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三毛の中南米紀行 -9-

ソローチェ雨の高原(一)  ペルー紀行一
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ほの暗い光の中から笛の音が聞こえる。灰色がかった紫色のシャツの下にタッセルつきの綻びた長ズボン、茶色い髪は絡みついて一本一本の細い束になっている。その痩せた男は額にインディアンの手編み紐を巻き、首にはネックレス、左耳にはピアスをつけていた。ペルーでよく見かける木製の笛は心得がなければ「ウーウー」という音が鳴るだけで曲にならない。
 部屋には窓がなく、中庭に面して木製の大きなドアが開いているだけだ。部屋には二段ベッドが二つあるが、上も下も乱雑で不潔な古着屋のようで、床にはしなびた果物の皮やタバコの吸い殻や紙屑がそこら中に散乱している。外は大雨だったので腰を屈めてティッシュで靴底を拭いてから部屋に入り、笛を吹いている人に挨拶をしたのだが、その人はまるで私が目に入らないかのように立ち上がってドアのところまで大股で歩いてバンと音を立ててドアを蹴って閉めた。

「すみません、上のベッドにある荷物はあなたのかしら」。
スペイン語で聞いたが反応がないので英語で聞いてみたがやはり返事がなかった。
ただその笛だけを、たとえ割れても絶対に手放さないかのようにしっかりと握っている。
 私とミシャは首都のリマから飛行機に乗って高原の都市クスコに来た。ここはかつてのインカ帝国の都である。地上に降り立ったとき、空は晴れ渡っていた。海抜三千五百メートルの古都は、草原が取り囲む山の上にあり、堂々たる風格を備えている。インカ時代の石造りの基礎にスペイン植民地時代の大建築が建てられ、異なる文化の交錯がはからずも独特な美しさを生み出している。
 身の回り品だけを入れた手荷物を持ってホテルを一軒ずつ回ってみた。雨季のため、交通機関は陸路・空路ともに不通になりがちで、滞在客が足止めをくらっていて、中級クラスのホテルに空き部屋を見つけるのも容易ではない。十数軒まわったがどこも満室だ。情け容赦のない雨はますます荒れ狂うように降り続いている。私の体質では高原地帯で心臓の不調をおして長時間歩き回ることはできない。ホテルの看板はあるものの、見るからに雰囲気が良くない宿に思い切って入ってみた。こんな小さなホテルでさえ、すでに二段ベッドの上の段が二つしか残っていなかった。
「上の段は私が借りたの。荷物を下ろしてくれません?」
笛を吹いている人にもう一度言ってみたが何も答えない。私はベッドに置かれた雑多な物を注意深く拾い集めてまとめ、その人のところに持っていき、丁寧に置いた。自分の荷物はバッグから出さず、下のスペースをほんの少しでも占領しないようにした。靴を脱ぎ、左右の靴紐を結んでベッドの足元の柱にひっかけ、枕の横の柱にはバッグの持ち手をかけた。部屋の空気は淀んでおり、薄暗い裸電球が天井板の割れ目から吊され、壁には公衆便所でしか見ないような言葉が落書きされていた。もう一方の二段ベッドも同じような状況だ。無造作に積み重ねられた汚れた服は男物か女物かもわからなかった。ミシャがチェックインを終えて入って来た。私がベッドの上段に座っているのを見て、自分のベッドに置いてあるものを片付けようとした。
「少し待った方がいいわ、そこを借りたお客が来て、何かなくなったとか言われたら面倒だから」。
私はミシャに中国語で話したので笛を吹いている人はたぶん理解できないはずだ。やがて、ポップコーンのような髪型をした見るからに不潔な女が、泥だらけの靴を拭こうともせずにズカズカと入ってきた。床には汚れた足跡がついた。もう一つのベッドの下段はどうやら彼女が借りたようだ。

