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GO! ララ、GO! (3)

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三 ボスにとって重要なのは誰?

 時は流れ、ララがDBで働き始めてからはや二年あまりとなった。
 大学時代に自転車で女子寮の入口まで毎日ララを迎えに来ていた院生のボーイフレンドは、幸運にも会社から海外に派遣され、現地にとどまることを望んだ。しかしララは外国に住むことに消極的で、意見を異にする二人の関係は徐々に自然消滅した。
 六歳年上の彼はララをこう諭した――愛とは試練ではなく二人で育むものだ。遠く離れているよりむしろ早く終わらせたほうがいい。
彼はまたララの身になって考えてもくれた。「女性の青春は短い。不確定要素が多すぎる恋愛はリスクが高い」。ララは彼の言葉にしたがい、二人は票決の末に満場一致で別れることにした。
 終わらせる決断は始める決断よりも難しい。特に終わりがそれまでの七年を消し去ることを意味するとき、たとえ惰性で付き合っていた相手でも、未来が急に茫漠たるものに変わったことがララには辛かった。院生の彼は「どんなことにも二面性がある。楽観的な面を見れば君はこれで自由になる。よりよい選択をする可能性が生じたんだ」とララに言い聞かせた。
 自由! 自由に憧れぬ者がどこにあろう。詩人のペテーフィ・シャーンドル〔Petofi Sandor、ハンガリーの愛国詩人(1823-1849)〕はこんな名言を残した。「生命は尊く、愛の価値はさらに高い。しかし自由のためならばこの二つを捨ててもかまわない」。
 十八のころから、六歳年上でしかも物事を深く考える男性と付き合うのは、時には精神的な負担になる。これからは何でも自由に考えてもかまわないと思うと、別れの辛さが本当に和らぐ気がした。
 彼はさらに「カレンダーに毎日印をつけるといい。三か月分の日付に印がついた頃には平気になっているから」といった。苦痛にも期限があると思えば、哀しみのさなかにあってもいつか抜け出す希望を持つことができる。一日ごとに苦痛から遠ざかっていく、三か月辛抱するだけでいい、それがわかっただけでララは怯える必要はないことを確信できた。
 院生の彼はSWOT分析(強み、弱み、機会、脅威の分析)を応用してララを説得することに成功しただけではなく、「いろいろなサークル活動に参加するといい。良い方向への進展が加速されるはずだ」と、第三の作戦を提案した。ララはそれに従う気にはなれず、「サークル活動はお金がかかるから家でテレビを見るか本を読んでいたほうがいい」と反論した。
 DBの「プチブル」つまり「貧乏人」として、「自由」を得たララは、働き始めてから五年で少しずつ貯めた十二万元を頭金にして、八十平米のマンションの頭金三十二万元を支払った。これで賃貸生活も終わる。毎日バスで通勤し、年収の三分の二を返済にあてれば五年でローンを完済できる計算だ。
その頃、DB広州オフィスでは総務課長のポストに空きが出てreplacement(補充)が必要になった。HR(人事部)からララにそのポストに就く気があるかどうか打診があった。
 ララに白羽の矢が立ったのは、ララの能力と責任感がすでに誰の目にも明らかだったからだ。広州オフィスで働き始めて二年、このオフィスのスタッフにも仕事にも詳しい。それに、総務課長には英語の能力が高い人材が求められた。ララの英語力はDB広州オフィスで一番とは言えないものの、かなり上のほうだったのだ。
 ララはまだ会社の営業部門と補助業務部門の違いを天秤にかける術を心得ておらず、営業部門という主流に入ってこそ順調な昇進が約束され窓際族にならずに済むことを知らなかった。ララにわかっていたことは、課長はアシスタントよりも上だということ、さらにアシスタント全員が職能部門の課長になれるわけではないということだけだった。
 当時のララはセールスアシスタントを二年間つとめ、八パーセントのベースアップを二度経て年収は七万元になっていた(年末の一時金は三か月分)、総務課長になれば年収は一気に八万五千元にアップする。これはララにも容易く計算できた。
 こうしてララは広州美人ヘレンの上司になり、DB中国総務部長補佐のローズという上海美人の直属の部下となった。
 ローズは妖艶な美女で、甘ったるい声で喋った。ララも甘い声だったがローズにははるかに及ばない。ララもそこそこの容姿ではあったが、なにしろ上司も部下もとびきりの美女なものだから、すっかり色あせてしまった。
 ララが課長職に就くとすぐ、広州オフィスにリフォームの計画が持ち上がった。彼女は会社の業者選定マニュアルにそってサプライヤー三社に見積もりを出させ、二週間かけて比較と交渉を行い、最も満足できるプランをローズに提出した。しかし思いもよらないことに、ローズは有無を言わせず上海から業者を指定してきた。ララは上司の命令に従ってその業者と商談をした。
 リフォームは細かな部分が試される仕事だが、このリフォーム業者のプランはミスだらけだった。設計図を作成した人間が現場できちんと測量していないことは一目瞭然である。一例を挙げれば、オフィス内某所には大きな柱がある。ところが業者の設計図で示されたレイアウトにしたがって家具を注文すると、その位置にはそもそも何も置けない。結局、新たに買い直すことになってしまう。また、図面上ではコンセントは床上4センチの位置についているが、その場所に置く予定の家具の化粧板で床上3センチの位置まで覆われてしまう。もし設計図通りに施工するとコンセントが化粧板で塞がれてしまい、コンセントを使う際にはまずデスクをどかさないといけない。本当にそんなことになれば、総務部は今後このオフィスを使う部門からどれだけ文句を言われることだろう。
  ララは業者を問い詰めた。「どうして二部屋にまたがる空調のスイッチを外廊下に設置しないんですか? 廊下にあればこの二部屋で執務する二人の部長どちらも空調を調節しやすいのに、スイッチをここにしかつけなかったら、隣の部屋の部長はそのつどこっちの部屋に来ないと操作できないじゃない! 不便すぎる!」。
 業者は何とか言い逃れようとした。「多くの企業で片方の部屋だけに共有スイッチを設置することで納得していただいています。スイッチを外廊下に設置するなんて前もって聞いていませんでしたから」。
これを聞いてララは怒った。いったいどちらがリフォームの専門家だ。金だけとってまともな仕事もできないって、一体どういうこと? いい加減なことをしておいて、それを指摘されたら屁理屈ばかり言う!
