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三毛の中南米紀行 -10-

夜の観劇──雨の降る高原 二  ペルー紀行

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 正午、垂れこめた雲のすき間から差し込む陽光が蒸し暑く広場を照らしていた。私たちはまだクスコでマチュピチュに行く列車を待っている。あの場所を見ずにペルーを離れることはできない。ひたすら待ち続ける日々が心を圧迫し、永遠に降り続ける雨のようにゆっくりと体の中に溜まってじわじわと重さを増していった。私たちの旅はこの古都でしばらく歩みを止めた。
 この広場は全ての活動の中心である。広々として気持ちの良い広場は毎日同じ場所に座って眺めているだけでも飽きない。その日、私は大教会の一番高い石段に座り、頬杖をついて人の行き来を静かに見ていた。となりにはいつも私を見つけると走ってくる一匹の白い小犬がいた。広場には担ぎ売りの商人が多い。大半がインディアンの女性と子どもで、男性はあまり見かけない。
 「インディアン」――中国語には他に適切な呼称がないのだが、彼らに面と向かって言うことはできない。とてつもない侮辱だとみなされてしまうかもしれないからだ。
 彼との出会いは平凡だった。埃だらけの古い背広とタートルネックのベージュのセーターを着て、短く刈った古風な髪形で、手には頑丈そうなトランクを持っている。そんな格好をしていながら彼は中年のインディアンだった。広場では多くの観光客が各々小さなグループを作って日光浴を楽しんでいる。商品を何も持っていない彼が観光客に一人ひとり声を掛けていたので、私の注意を引くことになったのだ。人々は彼の話を聞き終わらないうちに頭を横に振る。それでも彼がお礼を言って立ち去るのを見て、私は彼から目を離せなくなった。
 クスコの人は人に対しても物事に対しても曰く言い難い謙虚さと穏やかさを持っている。この点についてはエクアドルも同様である。彼らがみなアンデス山脈の子孫だからだろう。だがまさにこうした温和で従順な性格のために、かつてインカ帝国は領土を現在のアルゼンチン、チリの北部、ボリビア、ペルー、エクアドルの全土、コロンビアの南方まで拡大することができた。インカ帝国は容赦ないやり方で高原のいくつもの民族を、十五世紀初頭にスペインの征服者がたった百八十人の兵士でインカ帝国を破るまで四百年近く統治した。となると、インカ帝国も割合に大人しかったのかもしれない。
 広場では、あのトランクを持った男が相変わらず誰からも相手にされずにいた。断られ続けながら、しかし弱気になることなく、ゆっくりとした足取りでまた別の観光客のところへ向かって歩いていく。物乞いのようには見えない。彼が拒絶され失望するたびに私の鼓動が早まった。もう数十回も話しかけているのに、彼に頷く人が一人もいないことが残念でたまらなかった。
 雨は、いつもと同じような正午に、豆まきのように降り注ぎ始めた。広場の人はざわざわと散っていき、トランクの男だけが遠くに取り残されてぼんやりと空き地に立っていた。私が座っていた石段は後ろに教会の大きな木の門があり、小雨を避けるには丁度良い場所である。さらに雨が強くなればオレンジ色の大きな防水シートで覆って、門扉のノッカーに斜めに傘をさし掛ける。こうしておけば、座っている場所はたとえ雨でも濡れずに済む。もしかしたら雨の中のオレンジ色が鮮やかすぎたのかもしれない。遠くにいたトランクの男がなんと私に向かって歩いて来た。徐々に近づいてくる足取りを見つめているうちに、巨大な圧力が私にのしかかってくるように感じた。この人は一体何をしたいのだろう。まだ話ができる距離まで来ていないのに、細かい雨に濡れた茶褐色の疲れ果てた顔が、既に数十回も無理やりに作ってきた卑屈な笑みを浮かべた。私はその表情を見ただけで憐憫を感じた。
「こんにちは!」、彼は雨を拭うこともせず、私にお辞儀をした。