「ちぇっ、また客が入ったのかよ!」と独り毒づき、挨拶もしない。彼女は英語を話したので、ミシャはびっくりしたように彼女を見て、そしていかにも嬉しそうに「君、アメリカ人?」と声をかけた。ミシャ、あなたは何てバカなの! 怒りのあまり目がまわりそうになった。こんな下品な不良娘に会って喜んでいるなんて。しかも私たちを見て文句を言ったばかりなのに。
 「ソローチェ」がもうすぐ現れる。早く寝なければ。少しでも睡眠をとって、この高度に徐々に適応しなければ。
 目を醒ました時も、部屋は薄暗く、何時になったかもわからなかった。隣のベッドにいるのはミシャではなく見知らぬ男女だった。下のベッドから笛の音はなく、部屋のそこここには汚れたなりをした四人が座ったりしゃがんだりしていたが、性別もはっきりと見て取れなかった。まず、自分の腰に巻きつけている貴重品入れがあるかどうか確認した。そこには新聞社から預かった経費やパスポートなど大切な物が入っているのだ。全て無事だ。しかしその動作以外には、自分が全く動けないことに気づいて愕然とした。頭が割れそうに痛い。心臓は早鐘のように鼓動を刻んでいる。こめかみの血管は今にも炸裂しそうに踊っている。呼吸が荒くなり、喉はカラカラで激しい痛みに襲われた。高山病だ。ケチュア語で「ソローチェ」と呼ばれる悪魔がやってきたのだ。高原に来れば誰もが必ず高山病になるとは限らない。だが、私のような敏感な人間は絶対に逃がれられない。
 笛の音は止んだが、その代わりに大音量の音楽が流れてきた。ドラムの音が、激痛の走る頭をさらに狂わせそうだった。数人がマリファナを吸っており、ただでさえ呼吸が苦しいんのに、さらにその匂いのせいで喉が死にそうに痛む。一杯の水を飲みたい。洗面台で汲んだ水道水でもいい。しかし弱っていて自分では動けない。私は呻くように言った

 「音量を小さくしてもらえない?」。
下にいる人たちは私を無視し、上にいる男女は無表情でマリファナをやり取りしている。私はベッドの端に這い寄って腕を伸ばし、下にいる人の髪を触った。彼が顔を上げてこちらを見たので、私はまた言った。
「音を小さくして! お願い!」。

「俺たちは中国の新年を祝ってやってるんだ、何で音を小さくしなきゃいけないんだよ」。
彼は肩をすぼめて、ニヤニヤ笑った。死ぬほど水を飲みたかったが、ミシャは姿を現さない。セーターと長ズボンのまま寝ていたので、痛みをこらえて上のベッドから降りることにした。降りるとき、誰かの肩に触れると、その男は機に乗じて私を抱きとめ「おやおや!」、とおどけた。私は床まで滑り降り、ゆっくりと靴を穿いた。目まいのせいで靴紐も結べない。この程度の高山病は大したことはないはずだ。エクアドルの首都キトでも罹ったことがある。二日もあれば治るのだが、ここはキトより七百メートル以上高いため、前よりも症状が重いだけだ。壁伝いにドアまでゆっくり歩き、廊下に出て、トイレを見つけ、頭を下げて洗面所の水道水を飲んだ。浴室は吐き気を催すほど不潔で、一目見たら何ヶ月も忘れられないほどだ。
 ベッドを並べただけの大部屋に泊まったことがないわけではないが、この不良のアジトは私がいるべき場所ではない。なんとか街へ出てドラッグストアを見つけ、カウンターに這いつくばるようにしてコカの葉を求めた。もう夕方になっていたが大雨はまだ降り続いている。おかみさんは私の苦しむ様子を見て椅子に座らせ、奥に向かって叫んだ。
「お父さん、早くお湯を持ってきて。この人にコカを飲ませてあげないと!」。
「ここに来たばかりでしょう! ゆっくり歩いて、あまり動かない方がいい。コカ茶を飲んだら良くなるから」。
彼女は私の髪の毛を優しく撫でた。その逞しいざらざらした両手はイエス様が授けたに違いない。店の中に半日ぐらいいて、一般的なガイドブックでは販売禁止とされているコカ茶を飲んだが、症状は良くならなかった。
 クスコは小さい街ではない。人口十四万人に加え、季節に関わらず観光客が来るのでホテルの空き部屋は必ずあるはずだが、私はすでに気力も体力も尽きて、一軒ずつ探すことができなかった。アルマス広場の近くに、一軒だけ街で最も豪華な四つ星ホテルがある。自分でもどうやってそこに辿り着いたかは分からない。値段も聞かず、ミシャにも連絡しなかった。ホテルの人が親切に私の身体を支えて二階まで連れて行ってくれた。その人に礼を言い、医者を呼ぶという好意を断ってベッドに倒れ込んだ。寝ている間に、女性が来てすっかり濡れてしまった髪をタオルで乾かしてくれたようだ。翌朝、目が醒めると身体の不調は消えていた。階下に降り、朝食をたっぷり食べてからフロントで宿泊費の交渉を開始した。
「もう歩けるようになったのですね」、とフロントの奥にいた年配の男性が穏やかに聞いた。私は微笑み、クスコには少なくとも半月は滞在すると言うと、正規の値段を二割引きしてくれた。一泊四十ドルだ。最初の所はベッド一段で一泊三ドル五十セントだった。

