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GO! ララ、GO! (15)

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 十五 一〇〇一話のジョーク

ウェイの運転する車は繁華街からひとつ奥まった住宅地へと入っていった。住宅地内の木は青々と茂っており、芝生はきれいに刈られている。暗闇の中で建物の外壁が赤いレンガであるのがぼんやりと見てとれた。ララは訝しげに尋ねた。「ここはどこですか?」。ウェイは「僕の家だ」と手短に答えた。

 ララはどういうことなのか理解できずにいると、ウェイは「ここに車を置いてタクシーを呼ぼう。運転しなければ酒が飲めるから」と説明した。

ララは「ああ」と頷いてから心の中で文句を言った――事前に何も説明しないで人を自宅まで連れてくるなんて、あなたもEQは大したことないわね。

ウェイは車を駐車場に入れ、「何を食べに行く? 三つの選択肢があるけど」と言った。

ララは前回の教訓があったので「お好きなところでいいです。どうせ私が選んでもそこには行かないんでしょ」と答えた。

「そんなふうに拗ねるなよ。じゃあ、今日は上海料理にしよう。餅の炒め物が好きだって言ってたから、肇家浜路の蘇浙杭は? なかなかいい店だよ」。

 ララは餅の炒め物でお腹を満たした。ウェイは餅炒めにはたいして箸をつけず、ほとんどララにたいらげさせた。他にも彼女は酔っぱらい蟹を満足いくまで食べ、クラゲの和え物にも舌鼓を打った。満腹になるにつれ、ずっとこらえていた悲しみや怒りがほぐれていき、彼女の顔に血色がもどって元気も出てきた。やはり「人が鉄なら、飯は鋼」〔人は腹を満たしてこそ力が出る〕は真理で、人は満腹になると怒りの感情が鈍くなるものだ。

 何杯かの赤ワインが彼女の瞳をさらにきらきらと潤ませ、話し方も柔らかくなった。もはやがむしゃらに働くだけの意地っ張りではなくなって、時には可愛らしく笑い、しなやかな腕を大きく動かして生き生きと話した。興に乗ってくると、髪留めを無造作に外し、栗色に染めた艶やかで長い髪が肩甲骨の下まで滝のように流れ落ちた。

 酒も食事も十分に堪能した二人は蘇浙杭レストランを出て肇家浜路でタクシーを待った。ウェイは「まだ早いから、上海を案内してあげよう」と提案したが、ララはそっけなく「田舎者扱い?」と断った。ウェイが「だが地元の人間でもないだろう」と言うと、ララは「それは私が田舎者だって言っているのと同じことよ」と声をあげて笑い出した。ウェイは通りを走ってきたタクシーを目の端で見つけ、呼び止めながら、「君はどうして屁理屈ばかりこねるんだろうな」と笑った。ララは「なんで田舎者なのかについて話してあげましょう」。と彼の腕をひっぱった。ウェイはタクシーを止め、ララをなだめてタクシーに乗せながら、言った。「いいよ。元ネタがあるならその話を聞かせてくれよ」。

 ララは芝居っけたっぷりに話し始めた。

「少し前まで、上海では地方出身者を十把一絡げに田舎者と呼んでいたの。上海以外の人はみんな田舎者。まあ無理ないかもね。だってパリのバスの車掌さんもパリ以外の全世界の人はみんな田舎者だって思ってるんだって。で、上海の話に戻るわね――上海の大金持ちはお手伝いさんも地元の人しか雇わないそうよ。ある日の明け方、呼び鈴を鳴らす人がいました。主人は誰かと尋ね、お手伝いさんが玄関まで見に行って戻ってきて言いました。二人の田舎者です。それで主人はまた言いました。どこから来たのか聞いてこい。お手伝いさんは二人の訪問者に『あんたたちどこから来たの?』、二人は答えました。『北京から参りました』。お手伝いさんは主人のもとへ走って行って言いました。『ご主人様、北京の田舎者が二人たずねて来ました』――」。