「座ってください、ここはまだ乾いていますから」、と私は体を動かして近くの石段を手で叩いて示した。彼は座ろうとせず、驚いたように私を見た。相手によって態度を変える白い子犬が彼に向かってけたたましく吠え始めた。彼にとって私がこの広場ですでに最後の希望である以上、自分に出来る範囲で救いの手を差し伸べなければならない。
「お尋ねしますが、あなたは音楽と踊りはお好きですか?」。
私は頷き、持っていた傘を彼のほうにさしかけた。
「私は民族音楽舞踊団の者です。素晴らしい公演を見にいらっしゃいませんか?」。
たったこれだけの言葉を、彼はたどたどしく恥ずかしそうに口にした。
「あなたも踊るのですか?」、と私は聞いた。
「私は『ガイネ』(インディアンフルート)を吹いています」、と彼はとても嬉しそうに言葉が追い付かない様子で私に答えた。ガイネはインディアンに特有の七穴の木笛で、とても美しい音がする。
「ミュージシャンなのね!」、と私は笑いかけた。もう少し話をしたかったが、この気の毒な人がますます大降りになっていく雨に打たれながら立っているので、話すのはやめて「一枚いくらですか」と急いで聞いた。
「高くはありません。米ドルでは三ドルほど、二時間休憩なしでやりますし、写真も撮れます」。
彼は緊張した様子になった。値段を口に出してから、私にとって高いかどうか計りかねているようだ。
「三枚ください」。私は立ちあがってポケットに手を入れたが、手持ちの小銭は合計で千ソル、つまり二ドルにも足りなかった。腰の後ろに隠した貴重品袋を人前で見せたくなかったので、今は持ち合わせがないと言った。
「では、夜いらっしゃった時に払ってくれればけっこうです」。
彼は気にする様子もなくそう言って、すでに手渡した千ソルまで返してきたので、私はその手を押しとどめた。
「これだけ先払いしておきます、不足分はあとで払いますからね。それでいいかしら」。
見るからに商売っ気のない、人を信用しすぎる音楽家は、せっかくチケットが三枚も売れたのに、どうして先にお金を取ることも分からないのだろう。
「少し見つけにくい場所なので、地図を描いて差し上げましょう」。
彼はトランクを開いて紙を探し、雨の中にしゃがんで描こうとした。
「チケットに住所があるから大丈夫。濡れてしまうから、早く行ってください。ありがとう!」。
互いにもう一度お礼を言い合い、立ち去ろうとする彼に私は叫んだ。
「お金をお借りしていることを忘れないで下さいね!」
ホテルに帰ってミシャとエドワードを探したが、二人ともいなかったので、私は階下にテレビニュースを見に行った。一心に見ていると、誰かが雨傘の柄で頭を軽く叩いた。
「ペルー人になったらいい。この国の大臣の話を真に受けるのは馬鹿だけだよ!」。
エドワードがこう言うので、笑ってしまった。
「今夜は民族舞踊ショーに招待するわ!」、私は手に持ったチケットをひらひらさせた。
「僕を誘っているの? ペルー人として生きてきたのに観光客だましのショーを見に行けだって? それに夜はひどい雨でひどく寒いのに、外に出たがる人なんかいないよ」。
「一枚たった三ドルよ!」。
三ドルぽっちでは実際のところ何もできない。クスコではお金のかかる場所が非常に多く、高額紙幣は崩した途端になくなってしまう。
「道路工事が終わらないことには、退屈で身をもてあましてしまう。まさか観光客のするようなことまでするなんて。しかも民族舞踊とはね、はあ……」。そしてエドワードはこうも続けた。「マチュピチュに行けるまで僕は帰らないよ」。
私たちはどうしても「失われた都市」に行きたくて雨が止むのをずっと待っている。朝食は部屋代に含まれていないので、当然のことながらホテルで食べる気にはなれない。外に出れば安く食べられるところがとても多い。
「チケットは買った。結局、行くの?、行かないの?」、と私がもう一度聞くと、エドワードはニヤニヤして「デートかい?」と聞き返してきた。口では「バカじゃないの!」と答えながら、首を縦にふって頷いた。
「オーケー、また夜に会おう。ちょっとはおめかししてくれよ!」。彼はそう言って出て行った。