 広場を通る抜けて昨夜のホテルに戻った。ミシャがまだぐっすり寝ているのを見るとどうも納得がいかない気持ちになった。いくら考えても理解できない。しばらくぼうっと眺めていると、ミシャがやっと目を醒ました。
「あれ、もう起きたの?」、とミシャが言った。私が一晩失踪したことを、この幸せ者は何も知らなかったのだ。
「昨夜ここに戻ってきたらいなくなっていたから、お土産でも買いに行ったのかと思って先に寝たんだ」と彼は言った。
部屋にいた不良どもはすでにいなくなっていたが、彼らの荷物がまた私のベッドに置いてあった。どうせここには戻らないのだからと思い、全て床に投げ捨ててやった。こんなにひどい環境なのに、ミシャは大金を身につけている私を不良どもの中に寝かせて全く守ってくれなかった。これは彼の職務怠慢だ。もちろん自分も悪い。あまりに不注意だった。自分がすでに別の宿に移ったことはミシャには言わなかった。昨日、ひどい高山病に罹って水が欲しい時に面倒を見てくれなかったこのアシスタントには罰を与えなければならない。
 ミシャの朝食につきあってから、二人で広場に行きベンチに座った。市内にも周囲の山間部にも見ておきたい場所がいくつもある。たとえば私たちが座っている場所もその一つだ。一八一四年、祖国復興を企てて蜂起した最後のインカ帝国王族トゥパク・アマルー二世と彼の家族、そして反乱に加わった同族の人々がまさにこの広場でスペイン人に公開処刑された。ここは凄惨な虐殺が行われた場所なのだ。 十二年後、ペルーはスペインの支配から離脱し、独立を宣言した。その二十三年後、ペルーは中国の労働者を輸入し、一八七四年まで彼らを非人道的に酷使した。かつて熱心に学んだ歴史をミシャに語り、寒空の下で弱い太陽の光を浴びながら、ここから列車で「マチュピチュ」―
失われたインカの都へ行くことを計画した。この旅で最も期待していた場所が近くにある。

 広場には多くの観光客が訪れ、三々五々連れだって大声で話しながら歩いている。まるで騒がしくしなければ気が済まないようだ。隣のベンチには、金髪を肩まで伸ばし、エンジ色の上着と青い長ズボンをはいた若い女性が座っている。隣には小さい荷物が置いてある。彼女だけはとても静かだ。雨がまたポツポツと降りはじめた。私はミシャに、もうレインコートか傘を買わなければ雨季を乗り切ることができないと言った。私たちはゆっくり歩いて広場を囲む壁に開いたアーチ型の門の下に移動し雨宿りをした。一人でベンチに座っていた彼女は雨を避けようともせず、とうとうベンチに寝そべって両手でこめかみのつぼを強く押している。ひどく具合が悪そうで、辛そうにしている。私は彼女の所へ走った。
「早くホテルに帰って休みなさい、足を高くして寝るのよ。ホテルの人に濃いコカ茶を作ってもらって飲んだ方がいい。そうすれば良くなるから」。
彼女はスペイン語が分からず、気分が悪すぎて私を見ることもできないが、何度も英語でお礼を言った。顔も真っ赤になっている。私は英語に言い換えた。
「濡れているじゃない」。

「ホテルはどこもいっぱいで。飛行機から降りたばかりなの」、と彼女は力なく言った。
私はこの素朴な女の子を直感的に好きになった。

「近くのホテルに部屋をとっているの、しばらく一緒に泊まらない? 割り勘で一泊二十ドル。高すぎるかしら?」、と小声で言った。大声が頭痛にひびくことを心配したからだ。ソローチェの痛みは罹ったことがない人には分からない。頭を斧で叩き割られるような痛みと言えばわかるかもしれないが。その子は苦痛に耐えながら言った。
「高くない、けど、迷惑をかけるのは申し訳ない、私――」

