次第だ」と言うだけでなく、部下も「自分は何をすれば会社から何を得られるのか」と問い返す。信望と権力は結びついている。power(権力)がなければ、admiration(信望)もない。

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