北京出身のウェイは話の意味を理解した。「やるなあ、ララ。僕へのあてこすり? それとも上海人への皮肉?」

ララは「田舎者はとっくの昔に中立的な言葉になってるわ。上海で言う『田舎者』は『地元以外の人』という意味でしかない。広州では広東人以外はみんな『北方人』と呼ぶのと同じ」とウェイをはぐらかした。。

ウェイが飲み干した赤ワインはララよりもやや多く、DYNASTY〔中国のブランド「王朝」ワイン〕の三分の二本は彼の胃に入っていた。血液循環がよくなると人は愉快になってくるものだ。食後にはララの間抜けな笑い話が心地よく感じられた。そして「へえ、笑い話の才能まであったのか。他にどんな笑い話がある? もう一つ話してくれよ」と言った。

 ララは調子に乗ってほらを吹いた。「もちろんよ。私には笑い話のネタが千一個あるんだから。でも一回に一つだけ。次は禿頭クラブの話をしてあげる」。ウェイは「いいね。それなら千一回、一緒に食事できる」と同意した。

ララは突然 「パラマウント、パラマウント!」と大きな声を出した。ウェイが彼女の指差すほう見ると、タクシーはちょうどパラマウントビルを通り過ぎたところだった。彼は「パラマウントがどうしたんだ?」と不思議に思ったが、ララは「映画に出てくるあのパラマウント?」と確かめた。「そうだよ、ダンスホールだ」とウェイが答えると、ララは興奮して言った。「すごい! 子供の頃に観た映画では、大富豪、スパイ、地下組織、みんなパラマウントに来てたのよ!」。ウェイは適当に話を合わせ、「行ってみたい?」と聞いてみた。「女性の歌手が『夜上海』をまだ歌っているかどうか見てみたい」とララははしゃいだ。ウェイは内心「それはないだろうな」と思いつつ「たいして面白いところじゃないよ。中年以上の人たちが来るところだ。誰かに聞いてみてまだ歌ってるようなら連れて行ってあげよう」と答えた。ララは興をそがれて「じゃあ、どこなら面白いの?」と聞いた。

「ここは社交ダンスを踊るところだよ、どこが面白いのかね。僕ならディスコのほうがいい」。

ララは「私はディスコダンスなんてできない。心臓が悪いから」と不満げだ。

 ウェイは笑った。「ディスコに行ったからって踊らなくてもいいんだ。今からいい所へ連れて行ってあげよう」。

 ララはウェイをひと睨みして彼に背を向けて窓の方を見て、彼に気づかれないように暗闇の中で「EQ低すぎ!」と小声でつぶやいた。

  ウェイはララをバーへ連れてきた、このバーは2フロアに分かれていて、各フロアの面積は二〇〇平米ほど、一階のフロアには大きなスクリーンがある。ちょうど英語の映画を放映していて、中央には長方形の特大のクーラーボックスを置いて、ブロックアイスの間には様々な銘柄のビールが差し込まれていた。ウェイはララを引っ張って行き、クーラーボックスを見せて説明した。「ここは二〇〇種類以上ものブランドのビールがあるんだ」。ララは氷の中から何本か引っ張り出してみたが、どれも見たことがなかった。風変わりなブランドばかりで、ラベルには世界各地の文字が印刷されている。彼女は少しも興味がわかず、引っぱり出したビールをもとの場所にもどした。

 ウェイはとなりで「見る目がないな」と言った。ララは見る目がないと言われ、かなり不愉快になったが我慢して取り合わなかった。ウェイはそれには気がつかず、ララに二階に行こうと熱心に誘った。二階は一階より静かで照明はほのかに暗い。オールディーズが流れ、客は優雅に酒を飲みながら談笑しており、中央にはそこそこの広さのダンスホールがあった。