「さあ、私の同僚があなたを支えるから、ゆっくり歩いて。ホテルには暖房があるからすぐに良くなる」
私は彼女の荷物を持ちあげた。ミシャは私が四つ星ホテルの部屋をとっていることを知り、呆気にとられたようだった。この旅で、彼と物質的な豊かさを公平に分け合わなかったのはこれが初めてだが、私に良心の呵責はなく、穏やかな気持ちであった。ホテルの部屋に入り、彼女はベッドに横たわって目を閉じた。私は彼女の白いスニーカーを脱がせて足の下に入れて高くし、毛布をかけてから、階下にある薬局に急ぎ、ぺルーの製薬会社が出している高山病の専門治療薬「アセタゾラミド」を買ってきて飲ませた。私は心臓が悪いため、この薬を飲むことは絶対にできない。昨日の宿に戻ろうとした時、彼女が苦しそうに言った。
「お医者様を呼んで。お願い……」。
もうこれ以上、苦痛に耐えられない様子だ。ミシャは下のフロントへ走り、医者を頼んだ。
「ここにお金とパスポートが。このまま預けておきますから」

彼女は私の手をとって腰の辺りに導いた。私と同じ形の貴重品袋が、私と同じ場所に隠してあるのを見て可笑しくなり、思わずにっこりした。決して頭の悪い子ではないのに、彼女はいちばん大事な物を名も知らない赤の他人である私に託した。これは私への絶対的な信頼の証であり、私も彼女のことを信じようと決心した。彼女が病気で苦しんでいる間は一歩も離れないでいよう。医者がやってきて注射をし、私が買った薬と同じ物を処方した。アニーはぐっすり寝た。私は窓際に立ってコカの葉を続けて何枚も噛んだ。インディアンはこの葉を石灰と一緒に噛むが、私には無理だ。昼すぎには、ソローチェがまた私のところへ戻ってきた。私は別のベッドに横たわった。ミシャはもとの小さいホテルへ私の荷物を取りに戻った。今回は彼も外出せず、水を欲しがる二人の病人をずっと看病していた。
 翌朝、目を醒ますと、となりのベッドにいる彼女が大きな目を見開いて私のほうを見ていた。無表情に、ただ私を眺めている。
「まだ痛い?、アニー」。
「なんで私の名前を知っているの?」。

