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三毛の中南米紀行 -19- 修正途中

別れを告げる

 今回の旅行中、多くの年長者が私たちを助けてくれた。それぞれの目的地に向かう際に紹介状を書いてもらい、到着後はすぐに現地の台湾駐在機関に連絡して、資料をもらったり質問したりすることができた。

 私は人見知りであ
る。そうは見えないかもしれないが、初対面の人の前では内心は非常に緊張してしまう。各地の
駐在機関に連絡するのも私にとっては大変な仕事だ中南米を旅行中はスペイン語を使えば特に問題はなく、紹介状も使わずじまいだった。それに私が訪問すれば、日常仕事に多忙な人々が更に忙しくなってしまうのも申し訳ない。私の旅は別に大したこともないただの旅行にすぎないのだ


 ボリビアを離れる
二日前になってようやく大使館に電話をすると、張文雄(チャン ウェンション)さんが電話にでた。彼は私が滞在していることを知ると、すぐに夕食に誘ってくれた。さらにもう一人の客人がいるようだ


 私の手元にあったのは夏服だけで
、冬用のセーターが一枚しかなかったので、張さんの好意を断った。その翌日に大使館を訪ねる約束をしたが、それも別れの挨拶のためだ。その日は訪問の前に手工芸品市場で新しいセーターを一着買い、大使館に敬意を払うために着替えたが、下は結局青い長ズボンのままだミシャはチチカカ湖で写真を取るときに靴を水中に落としてしまってびしょ濡れになり、冬だというのにサンダル履きで大使館に入るしかなかった
 

 「二人とも普段着すぎる。やはり私ひとりで行くわ。サンダル履きではね。あなたは外の広場で待っていて二十分で出てくるから」と私はミシャに言った。彼は行かなくてもいいと分かり、嬉しそうに広場に向かっていっ

 ボリビアの秘書
の女性が丁寧に私を大使館に招き入れた。私は張文雄さんに会いに来たと伝え、二つの大きいテーブルを通り過ぎた。顔に笑みを携え、秘書に着いて中に入った 

 ある中国人の婦人に会い、私は微笑みながら彼女に一礼して、足を止めなかった 

 「あら、あなたは!」 

その婦人が叫んだ 

 「張さんに会いに来ました 

私は笑いながら答えた 

 「あなたは三毛でしょう? 待っていたわ 

 その婦人はこちらに駆け寄ってきて、私の手を掴んだ。喜びが形容できないようだ 

 「私はあなたの従姉滋荷(ズー・ホー)同級生で、あなたのおさん娒(ム)おばさ丁虹(ティン ホン)よ! 

  私は彼女がこのように言ったので、心の中でとても嬉しくなって「丁姉さん」と呼んだ 

  あっという間に引っ張りだされ、張さんには会いに行けなくなってしまった 

 「『大使』に会いに行きましょう! 入って来て! 奥さんもちょうど居るわよ 

 彼女は何も言わず、あるオフィスに連れて行ってくれた 

 元々『大使』に会うつもりで、張さんにお願いしようと思っていたが、まさか丁姉さんがこのままオフィスにまで入れてもらえるとは思っていなかった。 

 「『大使』、私は荷物に紹介状を持っています。ですが…… 

私は口ごもりながら言った 

 「着いたのに、どうして連絡しないのですか。喜ぶ暇もない! 紹介状なんていりませんよ 

 「大使」は親しみを込め、私の手を握っ 

 「大使」の奥さん梁宜玲(リアン イー レイン)さんはすぐ私を座らせ、様々なことを聞いてきた。この時、お手伝いさんはコカ茶を持ってきてくれた。 

 丁姉さんが一番喜んでいた。すぐカメラを持ってきて、あちらこちらで写真を撮っていた 

 次の日ここを出発すると伝えると、呉(ウー)おばさん呉祖禹(ウー ツーユイ)、「大使」の奥さんとの昼食のお誘いを受けた 

 私は内心焦っていた。彼らが私のために歓迎してくれているのを見て不安になった。他人に迷惑をかけ、彼らの大切な時間を無駄にしたと感じていた 

 「外で同僚を待たせていますと思わず口走ってしまった 

 「どのような格好をしているの? 私が探しにいくわ 

 丁姉さんのその率直さに、本当に断れなくなってしまう 

 「サンダルを履いた、セーターを着ている背の高い男性です」 

 これで、ミシャも連れて来られてしまった 

 実は「大使」の奥さん、おばさんの写真は既にここの大手新聞で見たことがあった写真は合計枚で、ボリビア首相の奥さんと各幹部の奥さんを茶会に誘ったときに掲載されたものだ 