 フロントに六時に起こしてくれるよう頼み、目覚まし時計をセットし、ミシャにも頼んだが、昼寝はできなかった。高山病のような症状は、普通の人は一度かかれば慣れるが、私は毎日午後になると決まって具合が悪くなり、やむを得ず横になっているしかなかった。
「何を緊張しているの、少しくらい遅れても演目が一つ見られないだけじゃないか」、とミシャが言った。
「早めに行って不足分のお金を払いたいのよ。開場してしまったら混雑するでしょ、お金を返す相手を見つけられなかったら帰ってきてから眠れそうにない」。
「そいつはどこにも逃げたりしないよ。君は頭痛のせいでバカになっているんだよ!」
「あの人は笛を吹いたらきっと忘れてしまう!」。私は自分の考えを曲げなかった。言い合っているうちに、夕暮れになった。だが、私の頭痛は少しも良くなってくれようとしない。風雨はますます激しく、高原の気温は夜間にはぐっと下がる。エドワードはサッカーのテレビ中継があるからと言ってどうしても外出しようとせずに逃げてしまった。
「あなたは私と行くのよ! これは仕事。写真を撮らなくちゃ!」。
ミシャも行かないと言い出すと困るので私は彼を脅した。その市場のある地域は昼間でも強盗に遭う場所だ。夜一人で行くのは良くない。舞踏団の公演会場は大体その付近だと分かっていた。一枚余ったチケットを通行人にただであげようとしたが、みな要らないと言う。まるで私が迷惑をかけているようだ。夕食もとらず、大雨に濡れ、風に吹かれ、寒さに歯をくいしばりながら、ほぼ膝ぐらいまである泥水の中をミシャと二人で歩き、ズボンも靴下もずぶ濡れになった。実は私もこんな観光客相手のショーなど見たくなかったのだ。だが、お金を借りてしまった以上、彼との約束を破ることは正直できなかった。
 住所のプレートがある場所についた。鉄の門の内側はひっそりとして何の音も聞こえない。門を押して開くと長い通路があり、一つひとつのドアから住人が顔を出して私たちを見た。
「ダンスを見に来たの? もっと先だよ」、と誰かが大きな声で言った。一軒一軒の家を通り過ぎるたびに、部屋の中の人が料理の手を休め、目を丸くして窓の外の私たちが通り過ぎるのを見る。まさかショーを見に来る人がそれほど珍しいわけでもあるまいに、まじまじと見つめる価値があるだろうか。ここではショーを毎晩やっているではないか。
 曲がりくねった通路を歩いて行き止まりまで来て、私はすりガラスのドアをそっと開いた。なんと、巨大な劇場ホールが暗くて冷たい廊下の終点に隠されていたのだ。誰も照明をつけてくれない。二百席ほどもある真新しい座席がほの暗い会場でブルーグレーの冷たい光を放っていた。ミシャの時計を見ると六時三十分ちょうど、チケットに記された開場時間なのに中はガラガラだった。私たちはどうしていいかわからず、立ち往生していた。廊下に戻って待っていると、昼に見たインディアンの男が慌ただしく入ってきた。私たちを見ると、慌てて謝り、走って会場の照明をつけに行った。
「他のお客さまはまだご夕食を召し上がっています。十五分ほどお待ちいただくか、向かいでコーヒーを召し上がってからまた来ていただけますか?」。彼は疲れきった顔をしていて、その古い背広はもうずぶ濡れだった。できるだけ楽しげで丁寧な口調で話してはいたが、深い悲しみは隠しきれていなかった。
「不足分の千ソルを先に払いますね」。
「あ、ありがとうございます、後でも構いませんのに!」、と彼は腰を曲げて、両手でお金を受け取った。
 三人は気まずい思いで向かい合い、何と言えば良いか誰も分からなかった。
「本当です、チケットは全てツアーの団体客に売ったんです。皆さん今お食事中で、すぐにいらっしゃるかと──」
「コーヒーを飲みに行ってからまた来ます。ゆっくりでいいですよ」。私はミシャを連れて外に出た。去り際に「三列目の通路側の席を取っておいてください。他の人が座ってしまわないように!」、と頼んだ。
大丈夫です、必ずお客さまに。ご安心ください」、と彼はまるで今にも泣き出しそうに言った。