「ここのチェックインは代わりに済ませてある。お医者さんの費用は二十五ドル、支払い済みよ。これは返しておくわ」。
私の枕の下に隠していたパスポートと小切手と現金を彼女に渡し、彼女に微笑みかけてから顔を洗いに行こうとした。
「あなたは、インディアン?」。
彼女はベッドに寝たまま尋ねた。私は噴き出した。この旅でもう何回も同じことを聞かれた。褒め言葉と受け取っておこう。八年余りスチュワーデスをやっていたというアニーなら様々な知識を持っているはずだが、私がどこの人間かは当てられなかった。
「人間には前世と来世があるのを信じる? 私はあなたのことを知っていた。現世ではないけれど」。
アニーが低い声でゆっくりと言った。私は呆然とした。出会ったばかりでこんな話をする人はめったにいない。しかし、彼女はどうして私が言いたかったことを知っているのだろう。こんな普通は誰も興味を持たない話を持ち出したら馬鹿にされるに決まっているのに。私は彼女に微笑みかけた。このオランダの女の子とは初対面だが、縁の深さを感じる。服装や話し方、病気に罹った時の苦しみようや貴重品の隠し場所など、何もかもが似ている。アニーはだいぶ具合が良くなってきたたようだ。だからといって自分の都合だけで彼女を外出に誘うことは憚られた。一人旅にとって、観光以外に最も必要なのは静かさである。彼女をもうしばらく寝かせることにして、私は静かに部屋を出て階下の食堂に行った。
 朝食のときに二度ほど会ったリマから出張で来た青年を見かけ、同じテーブルでお茶を飲みながらおしゃべりをする途中で、唐突に彼に聞いてみた。
「あなたの部屋、他の人とシェアできる?」。
彼は私を見て親し気に言った。
「あなたの紹介ならかまわないよ。ただ僕は英語がわからないけど」。
ミシャのお仕置きは終わり。彼をここに呼んでやろう。この快活で明朗な友人はペルー人のエドワードである。
 雨は相変わらず毎日午後になると荒れ狂うように降り出して一向に止む様子がない。マチュピチュ観光はペルーに来た旅人の最大の憧れだが、唯一の鉄道が不通になっている
私は毎朝まだ空が明るいうちに駅まで行った。駅員はいつも一日待てば列車が動くと言うので期待しながら小雨の中を戻るが、翌日も列車は動かなかった。駅はちょうどインディアン市場の向かい側にあり、列車の運行状況を確認した後は、決まって市場をぶらついて帰った。その日は青物市場で美しく咲いている花を売っているのを見つけ、思わず両手一杯に抱えるほど買って帰った。ホテルの部屋に入るとき、寝ているアニーを起こしてしまわないようにドアのハンドルをそっと回した。ドアを開くと、彼女がベッドから出てベランダに続く掃き出し窓を開き窓枠に寄りかかっているのが見えた。私は胸を衝かれ、彼女に声をかけられないまま、また廊下に出て静かにドアを閉め、大きな花束と不安を抱えてドアの外に座った。彼女にはどこか翳りがある。何日か一緒に過ごして、そう感じていた。さっき一人で涙ぐんでいたのは、私に涙を見せまいと我慢していたのだろう。泣ける場所もないなんて、あまりに辛すぎる。私も同じ経験をしたではないか。二時間近く待ってから、ようやくドアをノックした。
「花を買ったの、私たちのために!」、と微笑みながら言った。
彼女は「まあ」と答えて静かに花を受け取り、花束に顔をうずめてから私に微笑み返した。二人で花瓶に花を生けると部屋には温かい雰囲気があふれ、仮の宿のようには見えなくなった。
 この数日、エドワードは雨のせいで足止めをくらい、ボリビア国境まで業務視察に行けなくなっていた。長距離バスは止まっているし、短距離バスは地方へは行かない。四人で相談して小さいレンタカーを借り、順番に運転しながら、あちこちを見て回ることにした。日曜日に訪れたピサクはクスコから往復九十キロほどの街で、そこでは週に一回、豊かな品物を商う華やかなインディアン市場が開かれるという。さらにインディアンのミサも見所である。私達四人は車でそこまで行き、誰が提案するともなく、それぞれ別行動をとることになった。話し疲れることもなく、一人で考える時間を持つことは私の旅にとってはとても重要なことだ。
 他の皆は何をしているか知らないが、私はレンガ造りの教会に入った。とても特別な感じのする建物だった。インディアンは自分で描いた絵や花、詩歌や祈りの言葉で神に誠と愛を捧げる。古くてぼろぼろな教会、貧しい老若男女
、ほの暗いろうそくの光に照らされた敬虔で誠実な一人一人の顔。愛さざるを得ない人々だ。人混みをかき分け、彼らと一緒に跪いた。ケチュア語は分からないが、アーメンと唱えた時の心はみな同じだ。ミサが終わっても隅のほうにある椅子の近くに誰かがまだ跪いていた。祭壇を見上げた横顔には止めどない涙が頬を伝っている。アニーだ。一体いつここに入って来たのだろう。私は声をかけずにそっと外に出て石段に座った。賑やかな市場と人の群がさらに心を暗くさせた。

 雨は、意外にも降らなかった。遠くの山上に白い狼煙が上がっている。人に聞くと、川の水が氾濫しそうになったときに雨が止むように祈るインディアンの宗教儀式なのだと教えてくれた。またアニーを見かけた時、彼女はサングラスをかけてアンティークの露店で古いブローチを見ていたので、私は値段交渉を手伝いに行った。彼女が代金を払って品物を手にするのを待って、私は自分の手の平をひろげて彼女に見せた―そこには全く同じ色、同じ形のブローチがあった。そして、一時間後に車で待ち合わせる約束をして、また彼女と別れた。沢山の涙を流した後は、一人の時間があったほうがいい。