 私は町で新聞を買うとき、写真の中の人物以外にも、テーブルの上に並んだ豪華な食べ物はどんなに良いものかと思い細かく見た。後になって知ったが、その食事は全て「大使」の奥さんの手作りのものだった 

 「私は招待状を持って、ここの軍校校長から誘われました。午後彼らのカーニバルのお祝いに参加します。特に正式な場所ではありませんので、一緒に行きませんか? 

 呉おばさんが遠慮しながら私とミシャに尋ねた 

 「それでは先に失礼して、昼ご飯を食べてから一緒に行きますと私は言った 

 「ご飯はもちろん一緒に食べるでしょう! 

 年輩の人がこんなに心を尽くしてくれているのに行かないのは無礼だ。嫌々ながら誘いを受けたが不安だらけだった 

 あの日は週末で「大使」の運転手は休日だったので彼自身が運転して、ミシャと私を彼らの住宅に迎えてくれた。 

 「大使」の家は高級住宅街にあり、周りは庭で囲み、様々な草花や果物の木が植えてある。建物はヨーロッパ風で、風格があるのはもちろん、保守的な感じでもある。壁にはツタの葉が絡みつていた。 

 「この家に引っ越したばかりの頃、ここは完全に荒れ果てていた。二年近く園芸をやり直したら、こうなったの 

 呉おばさんは目の前の成果を指しながら、嬉しそうに言った 

 その噴水と車道で使われている石は全て「大使」が週末に雪山から運んで来たものだ。この時、どうして大使が休みの日にジープを使うのかにやっと気付いた。 

 私はジープを深く愛している。そのため「大使」がジープを持っていることを知って、心から彼のことを気に入った 

 「中にどうぞ 

 呉おばさんが親切に案内してくれた 

 新聞のお茶会で見た装飾が目に映った 

 呉おばさんはアンティークが好きで、壁の上にはアンデス高原の住民が使っている銀器が沢山掛かっている 

 私は「大使」に特別にボリビアの詩と神話の本を送ってもらった。彼は本が一番好きで、本のコレクションも豊富だ 

 現地の新聞は、呉「大使」に長い紹介文を書いたことがあり、そのタイトルは『インディアン親しくする「大使」』だ 

 五年の月日をこの国で過ごし「大使」夫婦は当地の風俗習慣が残っているインディアン村落「ダリアバーグ」の教父と教母として選ばれた。これは民衆が彼らを敬愛することでもあり、民が台湾に親しくしている証だ 

 私は人見知りで神経質な人だ。もし相手が私に遠慮や距離を置くような行為をすると、数分も掛からずにその人のことを避ける理由になる 

 「大使」夫婦の家には、全ては見ることができない程のコレクションと草花があり、彼らが後輩に対するその儒者の教養と親切は、春風のようで帰りたくなくなる 

 「ジープで出かけましょうか? 