私は足早に会場を出た。向かいに何か飲む場所なんてありはしない。電動のおもちゃが賑やかな音をたてているだけだ。私たちが通りに出たばかりなのに、あのトランクを持った男は土砂降りの雨の中で、街頭に立って急ぎ足で通り過ぎようとする人を引き止めてはチケットを売ろうとしているのが見えた。
「私たち騙されてると思わない?、団体客なんかいないんじゃないの?」、と私はミシャに聞いて二人で広場の方向に戻って行った。
「そんなはずないと思うけど。観光客はあんなにいるんだし」。
 広場の通路の下にある露店にいるのは全て土産物を買う外国人で、外はたらいをひっくり返したような雨なのに、屋台街は依然として活気に溢れていた。あの気の毒な人は、なんとまだ一所懸命にチケットを売っている。何回か鉢合わせしそうになったが、その都度彼に見つからないように隠れた。彼の方を見ることさえはばかられた。
 もう七時半だ。私たちは会場に戻らざるを得なかった。中は明るくなり、布の幕の後ろから誰かがこっそりと私たちを盗み見ている。おさげ髪がするっと出てきた。明るく美しい黒い目はまるで湖水のようだった。私は一列目に移って座り、ミシャは私の隣にいた。底なしの空虚が静かな大ホールで見えないプレッシャーとなって私の肩にずっしりとのしかかってきた。私たちを除き、ほかの二百近い席はすべて空いていた。トランクの男は急いで帰ってきて、頭を垂れて雨で散々に濡れた顔を手で拭いながら、逃げるように舞台に通じる門を開けて中へ消えて行った。
「ああ、無理しないで!、チケット代を返せばいいから!」。私は軽く頭を抱え、小さい声で叫んだ。丁度その時、幕がゆっくりと上りはじめた。ステージは意外にも滑らかな板張りの本格的な作りである。この古い街では本当に貴重な場所だ。四人の楽師が舞台後方の奥まった場所に座り、それぞれの楽器を抱えている。チケットを売っていた男もその中にいた。彼らの服装は、上はポンチョ、下は地元の人が履く白い長ズボン、それに民族調のサンダルを履いている。慌ただしく帰ってきたあの男だけは先ほどと同じ長ズボンのままだった。その中にいた若者がプログラムのアナウンスをしに前に出てきた。先に観客に歓迎の挨拶をし、次に楽師の紹介をした。そつのない舞台挨拶だった。私とミシャはできるかぎり彼に最大の拍手をし、四人の楽師は少し腰を浮かせて礼を返した。だが、この拍手の音が大ホールに反響したことで、寒々しく空虚でもの悲しい雰囲気がますます際立つ結果になった。
 最初の演目はダンスではなく合奏だった。曲目は祭日を祝う陽気なものだったが、ガラガラな観客席を前にした彼らは複雑な気持ちで演奏することになった。インディアンフルートに特に注意して聞くと、丸く深い音色で、決していい加減な演奏ではない。音楽を聴きながら、ツアー客がいきなり大勢で入って来ることを期待して緊張していたために、外の通路でちょっとでも物音がすれば、ガイドが人を連れてきたのかと思ったが、ステージ上の奏者たちの気が散るのが心配で何度も振り返らないようにした。結局、彼らは約束を果たすためだけに公演を行っている。つまり、たった九ドルしか売り上げがなくても信用を失うことはできないということだ。これほどまでに信用を重んじる公演は観客に対する尊重の表われであり、彼らの心情には心からの敬愛で報いるのがふさわしい。彼らに拍手しよう! 拍手できる両手があれば、今夜たとえ私一人で来たとしても、絶対にホール全体を熱くしなければならない。
 曲が終わると、私は「素敵な子供たち! BRAVO!」、――スペイン語でどんな公演にも使える言葉で彼らの公演を称賛した。ステージの奏者たちはまずぽかんとし、そのすぐあとに笑顔を見せた。私たちの熱烈な拍手で司会の進行が遮られ、彼はしばらく立ったまま私たちの拍手がやむのを待った。私は申し訳なさげに笑った。場内の緊張はもう消えたが、私は深い自責の念にかられていたし、釈然としない気持ちでもいた。私が今朝余計なことをしなければこの公演は取りやめになっていただろう。どちらが彼らにとってより耐え難い状況なのだろうか。今夜の公演を中止するほうか、それともたった二人の観客に向かって無理矢理に歌ったり踊ったりして、実際には決して愉快とはいえない夜の部の公演務め上げるほうだろうか。