ウェイは「ビールでも飲もう」と提案し、すぐに自分でビールのブランドを選んだ。ウェイターはララにも注文を聞いたが、ララはよくわからないので、ウェイがララにも自分と同じ銘柄を頼んだ。ララはウェイターに黒ビールにするか白ビールにするかをさらに尋ねられて驚いた、ビールといえば黄金色だ。白や黒の種類があるなんて全く知らなかったからだ。ウェイはまた提案した。「白にしておこう。黒は君が飲むには少しヘヴィかもしれないから」。

ララは自分が恥ずかった。稼ぎが少ないからビールの白黒も知らないんだ。彼女はビール瓶をひっつかんでウェイを殴りつけ記憶をなくさせれば、自分が白黒の区別もつかない人間だとバレなくて済むのにと思いながらも、顔には作り笑いを浮かべ、恨めしさと恥ずかしさからくる怒りを隠した。

お酒がくると、二人は一緒に飲みだした。一方が一杯飲めば一方も一杯、飲めば飲むほど愉快になっていき互いに互いの顔を見ながらげらげらと笑った。

 ウェイは「君はどうして僕をいつも批判するの?」と聞いた。ララは「批判なんて、いつしましたっけ?」と否定したが、ウェイは笑いながら「EQが低い、っていうのは褒め言葉かな」と言い返した。ララは目を泳がせて「そんなこと言ってませんよ」と言い逃れをした。ウェイはララの胸を指差した。「心の中でも?」。ララは言い張った。「私にはあなたに何か言う資格なんてありません。私のEQのほうがもっと低いし。あなたは本部長、私はヒラの課長に過ぎないんだから」。ウェイは彼女が社内の地位を持ち出したのを聞いて、言った。「そんなつまらないこと」。ララはかんしゃくを起こした。「つまらなくて結構。どうせ私はバカよ」。ウェイは慌てた。「わかったわかった。僕が間違っていた。リラックスしてもらいたくて連れてきたのに。こういう場所は嫌いかい? 君に気に入ってもらえると思ったんだが」。

「誰が嫌いだなんて。ここのダンスホールが好き。サックスの音色も大好き。悲しくて善良で、私と同じね。勇気もないくせに妄想だけはできるなんて典型的なクズなのよ」。

ウェイは訳が分からず尋ねた。「じゃ僕はなんだと言うんだ?」

ララはため息をついた。「私はあなたがなんなのか知っている。でもあなたには私が何なのかわからないでしょうね」。

ウェイは少々不愉快になったが、気に留めていないふりをした。「じゃ、君が何者なのか教えてよ」。

ララはそれには答えず、ダンスホールのほうへ体の向きをかえた。スピーカーからは「ムーンリバー」が流れている。

「踊る? 一曲つきあってくれる?」

ララは頷き、ウェイは彼女の手を取った。

ララはウェイの肩にもたれ、ふらふらとしつつも、言葉にできない心地よさを感じていた。ララは思った。ウェイのEQが低くなければ、もっと素敵だったはず。

 ビールの酔いにムーンリバーの甘いメロディーが加わり、ウェイの肩にもたれた心地よさから彼女はとうとう泣き出してしまった。重苦しく、落ち込み、ふさぎ込んでいた日々が止めようのない涙と鼻水となってウェイの上質な背広を濡らした。

ウェイはハンカチを取り出してララに渡し、彼女の肩に置いた手に少し力をこめて抱き寄せ、軽く揺らし続けた。彼女は彼の胸の中で声もなくすすり泣き、秋風に吹かれる木の葉のように小刻みに体を震わせていた。

ウェイはララを哀れに思ったが、彼女を十分に理解してはいなかった。ララが悲しんでいるのはわかる。きっと悲しむ理由があるのだろうとも思う。しかし、彼女がなぜこんなにも悲しまなければならないのか彼には理解できない。本当にEQが足りないのだろうか。この次は彼女の望みをきいてパラマウントに連れて行ってやろう。

