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三毛の中南米紀行 -16-

<修正前>

水戦争をす 

 私の冬服は元々十分にない。長い間南米の夏は一月か二月だと思っていた。まさか高原の夏にセーターが必要だとは思っていなかった 

 ペルーでセーターを二枚買って、コロンビアでは一枚純毛糸のポンチョを買ったが、一度バスで酔ってしまって、セーターが入っている手持ちの鞄を無くしてしまった。そして、ホテルをチェックアウトする時にポンチョも無くしてしまった 

 手持ちの物が無くなったら、逆に軽くなるからいい。ラパスに到着して、新しいセーターを買わなければならないことを少し楽しみにしていた 

 ラパスに滞在しているとき、毎日五色の手編みのセーターを着ていた。替えがなかったのでずっとそれを着ていた 

 夜になって、オルーロのカーニバルの水鉄砲で濡れたセーターの中に着ていた白いブラウスを脱ぐと色移りしていた。新しいセーターはインディアンのママが簡単に染めていたため、色が落ちてしまうことが分かった 

 オルーロのカーニバルは土曜日にあり、ラパスの街では日曜日も人に水をか 

 水をける習慣は元々楽しい行事である。農業時代の各村の若い男女がこれで知り合い、水遊びを通してお互いの感情を高めるだけで、実際大したことではない 

 彼らはこの日曜日、水を大量に載せた中型ジープを運転して、街中をゆっくり運転しながら途中の人を濡らしていった 

 ベランダの下には行ってはいけない。いつバケツの水が飛んでくるか分からないからだ 

 街の子どもが風船を買って中に水を入れると、太い水爆弾になるそれをすれ違った人に浴びせている 

 セーターの色が落ちてしまうから、私はテルのガラスドアの中に立ち、外出しようとしなかった 

 ペルーのリマで水爆弾を一つ浴びてしまった。三階から投げて来て、ちょうど頭に命中してしまった。そこで一つだけ当たってからボリビアに来た 

 しかしホテルから出なくては、サテの娘を食べられない。よく考えてやはり外出することにした 

 あの狭い石段の街で、両方のベランダに人が立っていて、何歩か歩くと、スーツの格好をしている人がバケツ一杯分の水をかけられ、びしょ濡れになってしまった。 

 このような習慣の元では、掛けてきた人に怒ることも出来ない 

 しかし、そのスーツの人は怒った。路辺にある小石を掴んでベランダの上に投げた 

 私は道端で「投げて! 投げて! いいわ!」と叫んだ 

 自分は素敵な場面を見ていただけなのに、顔を上げると、ベランダの上からバケツ一杯分の水が降ってきた。 

 「あぁ! セーターの色が落ちる 

 私は逃げることもできず、ただ立ちながら泣き叫ぶしかなかった 

 そして、頭からズボンまで全て濡れてしまった 

 私は顔の水を拭いながら、ベランダの人言った。 

 「色が落ちると言ったじゃない。どうしてまたかけたの?」 

 この時、更に一杯の水がやってきて、また避けることが出来なかった 

 今回私は本当に怒った。その人の家の下にあるドアを必死に叩いて、上に行ってその人とケンカしようとした 

 上の人は「怒らないでよ。かけられたらラッキーだよ!」、と大笑いしながら言った 

 この美しい日曜日を見逃すのは惜しい。必ずびしょ濡れになるとは言え、ミシャと古い町の中であちらこちらに行ったりしたが、避けながら歩く姿はまるで弓の音に怯える鳥のようだ 

 水はきれいで、日に当たっていると蒸発する 

 そして、私が出会ったボリビア人は本当に感動するぐらい良い人で、郷に入れば郷に従えという論理も分かり、おかしいとは思わないはずだ 

 あの日、水爆弾を十何個も浴びてしまって、背中はびしょ濡れだった。悪意はないので、笑うしかない 

 この水戦争は実際やられただけだった。自分には道具がないからだ。この特別な日をセーターに記念として残した 

 

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