 舞台の後ろの幕が開き、鮮やかで美しい衣装を着けた六組のインディアンの男女が登場し、微笑みを浮かべてケチュア語で歌いはじめた。観客席にいる、やはりおさげを結ってポンチョを着た私にちらちらと視線を送りつつ歌い踊った。ミシャの時計をこっそり見ると、すでに八時である。これから来る人はいるのだろうか。まだ間に合う、まだ二つ目の演目だ。数えてみると、ステージのダンサー、楽師に司会者で、合わせて十七人だ。九ドルで十七人が何を食べられるのだろう。こう考えると何も楽しめなくなった。座って笛を吹いている人のまだ湿っているズボンと靴を見つめて、暗い気持ちになった。
 公演は思いがけず本格的で素晴らしいものだった。群舞のあと、ダンサーは衣裳替えのために舞台の袖に引っ込んだ。あの笛の人が立ち上がって独奏を始めた。長く伸びて響く笛の音で、さっきまで賑やかだった会場が静かになり、もの悲しい笛の音とまっすぐに立った奏者の背筋から没落したインディアンの切ない心の声が聞こえた。彼らは誇り高い。彼らは物乞いでなく、アーティストだ。必要なのはお金だけでなく誠心誠意の共感なのだ。それなら何をためらうことがあろう。出来る限り心を尽くし喝采しよう!
「頭はまだ痛む?」、とミシャが聞いた。
「痛い!」、と私は短く答えてからステージに向かって叫んだ。BRAVO! BRAVO!」
 演者たちは街で適当に集められたわけではない。彼らに深く刻み込まれた「芸術家の気骨」がその一挙手一投足に表れ、単に観光客に見せるだけのものであっても隠すこともできずにあふれ出ている。すでに九時を回った。客席はふるえが止まらないほど寒かったが、開演直後の凍り付く空虚さはミシャと私の喝采の中でゆっくりと溶けていった。ミシャと私の拍手ではホール全体の空虚さを満たせなかったとはいえ、その夜はただ彼らへの報いとして、ありったけの情熱を打ち寄せる波のようにステージに送り続け、ステージと客席は一体になった。彼らが感じたエネルギーと共鳴は、もはやたった二人の寂しい観客のものではなかったはずだ。私も後ろが全て空席であるとは感じなくなっていた。歌い、踊る人々は自らのリズムに陶酔し、九ドルの苦しさをしばし忘れた。
「ミシャ、写真を撮って!」
 こうした踊りの写真は実際にはあまり美しくはないものだが、フラッシュが光ると少なくともそれらしい雰囲気にはなった。観光客のような楽しみ方をするのは私の趣味ではないのだが。ミシャが席を立って写真を撮りに行き、ステージの人たちは客席に残されたたった一人の私のために踊っている。ようやく溶けていったもの悲しさがまた少しずつ滲み出てきた。だが、私は一人ではなかった。いつの間にか、地元の奥さんが後ろの席に座って何を気にする風もなく編み物をしていた。
「もうすぐ終わるのに、今頃やっと来たの?」、と軽く聞いてみた。
「いえ、私はこの先に住んでいて、ちょっと休憩しに来ただけ」。
「この素晴らしい場所は誰のものなの?」
「ここ? あのインディアンフルートを吹いている人。田畑を全部売り払ってね。一生笛を吹いて人に聞かせたい、だって。笛だけ聞きに来る人はいないことを知っているから舞踊団を作ったのさ。奥さんや子どもが飢え死にしそうだっていうのに、どうしても諦めようとしない。どうかしてるよ!」
「大きいポスターを貼らなきゃ。各ホテルに手数料を払ってチケットを売ってもらって。でなければ、朝、雨が降っていないときに団員全員を連れて広場に行ってパレードをして、宣伝してその場でチケットを売る。絶対に大丈夫よ、これだけのレベルなんだし」
「芸術家だからね、そんなことは考えつかないよ。どっちにしてもこの歌舞団は近いうちにつぶれるだろうね。長くはもたないさ」