 ヘレンはララにすりよってきて、この業者が以前に広州オフィスでした仕事は非常に質が悪く、どの部門も不満だったと言った。彼女はララをともなって、この業者が以前に請け負った荒い仕事ぶりを見せに連れて行き、この業者を追い払うよう勧めた。
 ララは深く考えず、自分が感じたこととヘレンから聞いたことをそのままローズに伝えた。するとローズは怒りを露わにして、あらゆる言葉を使ってララをひどく叱責した。だが、下品な言葉は一切使わなかった(グローバル企業文化では全社員を尊重することを強調しているので、相手を口汚く罵ることは許されない。そういうことをすれば、社風になじまないとされる)。ララはすっかり萎縮してしまい何が悪かったのかもよくわからなかった。
 結局ララは電話口で米を啄ばむ鶏のようにペコペコと頭を下げ、ローズが選んだ業者こそ正しく、ララは指定業者とコミュニケーションを密にして工事の質を確保するべきだという結論に至った。
 ララが話を聞き入れると、ローズはおだやかに「ララ、ごめんなさいね、異動してきたばかりなのに仕事に口出しして」といった。ララは慌てて彼女の言葉を遮った。「いいえ、私は異動してきたばかりでまだ慣れないことばかりです。いろいろご指摘いただけるおかげでミスをおかさずにすみます」。
 ヘレンは受話器を置いたララの顔色が冴えないのを見て悪知恵を働かせ、一緒に怒っているふりをして火に油を注いだ。
 「ララ、この業者を使って工事に問題があったら、その時責任をとるのはあなたなのよ!」
 ララは何度もこういう憂鬱な目に合わされ、常に仕事の進め方に迷い非常に悩んでいた。ローズから電話がかかってくると、また何かミスをして怒られるのではないかと緊張してしまう。
 目下の問題は、彼女がどの問題は指示を仰ぎ、どの問題は自分で決めるべきなのか、会社の企業ポリシーが許容する範囲において、いったいどのようなことがマニュアルに沿ってさえいればよいのか、どのようなことがローズ先輩の専門的な経験に従って行わなければいけないのか、を適切に判断できないことだ。時には指示を仰ぎすぎて、ローズに「ララ、私は忙しいの。あなたは広州オフィスの総務課長補佐なんだから自分で決めてもらわないと」とさも煩わしそうに言われたこともあった。そこでララが自己裁量で仕事を進め、結果だけ報告すると、ローズの怒りの電話がまたかかってくるのだった。たった一つララにできることは「ゲームのルールが分からないうちは、ひたすら耐えろ」と自分に言い聞かせることだけだった。そしてローズに叱られるたびに、ララは「おっしゃる通りです」などと言って何とかその場を逃れるのが常だった。
 しかしローズも時には穏やかな口調で、「ララ、あなたが前にいた台湾企業では上司には絶対服従だったかもしれない。でもここはアメリカの企業よ、DBの社風はopenで、直接コミュニケーションすることを提唱しているから、何か考えがあるなら何でも言って。皆で話し合いましょう。びくびくしなくていいのよ」と言った。ララは心の中で「あなたと直接コミュニケーションなんて、滅相もない。逆に面倒が起きるだけよ」と思った。だが、ひたすら「おっしゃる通りです」では根本的な問題解決にはならない。ララは直接コミュニケーションしないならしなくてもよかったのが、ローズと付き合っていくうえでのルールはどうしてもはっきりさせなくてはならなかった。
 ローズの部下には三人の課長がいる。上海オフィス総務課長は無能なイエスマン(あるいは無能なイエスマンのふりをしている)、広州オフィス総務課長はララ、残る一人は北京オフィスのワン・チャン総務課長(チャン)だ。
 ララは北京のチャンに横の連携を強めるという口実で電話をかけた。彼女がローズとどのように仕事をしているのか探りを入れるためだ。チャンも実はかなりひどい目にあっていて、二人は同じ思いを共有する者どうしで愚痴をこぼしあって思わぬ長電話となった。
 しかし受話器を置いて話した内容を整理すると、価値のある部分は多くなかった。分かったのはローズがチャンに対しても同じような態度であることだけだった。
 チャンはDBに入ってまる三年になるが、ローズの部下になってからはまだ日が浅く、彼女によるとララの前任はローズとそりが合わず、ローズがレスターを言いくるめてクビにしてしまったのだという。
 チャンはララにこう言ってそそのかした。「私一人が不平を言えば、レスターは私に問題があると思うかもしれないし、ローズに問題あると思うかもしれない。でも私とあなたの二人でローズに問題があると言えば、きっとローズに問題があると考えるに違いない」。