 山の中に行くと馬に乗れる所があった。牧場の中ではなく、山の中を走ることができる。乗馬が終わると約束の時間がそろそろ近づいていたので、急いでアニーを探しに行った。彼女も馬に乗せてあげたかったのだ。悲しんでいる時、いちばんの慰めになるのは運動だ。しばしの間は心を解放させられる。ほんの数分でもいい。この世の中の快楽や幸福はほんのいくつかしかない。しかし千滴の涙には千種類の違う痛みがある。固い結び目となってしまった涙の原因は時間がほどいてくれるのを待つしかない。私は他人の物語を聞こうとはしない。彼女が自分から話そうとしないかぎり。
「こっちで馬に乗れるよ、ものすごく楽しいから来て!」
私はアニーを露店から引きずり出して再び乗馬場に戻り、馬にまたがって互いに目で合図した。何も言わなくとも心は通じていた。失った者だけが、探しに行かなければならない。私たちは何を探し当てただろう。この数日間は時おり降る激しい雨のために誰も遠出はできず、古い街の中を歩き回るしかなかった。列車が運行を再開すればマチュピチュを見物してここから離れることができる。
 アニーと私はこの高原では午後になると必ず頭痛がした。病んでいる時は気力も弱りがちだ。二人とも静かに横になり、何時間も言葉を交わさなかった。同じホテルに泊まっている四人は食事時に集まる以外、街に出る時はめいめいレインコートを羽織って別々に出かけた。気が合う仲間が、特に一緒に行動しようとしないのは実に好ましいことだ。街でたまたま目に留めて買い求めた雑多な小物類―
ガラス玉、端切れの布で作ったインディアン人形、木製のボタン、ひと揃いの小さな石の置物などは、ホテルの部屋に戻った途端に魅力を失う。こんなものでは本当の喜びは得られない。アニーも偶然ほぼ同じような小物を買ってくるが、帰って来ると放り出して、再び取り出して愛でることもない。
 私は彼女とアメリカという国について話しあったことがある。私は住めそうな州が一つだけあると言った。
「メイン州、ですか?」、彼女は笑いながら聞いた。
「なぜわかるの?」、私は彼女をちらっと見た。
「寒くて、静かで、荒涼としている。あそこはあなたと私の住む場所だわ」。

アニー、私達は本当にここで初めて会ったのかしら? どうしてお互いにこんなに分かりあえるのでしょう!
ある日の朝、私は街に野菜の卸売市場を見に行った。ホテルに戻ると食事中のエドワードが私に声をかけてきた。アニーは早朝の飛行機で発ったという。私は急いで部屋まで走った。机の上に置き手紙があり、その横に花が飾ってあった。

Echo
あなたとは魂やもう一つの世界について、よく話しましたね。お互いの個人的な経歴や境遇については何も話さなかったから、この十日間の付き合い以外には、お互いのことは何も知らず、全くの白紙のまま。私たちは二人とも大きな傷を負った人間だけど、あなたはすでにそれを生活の一部として、傷を抱えながらも生きている。だけど、私はまだ自分の傷に慣れることができないの。その傷はまだ新しすぎて。私の悲しみをあなただけが見破って、あなたの悲しみは誰にも知られていないと思っていたかもしれませんね。でもそれは違います。広場にいた時、ソローチェのお陰であなたと出会うことができました。あなたの思いやりが、あらかじめ運命づけられていた私たちの縁をつないでくれたのです。相手への配慮が過ぎ、他人に簡単に自分をさらけ出すことができない私たちは、自分のストーリーをどちらからも話題にすることができませんでした。あなたの苗字も聞き忘れましたが、魂の永遠を信じる者として、かつて輪廻転生を繰り返す中で出会った人だと信じています。生まれ変わってまたいつか会えるかどうかわからないけれど。私は帰ります。住所は残さないことにしました。黒い目をした私の親友、生まれ変わってまたその目に出会ったとき、きっとあなたの目だとわかるでしょう。あなたは永遠にあなたです。お互いの幸せを祈って! 
アニー

アニーが書いた流れるような英語の手紙を読み終わり、私はまだ水滴の残る花にそっと触った。静まりかえった室内は、彼女がいなくなって前よりもずっと広く感じた。この手紙はアニーの深い教養が書かせたものである。実際私たちのような性格では、一言も残さないほうが自然だ。アニーにこの気持ちがわからないはずはない。
 窓の外の雨は、昼過ぎにはまた約束したかのように降り始めた。遠くにある緑の山は、霧雨にその姿を隠してはいても永遠にそこに存在し、この古い街をで生まれては消えてゆく人の世の哀しみと喜びを冷たい眼で眺めていた。

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