 「大使」がスーツからジャケットに着替え、笑いながら私に聞いた 

 彼の手の中に大きい西部式のカウボーイハットを持ち、車に乗る時にかぶった 

 「大使」は「今日はカーニバルだ!」と笑いながら言った。その楽しんでいる自然な態度が、彼人のいい証だ 

 「大使」夫婦趣味は本でなければ石だ。収集しているものは民族古物が多い。庭には果物沢山あり、休みの時はなんとジープを運転するのだ 

 この「大使」は自然が好きで、日曜日は一人で海抜五千メートル以上の雪山を登り、雪の中で休むことで魂の浄化ができると言っていた。 

 彼はもちろん上品で凄い人なのだが、実際は怪人であるとも言える 

 呉おばさんが私に「現地の料理を食べませんか?」と聞いた 

 郷に入れば郷に従うことが最も好きなので、もちろん現地の料理も喜んで食べる 

 また風情のあるジープに乗れて、とても楽しい気分だった 

 車は郊外を移動し続けており景色が良い 

 「大使」は軽い話し方と低いイントネーションで不意にユーモアのある話をするので、他の人は笑ってしまう。しかし、本人は何も無かったように笑わない 

 花と果樹に囲まれているレストランは、配置がすっきりしていて上品、そして田舎風である。 

 生活にこだわりがある人こそ、このような良い場所が見つけられる 

 ここでの食事はとても賑やかだった。他のテーブル客や、レストランの従業員など、皆が「大使」夫婦と仲良く、挨拶をしにきていた 

 その人たちは社交辞令を言うために来たのではないことが分かる。なぜならそんなことをする必要がないからだ 

 このとても人気ある「大使」は、この小さい場所にいても見て分かる 

 もちろん彼の奥さんの努力も無視しがたい。呉おばさんは思いやりがある 

 レストランから出てきて、花の小道のに大きい梨が落ちていた。「大使」がそれを拾い前の現地の二人の女の子を追いかけながら叫んだ 

 「たちの梨だよ! 戻っておいで 

 目の大きい女の子が振り返ると、やはり沢山の梨を抱えていた 

 「差し上げます 

 彼女は「大使」を見ながら優しく笑って、そしてまた振り向いた 

 「くれるのはいいが、御礼のキスをしてもいいかいと「大使」は答えた 

 子どもが顔を上げて、「大使」は腰を曲げた 

 たった梨ひとつだけでも、彼はしっかり子どもに感謝し、大切そうに持って車に乗った 

 親切で、心から人を愛する心をこっそり見れたことを心の中に閉まった。 

 子どもに対しても尊敬できる人に、どうして尊敬しないことが出来るのだろう? 

 「月の谷に行ったことがあるかい?」と「大使」は聞いた 

 「まだ行っていません。距離が近いので、今日の午後バスで行く予定でした」、と私は答えた。 

 「それじゃあ、今から行きましょう!」、とおばさんが言った 

 「カーニバルは? 

 「もう少し後からでもいいさ。始まるのはゆっくりだから 

 私は年輩の人を疲れさせるのが嫌で、とても不安になった。観光地に行って少し回ったら帰ることが出来なくなるが、彼らは週末静かに休まなければならないその後カーニバルが待っているのだ! 

 「大使」は非常に面白かった。魅力的な話をしながら顔色一つ変えず、可愛くて活発な呉おばさんと比べると、ちょうど正反対だ 

 綺麗な月の谷で写真を撮り終わると、ゴルフ場へ向かった 

 大使が「ここは世界で一番高い場所にあるゴルフ場だ。写真を撮らないかいと言った 

 「ここでゴルフをすると、摩擦も少なくなるんだ 

 「大使」がこう言うのを聞いて、笑ってしまった。高原に何日もいたので、そんなに喘がなくてすんだが、いつも自分がどこにいるのかを忘れてしまう 

 格好いいジープは、やっと軍校に着いた。校長はこのカーニバルに、特に招待状以外に手紙も入れて「大使」に送ったため、参加しなければならないのだ 

 その時、私はこっそり「大使」を見て、彼が疲れるのを心配した。もう午後五時半になっていた 

 ホールに入ると、ホストはもちろん、内政部長、県長、市長、将軍と多くの夫婦がいたが雰囲気は和やかで、服装もカジュアルだった。これはカーニバルだからだ 

 呉おばさんとても人気だ。すぐ県長にダンスを誘われた。足並みが軽くて、敏捷な身のこなしをする彼女は、会場の注目の的だった 

 「大使」は友達が多く、それは過去の五年間での「外交」的な沢山の努力のおかげだと分かった 

 「大使」夫婦は昼からずっと私たちに付き添っていたので、とても疲れていることを知っていたが、会場にいる二人の魅力はいつも通りのようだった。そしてあのボリビアの友人は彼らのことを愛している 

