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GO! ララ GO! -イントロダクション-

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イントロダクション:民間企業での3か月 

  

 杜拉拉(ドゥ・ララ)は、中国南方の出身、容貌は並みの上というところだ。大学を卒業した年、ララは二十歳を少し過ぎていた。新卒で国営企業に就職、一年後に退職して珠江デルタ経済区の民間自動車部品メーカーに営業職として転職した。

 

  会社は業績がよく、社長の胡阿發(フー・アーファ)は地元の町役場から模範農民企業家として表彰された。アーファは実は「農民企業家」と呼ばれることを最も嫌っていたが、彼の気持ちとは裏腹に、メディアや役場の関係部門は郷鎮企業あるいは農民企業と多少なりともかかわりがあるイベントにはいつもアーファを引っ張り出して宣伝に使った。


 世間ではアーファはインテリを憎んでいると噂していた。彼は業務の必要性にかかわらず多くの大卒を工場に雇用し、そこそこ悪くない給料を出した。勤務条件や福利厚生もかなりよかった。だが、新入社員が入社したとたん、アーファは彼らに精神的苦痛を与え始める。特に有名大学を卒業した者や容貌の優れた者に対してはさらに辛く当たった。しかし待遇がよかったため、多くは耐えることを選んだ。


  ララが配属された業務部は広州にあったが、アーファ社長は、彼女をまず各地の工場に差し向け、生産工程を研修させた。現場を理解すればその後の仕事を順調に進めることができると言う。ララは内心では工場には行きたくなかったが、さも熱心で向上心がある様子を装い、花都の工場へ赴いた。十日もたたないうちに、アーファの秘書が病気で休暇をとったからという理由でララが臨時に穴埋めすることになった。

 

 ある日、ララがアーファの仕事に同行したとき、BMWの車内でこう尋ねられた。「『陋室銘』を暗唱できるか」。

 アーファは自分の教養を自慢したいだけだったのだが、世間知らずなララは『陋室銘』なら完璧にそらんじているとばかり得意になって暗唱し始めてしまった。「山は高きに在らず、仙あればすなわち名あり。水は深きにあらず、龍あればすなわち霊あり……」。アーファは怒りをじっとこらえ、彼女が暗唱し終えてから、「『陋室銘』は、全部で何文字だ?」と彼女に尋ねた。ララは、数えたことがなかったので、素直に「分かりません」と答えた。アーファは「八十一文字だよ」と言った。だが彼も『陋室銘』が何文字かなど数えたことはなかった。ただララが何文字かなど知るはずがないと踏んで、どうしても彼女の無知を指摘して鼻をへし折らないではいられなかっただけだ。


 ララは心中で毒づいた。――私は『陋室銘』に何が書いてあるか知ってる、それで十分よ、何文字あるかなんて関係ない!―― 口には出さなかったが顔にははっきりと書いてあった。アーファは面白くなさそうだった。


 しかし、ララは仕事には決して手抜きはしなかったし、会社に忠誠心を持って懸命に働いたので、アーファ社長は内心では喜んでいた。頑張っている社員をひとつ誉めてやろうと、アーファはララを社長室に呼びデスクの前に立たせて、自社の創業史を語りだした。ララの顔にかかりそうに唾を飛ばしながら、ひどい口臭を漂わせ、豚の米粉蒸しと経済成長の関係から、自分が大八車を引いて商いをしたことまで、二時間ぶっ通しでしゃべり続けた。「ララ、俺が昔どんな商売をしたか知っているか。昼間はあちこちの会社を回って歩いたが担当者に取り次いでももらえなかった。そこで夜になってから自転車で自宅を訪ねたんだよ。毎日通って家庭事情も調べた。手助けが必要なときにはすぐに飛んで行った。あの頃は若かったな。苦労のし通しだったよ。商品の搬送も自分で大八車を引いたんだぞ。大八車は知ってるか。このアーファが自分で引いたんだぞ」。