 チャンの理屈はララにも理解できた。しかしララは頭越しにレスターに訴える、つまり職階を超えて告発することは外資系企業では最も避けるべき行為のひとつだと思った。ララが六年間働いてきて目にしてきた告発の多くは失敗に終わった。表面的には勝利したように見えても長い目で見ればやはり敗北なのだ。
 外資系企業の人事制度における上部告発制度は防止と警告としての役割が大きく、上の立場にある社員の自己規制のためにある、とララは考えている。制度にしたがって実際に上司を告発する手続きをとっても、自分の将来を犠牲にして企業のオープンな社風というイメージを守るだけだ。告発自体には公正な結論が下される可能性が高い。訴えられた上司はむろん重傷を負う。告発した本人の将来はどうだろう。誰も自分の上司を告発した人間を重用したいとは思わなくなる可能性が高いに違いない。ララは、異動したばかりで告発という最後の手段を使うのは時期尚早だ、どうにかしてローズと上手くやっていかなければ、と思った。
 それに、ララはなんとなくだが、本部長のレスターは部下のために公正さや是非を判断することには興味がなく、それよりも部下どうしがよく協力して彼の手を煩わせないことを望んでいるように感じた。ララの予感は彼がチャンのメールをローズにそのまま転送したことで明らかになった。
 レスターは六十歳近いアメリカ人でDBに勤務して二十数年、中国に来てからはまださほど経っていない。彼は中国で退職まで安穏に乗り切ることを最大の戦略目標に据え、安穏の二文字を最優先している。彼はできる限り決定を避けた。何かあればいつも部下の部長に各部門と連絡をとらせ、できれば関係ない部門まで巻き添えにして、順番に本部長の意見を聞いて回り、最後に組織としての決定を下した。変化に直面すると彼はいつも先延ばしにし、可能な限り全ての状況がはっきりしてからwhich way to go(方向性)を決めるのだ。
 ララが課長に昇進したばかりの頃、上海本部に呼ばれてレスターにお目にかかったことがある。ネクタイをきっちりとしめ、髪は少しも乱れず、腰はまっすぐ伸び、若くないとはいえ、ハリウッドスターのようなオーラを放っていた。彼は誰に対しても礼儀正しく、朝出勤して会社に入ると、まず受付にハローと親しげに挨拶して、それからスタッフ全員に声をかけながら自分の部屋に入る。
 レスターにとって、総務部長のローズは総務課長のチャンやララよりも重要だ。仮にローズが辞職したとしても、チャンとララには少なくとも二年はローズの後任を任せるわけにはいかない。これだけは絶対だ。
 DBはララが経験した中で一番良い企業だ。良い、というのは、一に収入、二に環境、三に将来性である。それらの利点の多くは金銭で補えるものではない。たとえば一緒に仕事をする同僚がみんな優秀で専門知識に通じていれば仕事はより楽しく達成感がある。これは形のない福利であるといえる。
 トップ500企業は全世界で500社しかなく、そのうち半数以上はまだ中華圏に投資していない。中国に進出したトップ500企業から労働力集約型産業を除けば選べるものはいくらもなかった。ララにとって、この年収八万五千元の管理職ポストを手にするのは簡単なことではなかった。ローズのような上司にあたってしまったのは大きな幸運の中の小さな不運だ。彼女は何とかローズを避けることもできる。それに一時的な感情でDBでの仕事を失えば、今後DBのような優良企業に転職することは難しいだろう。とにかく、ララがチャンと連絡を取ったのはゲームのルールを知りたかっただけで、協力してローズをやっつけようなどという面倒なことは考えていなかった。ララは怒っているチャンをなだめようとした。しかしチャンは北京の人間特有のプライドと自信があり、ララの忠告をあまり聞き入れなかった。
 ララがチャンと話した内容について考えているとき、ヘレンが様子をうかがうように探りを入れに来て、大きな目をくりくりさせて言った。
 「ローズは経理システムのデータで毎月の通話記録を見てる。彼女はとても注意深いから記録を見ればすぐにあなたとチャンの通話時間が長いことに気が付くかもしれないわ」。
 ララはヘレンのこそこそした態度が気に食わなかった。自分とチャンの電話をなぜ彼女が知っているのか。しかし彼女の忠告が正しいことはララも認めざるを得なかった。ララはもう二度とチャンと危険な話はしない、と心に決めた。

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