 「この仕事は大変ね。平日は国の仕事で忙しく、週末家で休めない。こういう場で社交な活動もしなければいけない。ああ── 

 私は会場でダンスをしている呉おばさんを見て、ため息をついた 

 もちろん、この言葉は中国語でミシャに言ったもので、隣に座っている内政部長には分からな 

 ミシャが「彼らはお似合いだよ。皆がどのように「大使」夫婦をもてなしているか見てと笑いながら言った 

 この時、ラパスの市長がこらにやってきて、私はミシャを置いて、市長と彼の都市について話した。素晴らしいと思っているところを全て慮なく彼に伝えた 

 市長は私の話を聞いて、いつ帰るのか私に聞いきたので、次の日帰ると伝えた 

 彼にラジオ局の取材の手配をしてもらっていたことも知らなかった 

 夜になり「大使」は私たちを連れて帰ろうとしたが、呉おばさんはホストに止められ、晩ご飯を一緒に食べるよう強引に誘われた 

 盛りだくさんのボリビア料理や美酒だった。周りの人がとても親切で、まるで家族のような距離感のなさだった 

 帰るときにはもう夜が更けていた。私たちは夜空の下、軍校のグラウンドを通った。もうすぐ別れることを知ってるのか、この二人の年輩に対し親近感が芽生えた。その時、冷たい草は既に夜露に濡れていた 

 一日中「大使」夫婦と付き合って学んだことは文章にできることでなく、それは一種の無形のいい影響や悪い影響を受けることだ。それは人の会話の中で自然に出てくる学問で、その気質に近づくと、何も感じずに帰ることはあり得ない 

 翌日の、再び呉おばさんと電話をしてから街に向かった。戻る時に、ジープに忘れてしまった二冊の本がホテルのフロントに置いてあった。「大使」がここに寄ったとしか考えられない 

 ラジオ局の取材を受けるともう昼過ぎだった。もう一度丁虹姉さんに会うため、慌てて大使館に行った 

 丁姉さんは一人でボリビアに行くので、少し寂しいだろうが、彼女のように生活に色々な要求がある人には、他人に余計な心配をさせない 

 丁姉さんはミシャと私とで最後のご飯を食べることを頑なに主張し、そして十三歳の中国人の男の子と会食した 

 「遠慮しているのではなく、中華料理屋で豆腐を食べたいです、と私は言った。 

 丁姉さんは私が食べたいと言ったら、断ることはまずない。レストランで沢山食べ物を注文したのは、忘れられない思い出である 

 夜のラパスは静かで穏やかだ。木が多いラパスで歩きながら話し、散歩ではとてもきれいな空気を吸った。一軒一軒電気がついている低い建物を通りながら、自分が次の日に帰ることをとても残念に感じていた 

 次の朝、帰る前に張文雄さんにもう一度電話をした 

 「張さん、お別れを言う前には帰れません。さようなら。色々とありがとうございました! いつかまた会えますように 

 ホテルのフロントを見ていた男が追いかけてきて叫んだ 

 「早く帰っておいで。必ず帰ってきてな!」 

そして泣きそうな表情をした 

 ボリビア、私が愛した国。ここで、私は同胞のような気分になった。そしてあなたたちから大切の友情ももらった。この温かさと愛を感じるため、また来られることを願っている 

 私のファンのみなさん、ボリビアでは時間があっという間で、お願いしていたお茶会を開けなくとても残念でした 

 中国人のいい子たち、海外に身を置いても中国語は絶対に無下にしないでください。この美しい文化は、一生の誇りと宝物です。世界中のどの街にいっても、私たちはお互いにこの文化を大切にしよう 

 

 

訳注 

*1ディアブラーダ 

  南米の三大カーニバルのひとつでもある「オルーロのカーニバル」のシンボルとも言える踊りで、1904年に誕生した。「ディアブロ」は悪魔の意だが、ここでいう悪魔が象徴しているのは、「スーパイ」または「ワリ」の名で知られるアンデスの山の神であり、同時にキリスト教にとっての悪魔サターンのことである。 

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