 ララはきつい口臭から逃れるために口実を探してデスクの正面からサイドに移動した。我ながら賢いやり方だ。その場に二時間も立たされ、ララは体の重心を左右の足に交互に移しつつ耐えた。筋力の鍛え方が足りないため、しまいには疲れで顔が赤くなってきた。アーファはララが頬を紅潮させているのを見ると、熊手のような手でいきなり彼女の細い手をつかみ、力をこめて斜め下へ引っ張った。ララはこんなことは生まれて初めてだ。思わずアーファに「社長、誰かに見られたら困ります!」と抗議した。アーファは周りに気を配りながらも、手を握ったまま言った。

「可愛いやつだな。お前に感動させられたよ」。

ララは「感動」という言葉をここで使うのは間違いだと思ったが、この危機に対して勇気を鼓舞し、作り笑いをして「私、恋人がいるんです、社長」と言った。アーファは気にする様子もない。

「ララ、お前は自分が美人でないのは知っているな?」。

ララは大急ぎで「そう、そうです。私は色黒で痩せすぎです」と自己批判した。アーファは、太ったあごを突き出し、「その通り!」と頷いた。

 ララは「ですから手を放してください」と懇願した。アーファは不満げに言った。

「ララ、お前はこの俺をいい加減な男だと思っているのか。いいか、よく聞け。俺を誘惑しようとした女は山ほどいた。だが俺は見向きもしなかったんだぞ! 信じないならこれを見ろ!」。


 アーファは握ったララの手をゆるめ、デスクの下から黒い棒を取り出した。

「これを見ろ。先週も美女がこのオフィスに来た。俺が何もしないうちに急にもたれかかってきてこう言った。『暑いわねぇ、アイスキャンディーが舐めたいわ』とな。だからこれをその女に見せて言ってやった。『アイスクリームもアイスキャンディーもない。何ならこの特殊警棒でも喰らわせてやろうか』。女は驚いて逃げだしたよ。俺はいい加減な奴じゃないんだ」。

 ララは彼が手を放しさえすればすぐにでも大声で助けを呼ぶか部屋を飛び出したかったが、仕事を失うことを恐れた。EQの向上に最も効果的なのは闘争であるというのはまさにその通りで、彼女はとっさに機転を利かせた。困ったような素振りをして、「何の前触れもなしにそんなお話をされても心の準備が……。いじめないでくださいよ」。吐き気を我慢しながらそう言うと、アーファは彼女が甘えていると思い喜んだ。

「明日は広州の営業部に戻って一人でよく考えなさい。一日中このオフィスの入り口に座っていなくてもいい」。

 

 夕刻、退勤時間になるとアーファは彼女を広州へ送った。運転手がいるのでララは安心してBMWの乗り心地を楽しんだ。アーファは後部座席に行儀よく座り、小声でララに「マリオットのレジデンスを一部屋借りてやる。自由に使っていいぞ」。

 ララは大学時代に羽振りのいい国営企業でインターンをしたことがあり、五つ星ホテルの格の高さを経験していた。アーファがマリオット――中国大酒店ホテルの部屋を彼女のために用意すると聞いた時には、その提案を決して受けることはないとはいえ、少しだけ気持ちが揺らいだ。


 アーファはまたララに言った。「ランニーを知っているか。今は自分で会社を経営している。彼女はもともと俺の下で働いていたんだ。上海の有名大学出身でお前と同じくらい賢かった。俺は多くの人材を育てたんだ」。

 ララはランニーなんて知らないし興味もない。マリオットホテルの近くでBMWから降ろしてもらい彼女はとりあえず目の前の危機から脱し、ぼうっとした頭で、左右の足の長さが違ってしまったようにぎくしゃくと自宅に向かって歩き始めた。


 翌日からララは営業部に出勤し始めた。営務部長は北京大学出身で言葉や態度はいかにも頭が切れそうだが、北京大出のエリートによく見られるような傲岸不遜な感じはなく、人当たりがよく、慎重で、むしろやや弱々しい印象さえ与えた。ララは後になって、さんざんアーファになぶられたせいでああなってしまったのだろうと思った。営業部の同僚たちは二十五~三十歳までの若者で、例外なく聡明で活発であった。彼らと一緒にいると学生時代に戻ったように感じ、ララは気分が晴れて顔色もよくなった。

 