 そう言い終わると、ステージで演奏している最中にも関わらず、その奥さんは大きくため息をついて立ち上がり、頭を振ってふらふらとゆっくり出て行ってしまった。他人にも自分にも嘘をついている芸術家はチケットは全て団体客に売ったと言っていた。確かに少し気がおかしくなっているのかもしれない。
 最後の踊りは「略奪結婚」で、インディアンの娘が一人ずつ背負われてバックステージに入ると、自分たちがまず大声で笑い声をあげ、まるでお遊戯をする子どものような無邪気さで踊った。幕が下り、私はほっと一息ついた。長い夜がついに終わり、私たち全員がこの公演に全力を尽くしたと思った。
 静かに座りぼんやりしていると、ステージでがやがやと声がし、幕がまた上がった。ダンサー全員が客席に駆け下りて私の手を取り、楽器の演奏がまた始まった。私は笑いながらミシャを彼らに押しつけた。娘たちは口々に「彼じゃない、あなたが来て!」と叫んだ。私がステージに上ると、周りの男女が私を中央に押し出し、私を囲んで手を繋ぎ、最後の別れの歌を歌い始めた。この時、突然正面に広がる客席を見ることになった。二百の空席が無色透明の化け物になって音もたてずに飛びかかってきた。この情景を見て私はやっと分かった。ステージでの二時間の熱烈な公演のために彼らはどれだけの勇気とこだわりを見せてくれたことか。私は中央にいたくなかったので、一人と繋いだ手を離して円舞の中に溶け込み、歌や踊りの輪の中で一人のインディアンになった。皆と微笑みながら次々と握手をして別れた。私はステージを下り、ポンチョを着て帰り支度をした。
 あの笛を吹いていた人が一角に立って静かに私を見つめている。全身くまなく凝視され私は身動きがとれなくなった。彼はようやくバックステージへ消えた。司会が衣裳を替えてまたステージに戻ってきた。
「観客の皆さま、本日のプログラムは以上で終了ですが、私たちの団長がもう一曲ご披露したいと申しております。本日の朝、雨の広場で出会った女性に捧げます。これは、彼自身が歌詞に曲をつけた独奏曲で、タイトルはまだ決まっていないのですが──」
 私の心臓が大きく鼓動した──彼は私一人のために演奏しようとしている。照明が消え、バックダンサーたちが通用門から一人ひとりこっそりと出ていく。団員まで先に帰ってしまった。あの肩幅が広く、背の低いインディアンが、ゆっくりとステージにあがった。表情は落ち着いていた。手の中にはすでに何千万回も吹かれているあの古い笛があった。彼はざらざらした短くて太い指でそっと撫でた。照明は彼一人を照らしている。両手をゆっくり上げて目を閉じた。自らが笛になり、曲になり、世界の始まりになった。神秘的な音楽の魂が低くゆったりとした流れとなり、溢れ始めた。先ほどまでの民族舞踊と音楽はもはや存在せず、その場全体に満ち溢れた音色は驚くほど重厚で生命力があった。こんな平凡な笛が彼の感情と才能の全てを余すところなく表して、彼はこの演奏で才能を理解する人に出会えない思いのたけを訴えていた。彼はなんとその気持ちを広場にいた見知らぬ人に託したのだ。演奏するうちに悲しく落ちぶれたインディアンの全身からまばゆい光が放たれた。この時の彼は正真正銘のステージの君主であった。私はこの偉大な魂を凝視しながら、瞬きもできずに彼を見つめ、永遠に心に刻もうとしていた。不死鳥よ、あなたは何故ここに隠れていたのですか?
 魔笛はいつの間にか止んでいたが、ホール全体はいまだにその楽の音に包みこまれ、夢から醒めずにいた。拍手はない。拍手をするべきではなかった。雨の中で出会った縁で、相手が与えてくれたのは彼の生命の全てだった。私は何も返す方法がない。ステージの人がいなくなっても、私は身動きできなかった。灯りが消えても私は席を立てなかった。バックステージの通用門が静かに開き、あの古い背広とトランクがちらりと見えた。お互いに再び挨拶を交わすことはなく、彼は去った。寂しげな足音が長い廊下を段々と遠ざかっていった。

訳注
*1ソル: ヨーロッパ・中南米諸国の通貨。


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