音楽が次の曲に換わるとき、ララはこっそりとウェイの肩越しにフロアの向かいにある鏡を見て笑顔を作った。そしてその表情のまま何事もなかったかのように席に戻り、ウェイにもうホテルに戻らなければと言った。ウェイはもちろんララをホテルまで送っていくつもりだったが、意外なことに彼女はその申し出を断った。ララはきっぱり「大丈夫です。ご自宅とは正反対の方向ですし、お互いに疲れているし、送っていただかなくても結構、。私も酔ってもいませんから」。

ウェイはすこしためらったが、ララがタクシーに乗ると彼もすぐにあとから乗り込んだ。ララは驚いて「どういうこと? 一人で帰れるのに」と声をあげた。「運転手さんを待たせてはいけない。どこのホテル?」。ララはウェイを指して「あなたが勝手に送るんですからね、私は頼んでない!」と言い、ウェイはララをあやすように言った。「そうそう、僕が送りたいんだ。で、どこのホテル?」ララはホテルのカードキーをウェイに投げてよこした。「ここよ」。そう言うと首を垂れて眠ってしまった。ウェイは仕方なく彼女のルームキーを見て、運転手に指示を出した。「寿路と交洲路の交差点のホリデイ・イン ビスタに行ってください」。

 ホテルの近くまで来ると、ウェイは軽くララを揺り起こした。「おい、大丈夫? 飲みすぎた?」。ララはぼんやりした甘え声で「うん」と返事をした。ウェイがララに「入口までは支えてやるよ。ちゃんと歩ける? ロビーに入ったら自分で歩いてくれよ」と言うと、ララは意地をはって「何を言うの! ロビーについたら私はふつうに自分で歩く。私はみっともないことはしないの」と言い返した。ウェイは「そうか、自分で歩けるんだ、それならよかった」とからかった。ウェイは料金を払い、ふらふらのララを支えてタクシーを降りた。心の中では自力で歩けるものなら歩いてみろ、とつぶやいていた。

ロビーに足を踏み入れると、ララは意外にもしゃんとして自力で歩きだし、さらには威厳たっぷりにウェイを一瞥した、ウェイはこっそりいぶかしんだ。自分のEQが本当に低いのか、それともララの意志が特別に強いのか?

彼らはロビーを通り過ぎ、エレベーターの前まで来た、ララは淑女のようにウェイに別れを告げた。「ではお部屋に戻ります。送っていただきありがとうございました。」

 ララは手を振ってウェイをエレベーターの外に閉めだし、上の階へと行ってしまった。

 ウェイはしばらくポカンとしていたが、ロビーを出て数分後にララの部屋に電話をかけてみた。するとララは何事もなかったかのような口調と態度でしとやかに言った。「お部屋につきました。どうぞご心配なさらないで。おやすみなさい」。ウェイも「おやすみ」と答え、どうにも不思議な思いを抱えて帰宅した。

  翌日、ウェイは出勤したが、午前中いっぱいララの姿を見かけなかった。彼は気持ちを抑えイザベラに総務部へ探しに行かせることもしなかった。午後もかなり遅くなった頃、ようやくララを見かけた。ウェイがララに内線電話をかけようか迷っていると、「ポン」と音がメールの着信音が響いた。ララからだ。彼は急いでタイトルを見た。「sorry」。これは私用のメールに違いない。心の中の期待と好奇心からすぐにメールを開いたが、内容は彼を大いに失望させた。そこには何の感情もこもっていない文字が並んでいたのである。

「タイトルのとおり」。いかなる想像が入り込む隙もなかった。

 ウェイは失望し、怒りも感じた。彼はこのメールに返信をした。内容はたった一つの顔文字---- :-)

 君が簡潔なのを好むなら、僕だってそうするさ。当分の間はララを誘わないことに決めた。それでも彼女が何事もなかったかのように涼しい顔で「タイトルのとおり」などというメールを寄越すかどうか見てやろう。

  しかし、ララは「タイトルのとおり」と本文に書いたメールを送ってこないだけでなく上海オフィスにすら姿を見せなくなった。一週間ほど経ってから、ウェイが総務部に尋ねるとララは広州に帰ってしまったと告げられた。こうしてウェイは三か月あまりララと会えなくなったのであった。

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