 こうして二か月が過ぎた。アーファからはずっと何の音沙汰もない。顔を見せないだけでなく、少しでも彼に関係のある言葉、例えば『陋室銘』の類を聞くこともなかった。ララは無邪気な推測と楽観的な希望でこう思った――社長は金持ちだから言い寄って来る女は多いと自分で言っていたじゃない、きっと誰かほかに気に入った人と出会って特殊警棒を喰らわせずに一緒にアイスキャンディーを食べに行ったんだわ。


 その日、ララが長期出張から浮き浮きしながら会社に戻り、営業部オフィスに入ると、アーファは部長と雑談しているところだらけで。アーファはララを見ると「ララ、おかえり」と優しく声をかけた。何の屈託もないように微笑んでいる。

 ララは、おそらく互いによい方向に進んだのだろうと考え、思わず元気よく「社長、二か月お目にかかれませんでしたが、お元気そうですね」とあいさつした。

 アーファは、穏やかに笑い、ララに座るように言った。


 営業部長が電話を取りに立ち、ララが席でファックスを見ていると、アーファがいきなり足を伸ばして彼女の足の甲を触った。ちょうど夏だったのでストッキングなしで素足にサンダルを履いていた彼女は、まるで冷たく濡れたドブネズミが足の甲を這ったように全身を身震いさせた。一夜にして封建時代に引き戻され、彼女の笑顔は一瞬にして奪われた。ララは、足を引っ込めて作り笑いをした。「社長、申し訳ございません。だらしなく足をのばしてしまって、社長の足にさわってしまいました」。   

 アーファは彼女に少し顔を寄せて、「うまい言い方だ。お前はぜんぜん美人ではないが本当に利口だ。さっきのセリフはなかなか妥当だ」。 

ララは気持ちが乱れ放心したように考えた――「妥当」だなんてずいぶん文語的な言い方、アーファの使い方は間違いとは言えないけれど。

 

 この時、営業部長が戻ってきたので彼女は大急ぎで「そろそろ失礼します」と告げた。部長が彼女を呼び止め、「ララ、社長の秘書が体調を崩して出勤できないそうだ。君がしばらく秘書を代行しなければならないかもしれないよ」。後ろから殴りつけられたようにララの頭の中で「ガーン」という音が鳴り響いた。アーファが笑って頷いているのがぼんやりと見える。ララは作り笑いをする余裕すらなくオフィスを飛び出した。


 営業部を離れて花都のような田舎に行くなんてララは真っ平ごめんだ。もちろんさらに困るのは、社長は今のところ自分以外の「気に入った」女性と仲良くするつもりがないことだ。何の犠牲も払わず割と気に入っている今の仕事を確保しておこうなんて自分勝手な考えだったのだ、とララは悟った。彼女はその晩遅くまで紙の上でプランを整理し、どちらの顔も潰さない方法を見つけ出そうとした。


 二日後、アーファから営業部に電話があり、ララを今すぐ花都の工場へ寄越すようにと催促してきた。部長は電話をきると「ララ、急いでくれ。社長は機嫌が悪かったぞ。今日の午後こっち来るそうだ」と言った。

 ララは腹を括った。具合が悪いから病院へ行くと言い、部長は特に詮索もせずに彼女を帰した。


 ララには同じオフィスビルの事務所で働く友人がいて、ときどき気晴らしに彼女のオフィスを訪ねていた。小さなオフィスは女性二人だけで、のんびり働いている。ララは自分の災難を思ってため息をついた。彼女たちに何があったのかと聞かれて、ララは全てを詳しく話した。

 友人の一人はシア・ホンといい、ものまねが非常に得意だった。「ララ、そのアーファさんは従化出身でしょ。従化の訛りはこんな感じじゃない?――アイスキャンディーはない。特殊警棒でも喰うか?」。

 彼女はカーペットの床に立ち、アーファのいかにも農民起業家らしい口調でもっともらしく模倣した。従化訛りがあまりによく似ているので、ララたちは腹を抱えて笑い転げた。

 二人は「ここでは上手だけど、アーファに聞かせる勇気はある?」とシア・ホンをからかった。シア・ホンは胸をたたいた。「もちろん! 彼に聞かせないと私の才能が無駄になるわ。無駄にするなんて罰が当たる!」。


 ララは、アーファが午後に営業部に来ると部長が言っていたことを急に思い出した。今頃はもう着いているかもしれない。シア・ホンは豪胆にも「電話番号を教えて! かけてみる!」と言った。彼女は受話器を取るとララに聞いた。「あ、あなたの会社の電話はナンバーディスプレイはある?」。

 ララは「大丈夫、ないわ」とうけあった。


 本当に電話をかけると男性が出て誰に用かと尋ねたので、シア・ホンが喉を押さえながら作り声で「社長をお願いします」と言うと、電話を取った男性は彼女が誰かも尋ねずにアーファを呼んだ。すぐに社長にかわり、シア・ホンは喉を押さえて話し始めようとしたが、急に怖気づいて電話を置いてしまった。何と言ってもアーファは社長だ。社長の迫力に気おされて肝の太いシア・ホンもつい気後れしたのである。


 ララたちは失望すると同時に彼女の慌てた様子を笑った。シア・ホンは悔しがり、ちょっと休んでから、もう一度やってみることにした。電話が繋がると、また喉元を押さえて社長に取り次いでくれと言うと、相手はやはり彼女の名前も確かめずにアーファを呼んだ。社長が出ると、シア・ホンは今度こそ頑張ろうとしたがまた急に受話器を投げ捨てた。全身が震え、手足が冷たくなっていた。


 ララたちは笑いすぎて絨毯の上で転げまわりそうになったが、シア・ホンは決してあきらめず「失敗は成功の母」だと言い張った。シア・ホンは自分で牛乳をコップに一杯注いで飲み、エネルギーを補充をしてから「3回目は死ぬ気でやる!」と宣言した。ララは、3回目は電話に出ないのではないかと疑ったが、しかし社長はまたも律儀に電話に出たのであった。


 シア・ホンは、相手がもしもしと言うのも待たずに喉を押さえ、よく響く鋭い声で、「何が食べたいって? アイスキャンディーはないぞ。特殊警棒でも喰らえ!」とものすごい早口で叫び、大急ぎでガチャっと受話器を置いてソファーにぐったりと倒れ込んだ。


 ララたちは笑いが止まらず、このスーパーヒロインの肩を抱き背中をなでながら従化訛りを忘れず見事に言い切ったことを称賛した。ひとしきり笑って、ララはシア・ホンに「アーファは何か言った?」と尋ねた。シア・ホンは動悸がおさまらないまま「何も言う間がなかった」と答えた。

 「じゃあ電話に出たのがアーファだって、どうしてわかる? 電話に出た人は社長はもう帰ったと言おうとしていたかもしれないのに」。

 シア・ホンはその可能性があることにようやく気付いて、しばしがっかりせざるを得なかった。


 ララは何度か笑ってから会社を辞めることに決めた。彼女はシア・ホンの友だちがいのある勇気ある行動を称賛したが、シア・ホンはやはり気持ちがすっきりしないようだった。ララは彼女に申し訳なく思い、三十分後に営業部に戻って、アーファ自身がこのアイスキャンディーと特殊警棒の電話に出たかどうか確かめると約束した。


 ララが営業部へ戻るとアーファはもういなかった。部長は疑いのまなざしでララをまじまじと見ながら「さっき奇妙な電話が何度か社長にかかってきた。電話に出た社長は不機嫌になってすぐに帰ったよ」と言った。ララは「俺様は頭にきたぜ、俺様はもう帰る!」と鼻歌で答えた。部長は「女の子が俺様なんて」と笑った。


 アーファがシア・ホンの電話に出たことを確認した後、ララは上機嫌で退職願を提出し、シア・ホンたちにグッド・ニュースを報告しに行った。ララの民間企業での職業人生はこんなにもあっけなく終わった。彼女はこの物語には正義も屈辱もなく、あったのは選択だけだと思った。


 シア・ホンは彼女に次はどんな仕事を探すのかと親身に尋ねた。ララはちょっと考えてから、うっとりとした調子で言った。
 「本物の外資系企業がいい。ハイテクで先進技術を持つ世界のトップ500に入る多国籍企業。そうすれば高収入が約束されるし、『陋室銘』を暗唱させられることもない。セクハラだってあるはずがないもの。それに社長はきっと超多忙で二時間も自慢話に付き合わせる趣味もないでしょう。たとえ万が一、社長が自慢話をしたとしても絶対にすごく魅力的な内容だと思う!」。

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